【追加!】私がやらなければならないんだ
ライアンの言う通りだった。アンセスターワームのずんぐりとした身体には、奇妙で細やかなざらつきと、棘付きの蟻地獄のような口以外の特徴はない。つまり目も鼻も耳も存在していなかった。ではワームは、どのようにして二人と森竜を感知しているのか?
「さしものわしもそれはわからぬ。しかし、森の魔物の中には、視覚も嗅覚も聴覚もない代わりに触覚で獲物を捉えるモノがおるのう」
「では、触覚で……? どのようにして?」
「風、じゃないかな」
レイの推測にライアンは合点がいった。森竜の背に乗り、空を飛びながら目を閉じていると、とてつもない風を肌で感じる。すると他の感覚を使わずとも、森竜が進路を変えたり減速したことがよく分かるのだ。触覚が発達したモノならば、その風の動きをより敏感に感じられるのかもしれない。では、そんなワームの隙を突いて背後に回り込むには……
「強い風を起こして、撹乱しているうちに遠くから回り込めばいいのか!」
しかしそんなライアンの顔を斜め後ろからレイが覗き込んだ。
「大丈夫?」
そう言わざるを得なかった。ライアンの顔には、声には、隠しきれない疲れがあった。
しかしそれはライアンだけではない。かく言うレイもそうだった。幽霊砂漠の怪を倒したばかりの二人は、思いがけぬ連戦に心身共に疲弊していた。また、先程ライアンはワームを一撃で仕留めるつもりで負荷の高い魔法を使ってしまった。にもかかわらず、今から更に強い風を起こすということは、再び彼が負荷の高い魔法を使うことを意味していた。それは彼の限界を超える行為と言ってもいい。その作戦は相当厳しかった。
しかしライアンは舟の形に口を開き、白い歯を見せると柔らかな声で笑った。
「大丈夫だ。私は昔から体力馬鹿でな。それでいて何かに熱中することも多かったから、もっと疲れるまで自分を追い込んだこともある。そうしたら、確かに数日は動けなくなったな。しかしそれだけだ。故郷の仲間達を救えるならば、倒れるぐらいは何でもない!」
……本当にそうだろうか? ライアンの心に僅かな痺れが走った。自分は沢山の期待を背負い、命を背負い、友人達から返しても返しきれないほどの信頼を受けた。背負っているものの多さに心が昂り、武者震いをしている。心の底に満ちている愛情の海が、高波を起こして暴れている。自分は今、気が大きくなってはいないか?
ライアンはかぶりを振って考えを振り払った。先程も思ったことだが、いずれにせよやることは変わらないのだ。
(私がやらなければならないんだ!)
ライアンはワームの正面に浮遊した。先程魔法を使ったときよりも後方に位置した。なぜなら、アンセスターワームが前進を続けているからだ。ワームの脅威たる所以は牙の生えた口でも触手でもない。その図体による大規模な轢殺だ。村までの距離は残り家屋三十棟分ほど。ライアンは先程と同じく前に手を伸ばした。
「風鷹の渡り!!」
ライアンが叫ぶと、展開した魔法陣から巨大な鷹の顔が現れた。入道雲に似たその顔はすぐさま荒れ狂う暴風に形を変え、山のようなアンセスターワームにぶつかると左右に分かれて吹き荒れた。
その暴れ川に似た風の中に、レイは意を決して飛び込もうとした。しかしはたと気がついた。レイには風の中、踏ん張れる翼がある訳ではない。レイの飛翔はただのジャンプの連続であり、風を受ければ支えもなく飛ばされてしまうのだ。躊躇うレイの元に森竜が突っ込んできた。レイはハッとしてその背に飛び乗った。
風の中に飛び込んでいく。水蒸気を含んだ白い風は台風に似ていて、その中ではワームの姿も霞んでぼんやりとしか見えなかった。しかしその姿は近づくにつれてハッキリとしてきて、レイはその背面にしかと目を凝らした。一際濃い影が見えた。その次の瞬間——レイと森竜は高く空を舞った。
「——ッッ!?」
ライアンが声にならない声を上げた。レイと森竜は巻き起こる白い風の外、はるか高くに吹き飛ばされていた。太く長い触手の束が、嘲笑うようにうねっていた。
「どういうことだ……」
ライアンは腕を下ろし、瞳いっぱいに暗黒を映した。まだ村までの距離は家屋二十棟分程ある。決して絶望した訳ではない。絶望するにはまだ早い。ただ頭が上手く働かない。なんだか凄く疲れてしまったのだ。ライアンの張り詰めた魂が霧散し、暗く茫漠とした記憶の中を漂った。




