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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第二章 森竜編
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【改稿】バナナケーキとチキンスープ


「今晩は瞑想をしたい。ライアン、こやつらに村の家を貸してやれ」


 ねぐらに向かう途中、アンセスターワームの牙を抱えた森竜はそんなことを言った。不貞腐れたような顔で。


「森竜様はよく瞑想をされるんだ」


 へえ、ご立派な趣味で。そんなに苛立った様子で瞑想ができるのだろうか。いや、苛立っているからこそなのか。


「……レイ、クラブ。この度はとてつもない迷惑をかけたな。四皇に加えて村に迫ったワームの討伐まで手伝ってもらい、なんとお礼を言ったら良いか……」

「おい、ラボのことを教えるって約束忘れてないよな? 対価ありきでレイは頑張ったんだから、ちゃんと教えてくれないと困るぞ!」


 まあ、教えようがないだろうが。俺は同意を求めてレイの方を見たが、彼女は首を傾げた。何を首を傾げているんだ。まさか対価のことを忘れていた訳ではないよな?


「はは、そうだな。森竜様は明日約束を果たされるおつもりなのだろう。森竜様の言う通り、今晩はうちに泊まっていってくれ。かのお方は瞑想中、他人にねぐらに立ち入られることを嫌うのだ。私ですら叱られてしまうからな」


 そう言ってライアンは分かれ道で森竜と別れ、先導するように歩き出した。俺は早足でレイを追い越し、二人の間に割り入って歩いた。

 対価のことを忘れるほど二人は仲を深めたのかもしれない。しかしこいつと俺達は明日別れるのだ。ならばせめてそれまで、二人を徹底的に引き離してやる!

 俺達はゆっくりと歩を進めた。



 村の家々は広い一帯に点在しており、その余白を埋めるように伸びっぱなしの木々や花々がダイナミックに繁っている。ライアンの家もまた点在するものの一つであったが、家屋は一際大きく立派であり、広い庭にサンタンカやジャスミンがアマゾネスのように咲き乱れていた。庭を漂うまったりとした甘い香りに、ライアンはハッとして走り出した。


「お婆様!」


 ライアンが玄関の扉を開け放つとその先にはキッチンがあり、丸い背中が俺の目に入った。お婆様と呼ばれた人物は振り返ると、くしゃくしゃの頬に柔らかい皺を作って微笑んだ。


「おかえり、ライアン。巨大なミミズと戦っておると聞いて、心配しておったよ……おお? そちらの方々は?」

「クラブとレイです。ローレアからの旅人で、ここ二ヶ月程行動を共にしていました」

「なるほど……ライアンの祖母です。よろしくお願いしますぅ」

「あ、クラブです。よろしくお願いします……」


 ゆったりとお辞儀をする老婆に、俺もぎこちなく頭を下げる。

 彼女は花柄のチュニックにスカートと庶民的な服装こそしているが、その一挙手一投足にはしっかりとした気品が感じられた。フォレスト家は思っていたよりも高貴な血筋らしい。神聖な存在に代々仕える由緒正しい一族といったところか。格好が庶民的なのが逆にそれっぽい。


「ところで、この匂いは……」


 ライアンが何やらうずうずとして問いかけた。老婆はそんな孫の姿を見て、心からの愛おしさを滲ませて目を細めた。


「バナナケーキを焼いておった。英雄となって帰ってくるであろうお主を、好物で迎えてやりたくてのう。今日のお夜食はバナナケーキとチキンスープじゃ」

「ほ、本当ですかお婆様!?」

「……」


 俺がじっとりとした目でライアンを見ると、彼はハッとし、いつになくしおらしい様子で頬を染めた。


「……あ、いや、すまない。私はお婆様の作るケーキとチキンスープに目がなくて……忘れてくれ」


 なんだこいつ加点狙いか? ライアンへの脳内好感度を一点減点。

 しかしバナナケーキとチキンスープか。中々に乱暴な組み合わせのお夜食だが、孫の為に好物だけのメニューを作る祖母、そしてそれを強靭な胃で受け止める孫という構図は微笑ましい。最も、俺達は薄味育ちの粗食人間&アンドロイドなのだが……

 ……ん?

 もしやそれは俺だけか。レイは二ヶ月かけてライアンの作る食事に慣らされてしまったし……


「さあ、お主らも遠慮せずくつろいでおくれ。また森竜様の瞑想が始まったのじゃろう。今日は泊まって、ライアンと一緒に焼きたてのケーキを食べておゆき」

「うん。ありがとうございます」


 なんだか嬉しそうに答えるレイ。ああ、やっぱり……

 俺は鞄に胃薬入ってたっけな、と思いながらも愛想笑いで頷いた。



 この家に来客が来るのは珍しいことではないのかもしれない。夕食の後、ライアンの祖母の案内で俺とレイが通されたのは埃一つない部屋で、ご丁寧に整えられたベッドが一つそこにはあった。

 それでいて、来客は大抵一人で来るらしい。なぜなら、フォレスト家にはこれ以外の来客用の部屋がないそうだからだ。つまり部屋は一つ。ベッドも一つ。


「変なことはしないでくださいね」

「しっっしししませんよ!!」


 俺は真っ赤になりながら否定した。そんなことは絶対にしない。なぜなら俺の自認はレイの保護者であるからだ。

 レイの寝顔を見て可愛いと思うのも、一緒に寝られてちょっと嬉しいと思うのも、保護者的な意味でなのだ。お粥を食べさせてもらって喜んだのは……ええと。


「とにかく、変なことはしないから! レイも安心して! ね!!」

「わかってる。……変なことするなら、とっくにしてるでしょ」


 両の腕で自らを抱いてじっとりとこちらを見るその眼差しの真意とは。

 ライアンの祖母は何ともいえない微笑みを浮かべ、「ごゆっくり」と扉を閉めた。俺達は蝋燭の灯りに照らされた、紺と橙の部屋の中で目を逸らしあった。


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