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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第二章 森竜編
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【改稿】青と赤の血


 老爺のレイピアの切先がレイの頬に触れる。レイが飛び退くとそれは頬に細い切り傷を作り、青い血を滲ませた。

 色褪せた燕尾服に老獪な眼光。執事らしい出で立ちの彼は、まさしくあの日レイを斬りつけた人物だった。その左手からパラパラと砕けた石の欠片が零れ落ちる。

 老爺は再び薄膜を蹴った。この状況下でレイの魔法の出力も強まったことにより、生み出した足場が長く残るようになっていた。彼はさながら星座をなぞるが如く、逃げるレイの軌跡を追いかけ始めた。


「まずい! このっっ——!」

「わあああああああっっっ!!」

「なあっっ!?」


 ライアンがレイに意識を向けた瞬間、細っこい身体が彼のはるか前方から吹っ飛んできた。ライアンは咄嗟に右腕を横に伸ばしてそれを受け止めた。


「クラブ!!」

「ライアン! 牙ってどうしたら、っ!」


 クラブはハッとして振り返った。ライアンの視線と左の手のひらがそちらに向いていたからだ。


(どうする? 何を撃つ? どんな魔法ならあの老爺を止められるだろう。約束したのだ、レイを守らなくてはならない)


 ライアンの脳内には無数の考えが巡っていた。が、答えが出るより早くクラブが耳打ちした。二人は頷き合ってそれぞれ構えた。


「行けっっっ!!」


 クラブの放った風の魔法を背に受け、ライアンは矢のように空を飛んだ。そしてレイと老爺の間に滑り込み、即座に魔法を放つ。


神竜樹の盾(アカシック・シルト)!」


 その刹那、両者の間に樹木の壁が生成された。天高くまで聳えるそれは盾として明らかに過剰なものだ。だが、その過剰さがもたらした結果に三人は目を見張った。

 樹木は老爺の足首を捕らえていた。樹木の幹は放たれた蹴りの周囲に生成され、足枷のようになって老爺に強い重力をかけた。落下しゆく老爺を眺めながら、ライアンは何かを閃きかけた。しかし。


「殲滅魔法——ステージ3」


 混沌の中にピンと細い糸を通すような、冷涼な声が耳に届いた。

 なぜその言葉が耳に届いたのか。地上から放たれた純白がライアンの片翼とクラブの左肩を貫くのと同時に、レイの眼前にはためく緑が現れた。


「っ——!!」


 遠い地上へと落下しゆく二人に目を奪われたほんの一瞬。その隙を突くように横殴りの塊がレイを吹き飛ばした。レイはぶつかるものもなく数秒もの間空を飛び、やがて展開した魔法陣に背中を打ち付けた。肺が潰れて息が漏れる。落下。震える手を下に向けて次の魔法陣を展開。ようやく降り立った。

 痛い。体から光の破片がぱらぱらと落ちる。防護魔法が砕けたのだろう。

 レイの眼前にふわりと華奢な少女が降り立った。


「ごきげんよう。レイ」

「……フローラ」


 レイはその少女の名前を知っている。手に黒山羊の頭を持つ少女——フローラは清純に笑んだ。


「殲滅魔法のステージは3。残されたステージはあと一つよぉ。あとは保守するだけだから、魔道具の余力で飛んできちゃったわ」


 どこかうっとりと間延びしたその声色は、毒花の香りのような悍ましさを孕んでいた。

 レイの周囲では、地上から伸びた数本のレーザーが獲物を求めて彷徨っている。これが殲滅魔法の三段階目の姿なのだろう。暴力的なまでに白く太いレーザーにまともに当たれば、人間の身体はひとたまりもないだろう。レイは先程の衝撃的な光景を思い出し、眉を顰めた。


「どう? 真実には辿り着いた?」


 フローラは口に手を当てて微笑んだ。……真実?

 自分は真実を知れと言われて旅に出た。そしてそれからまだ二ヶ月程しか経っていない。彼女の言う真実とはたかだか二ヶ月で辿り着けるようなものだったのか? 彼女はどういうつもりでこんな問いを投げかけているのだろう。


「あまり深読みしないで。ヒントでもあげようかと思ったのよ。早くあなたを抱きしめたいから……」

「……?」


 二人はじっと見つめあった。戦いはなく、しかし氷のような緊張が張り詰めている。


「どうしてアンドロイドの血は青いと思う?」


 再びの問い。それは実に突飛で、湖面に石を投げ込むようなものだった。レイの脳内に波紋が広がり、様々な深読みが浮かんでは理性的な思考を妨害する。しばし悩み、レイが絞り出したのは稚拙な答えだった。


「それは、私達が人間じゃないから。青い血は作られた偽物の血で、赤い血は本物の人間の血」

「本当にそうかしら?」


 フローラは容赦なくレイの答えを切り捨てた。フローラはゆっくりとレイに近づいてくる。なぜかレイの足は動かない。瞳が彼女に釘付けになって離れない。その様子にフローラはほくそ笑んだ。


「——逆だとしたら」


 ぱきり、と魔法陣が砕けた。その瞬間、レイは咄嗟に右手を伸ばした。それは本能的な恐怖から来る反射的な行動だった。しかしその右手はフローラに掴まれた。未だかつてない至近距離で、黒い瞳とオーロラ色の瞳が見つめ合った。


「レイ? 私達は博士の傑作よね。だから人間ではない。それは本当。だけど人間に寄せた存在ではあるわよね? 記憶の中の博士と私達、そして今の人類は凄く似ている。表面上はね。

 でも、身体の中はどうかしら? 私達は博士の体内なんて見たことがない」

「どういうこと?」

「——彼女の血は赤くなかったかもしれない、と言いたいのよ」


 彼女の声は不思議な揺らぎを持っていた。その揺らぎが鐘の音のようにレイの脳内に響く。


「『人間の血は赤い』というのは固定観念? それはいつ芽生えたもの? 博士によって作られた瞬間? それとも、この時代で目覚めてから? ……何かがおかしいのよ、それは私達にしかわからない違和感。博士が人間の血の色を間違えて作ると思う? レイ、どうか思い出して……」


 レイは何かを思い出した。


「——あの頃、世界は滅亡していたのよ」



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