【追加!】篤い友情の炎
「何をおっしゃいますか、森竜様!」
「わしを頭脳だけの弱者と見たか? 抜かせ。わしにはある素晴らしい策がある。ライアン、南じゃ。南に逃げるのじゃ。行けい。——早よ行けい!!」
森竜はライアンを見据えて吠えた。ライアンはぐっと下唇を噛む。そして弾けるように吠え返した。
「では、逃げさせていただきます……村の人々を連れて!! そして必ず戻ります! あなたと共に戦う為に!!」
「小童がッッ!!」
ライアンは上空の叱咤を無視して駆けた。人々は既に森竜の声を聞き、流れを変えて南を目指して逃げ始めていた。ライアンはその中に足の遅い老人や、腰の抜けた人が居ないかを懸命に探した。そしてある屋台の前に見覚えのある数人を見つけた。
「君達は……!」
彼らはライアンの声にハッとし、ライアンを見つけると目を輝かせた。しかしそれは一瞬のことで、すぐにいたたまれなさを顔いっぱいに浮かべた。今にも泣き出しそうなくしゃくしゃ顔にライアンは戸惑う。彼らは屋台の前で腰が抜けて動けなくなっているようだった。彼らはライアンの友人達だった。
助けなければならない。しかしそう思って駆け出した次の瞬間、ライアンはその足を止めてしまった。
「トレイシー……」
友人達を挟んだライアンの対面に、愛しい妹の姿があった。されど会いたくない妹。ライアンは咄嗟に顔を逸らしてしまい、すぐに後悔した。彼女を見ずとも、その気配に軽蔑が滲んだことがわかった。
「お兄ちゃん、この人達助けるの」
「あ、ああ……」
「そう。お兄ちゃんが助けるならいい」
トレイシーの気配が遠くなった。ライアンは慌てて顔を上げたが、向けられた背中に声をかけることができなかった。言葉が喉に詰まって息が苦しかった。
「ライアン……ライアン」
低くから亡霊のような声が上がり、ライアンは我に帰った。下を見ると、友人達が酷い顔でライアンを見上げていた。
「立てるか?」
「ああ、まあ……」
ライアンは友人達の一人に手を差し出した。しかし彼はその手に手を伸ばしかけてやめた。躊躇うように視線を彷徨わせて、やがてその手を下ろした。
「どうしたんだ?」
「あ、いや、いいよしゃがまなくて……ライアン、お前ワームと戦ってこいよ」
ライアンは目を丸くした。男は慌てて訂正する。
「違う、死にに行けって言ってる訳じゃなくて……ここは俺達に任せて先に行け、って言ってるんだ。なんの、このっ……立てるから!!」
そう叫んで男は立ちあがろうとしたが、足を滑らせて尻を打ちつけた。明らかにまだ腰が抜けている。しかし男は悔しげに地面に爪を立てて、きっとライアンを睨みつけて吠えた。
「いいから行けよ! だってお前なら絶対にやる。お前はこの村で一番凄いんだ。本当はワームを倒しに行きたくて仕方ねえんだろ!!」
荒唐無稽な咆哮。語彙力のない彼は訂正したが、第三者が聞けばその言葉はやはりライアンを死にに行かせたいように聞こえただろう。まるで大山が蠢くような、あんなに恐ろしいワームに特攻したい人間などこの世に居る筈がない。
しかしそれは、「友人」として最も相応しい理解だった。常識の壁と壁との間をすり抜けて、糸のように細い矢で的を射抜いた理解だった。
ライアンは唇を震わせ、言葉なく頷いた。男は崩れるような苦笑をした。
「……そうだと思った。俺には共感できねえよ……凄えよ、お前は。でもやるんだろ、やっちまいたいんだろ、ライアン」
男はもう一度地面に爪を立て、よろめきながら立ち上がった。中腰になったところで崩れ落ちかけ、両隣の友人に支えられた。そして小さな笑いを溢し、ゆっくり、まっすぐに立った。
「お前は俺達の英雄だ。森竜様と俺達の心の守り人だ」
彼は手首から菩提樹の実がついたブレスレットを外し、ライアンの左手首に通した。そしてそっと拳と拳を突き合わせた。
「行け!」
ライアンは深く頷き、再び赤い翼を生やした。彼は一瞬だけ眉間に苦悶の皺を寄せたが、すぐに長い尾をはためかせて飛び立っていった。みるみる遠くなる彼の姿を、男は何光年先の星を見るように見上げていた。東には蜃気楼のような巨大な影。その近くでごく小さな魔法陣の光が瞬くように現れては消えていた。星みたいな奴が今この場所に二人も居るんだな、と男は思った。
「友達なんだから……背中は任せてくれよ」
男の背後から声が聞こえた。男が振り向くと、既に他の友人達も立ち上がっていた。
彼らは軽く笑い合うと、大きく息を吸った。そしてばらばらな咆哮を上げると、ばらばらな方向に駆け出していった。篤い炎を心に宿して。




