【追加!】菩提樹に宿す魂
「……君達のお陰で怪我はない。ありがとう」
「いいってことよ。ま、今のでこいつらのお守りは壊れちゃったけどさぁ」
そう言ってライアンの友人は別の友人の手首を指差した。紅白と黒の紐を撚り合わせたブレスレットには、無骨な金具がぶら下がっている。その先についていた筈の菩提樹の実は砕け、欠片だけが金具に引っかかっていた。
「……すまない」
「だからいいって、その為のお守りなんだし。それより俺らこそごめん! 全然避難進んでないわ。頑固親父達がしつこくてさあ」
「頑固親父?」
そのとき、軍隊が突進するような音がライアンの耳に聞こえてきた。驚いて視線を村の方に向けると、大勢の村人達が自分達の方に向かって走ってきていた。
「ライアンーー!!」
「わ! 来ちゃった!!」
「ライ坊、無事か!? 無事じゃねえわなあ!! 俺達のことも頼ってくれよ! なんか出来ることあんだろ、なあ!!」
駆け寄ってきた恰幅の良い親父がライアンに抱きついた。懐かしい臭いがする。ライアンをライ坊と呼ぶ彼は、気が良く男前気取りでちょっと臭く、幼い頃からライアンを気にかけていたいわゆる近所のおじさんだった。
更に皺だらけの老爺がライアンに抱きついた。かつては白かったヨレヨレのチュニックを着た彼は、村一番の偏屈大工だ。偏屈さでも大工の腕でもライアンの上を行く彼は、彼の伸び代を買って弟子にしようとしたこともあった。
そんな二人の後ろに控えている老若男女何十人かも、みんなライアンの知っている顔だ。みんな涙ぐんだり、嬉しそうに笑ったりしている。
「まず親父達がさ、『小さい頃から見守ってきたライ坊が戦ってるのにおめおめ逃げらんねえ!』って言いだしてさ。それに感化されて他の連中も地面に根っこ生やしたみたいに動かなくなっちまったんだよ」
「ったりめえだ。フェレトの男が廃るってもんよ!」
「——ホント、男気とかフェレト魂とかクッサい言葉好きだよね」
聞き覚えのある声がした。人の群れを横に抜け、むすっとしたオレンジ髪の少女が姿を現した。
「トレイシー!」
「昼間っから飲んだくれて下校中の子供追っかけ回したり、無口がカッコいいと思って『ん』とか『おう』としか喋らないことのどこか男前なんだか!」
「な、なんだと!?」
「事実じゃない! 避難もせずに心配かけて、バカみたい!」
トレイシーの言葉に男達は目を逸らした。ライアンさえもなんだかいたたまれなくて、彼女の顔を見れなかった。そんな男達に彼女はため息をついた。
「でも……ちょっとは見直してあげるよ。凄いバカだし迷惑だけど、ちょっとはカッコいいと思った。あんた達、ホントーに意地張っただけのこと、するんでしょうね!?」
「……!!」
男達は顔を上げた。そして挑発的に口角を上げると、「おう!」と野太い声を上げた。
ライアンは戸惑って目の前の光景を見た。男達だけではない。みんながみんな、何かが待ちきれないようにうずうずとしていた。彼らの視線はやがてライアンに集まった。そして、ライアンにブレスレットを渡した友人が彼の前に立った。
「なあ、ライアン。俺達、みんなお前のこと好きだよ。語彙力ないから変に伝わってるかもしれないけど……もっとこう、良い感じの意味で。
だからさ、協力させてくれよ! みんな着けてるこの菩提樹のお守りがあれば、お前の魔法程じゃないかもしれないけど、一個デッカい魔法が使える。それで一発逆転しようぜ! ライアン!」
——ライアンの心に涼風が吹いた。心の扉が開け放たれ、真っ白い光が飛び込んできた。燃え尽きた焚き火に再び火が灯り、ふつふつ、轟々と燃え上がる。
(やはり自分は、この村の人達を守りたい。それは期待されているからでも、返すべき恩があるからでもない)
(——私がそうしたいから、そうするんだ!!)
ライアンは友人の手首を掴んだ。たじろぐ彼に、ライアンはいつかトレイシーにしたように微笑みかけ、手首に借りていたブレスレットを通した。
「チャーリー、これを君に返そう。君が私に信頼を預けてくれたように、私も君に信頼を返す。どうか、頼みを聞いてくれないか」
「……! ああ、もちろんだよ! 何でも言ってくれ!!」
チャーリーはプレゼントを貰ったかのように目を輝かせた。彼だけではない。その背後に居る全ての人々もだ。ライアンは彼らの目に光明を見出していた。ライアンはその眩しさにそっと目を閉じ、凛として開いた。そしてこう告げた。
「この村の上空に、この村で一番迷惑なものを作ってくれ」




