【追加!】アンセスターワーム
「でもライアンは、俺達のことを友達とは思ってなかったかもしれない」
「えっ、どうしてですか?」
突然に声を落とした男に俺は純粋に困惑した。俯いて、ランタンの明かりが及ばない影の中で彼の表情がうらぶれる。
「あいつ、小さい頃からつれなかったんだよ。確かに俺達は一緒に遊んでた。日が暮れるまで遊ぶこともあった。でも、それよりもあいつと遊べない日の方が多かったんだよ。あいつは森竜様の守り人の家系で、そのお役目を控えていたからさ。俺達が遊びに誘うと大抵あいつは断って、森に向かった。村の遊び場よりも学校で遊ぶ時間の方が長かった。それでも俺達はあいつのことを友達だと思ってたんだけどな。あいつが十六歳のときに守り人のお役目を継いでからは……めっきりだよ」
男は自嘲気味に笑って首を振った。俺はなんと言っていいかわからず、もう一杯飲み物を奢ろうとした。しかし男は断り、俺は潮時と見て席を立った。
店主の言い渡した通りの額を払う。少し額が多い気がしたが、何も言わなかった。
屋台を出て少し歩くと、背後から大きな歌声が聞こえてきた。振り向くと、先程の屋台であの若者達が肩を組んで揺れながら歌を歌っていた。その合唱は熱がこもっていて、てんでばらばらで、俺は顔を逸らして俯いた。
そして顔を上げると、先程よりも村の景色は違って見えた。屋台の隙間でゲロを吐いている青年。ズボン一丁で腹毛を晒して歩いている親父。屋台のテーブルにボードゲームを広げて賭け事をしている娘達。
俺の足取りは変になった。非現実的で全ての匂いがばらばらに感じられる。なんとなく拭えない浮遊感のまま、俺は曖昧にねぐらに帰った。
「——ッッ!!」
ライアンは頭を押さえてよろめいた。慌ててレイがその側に駆け寄る。
二人の背後には靄の巨人が力無く横たわっていた。そしてその身体の表面は、コーヒーに垂らしたクリームを混ぜるように、はたまた砂煙が薄れゆくように空気に溶けて消え去りつつあった。
二人は遂に幽霊砂漠の怪を倒した。直前に気まずい会話を交わし、結束の緩んだ二人はかなりの苦戦をした。それぞれ赤と青の血を垂らし、痛ましい打撲跡もそこら中に作っている。しかしライアンがよろめいたのはそれが理由ではない。
「耳鳴りがする……」
「耳鳴り?」
「耳鳴り……それだけじゃない。見える。珍しいな、ねぐらの森との共鳴だ」
そう言ってライアンは閉じた目を開いた。その目はハッと息を呑むような緑に輝いていた。レイとお揃いの黒い瞳はそこにはない。彼は苦々しげに呻くと、その目を更に見開いた。
「——巨大ミミズがフェレト村に向かっている……!!」
その言葉にレイもまた驚いた。これだけ距離が離れているのにそんなことがわかるとは。これも竜の加護なのだろうか。
いずれにせよライアンを疑う理由はない。急いでフェレト村に戻らなければ。
「急いで森竜様の所へ!」
二人は木々のある場所を目指した。どこでも良い。森竜の目につきさえすれば、彼はどこからでも二人を迎えに来る。
しかし、木々のある場所に辿り着き、じっと待っても森竜が来る気配はなかった。ここはフェレト村からそう遠くない場所だ。にもかかわらず二人を迎えに来ないということは、森竜は村の守護に専念しているのだろう。
「ならば!」
ライアンは赤の翼を生やした。レイも魔法陣を召喚した。そして言葉もなく互いに飛び上がると、凄まじい速さで夜空を駆け抜けた。
村に着くと、既に辺りは阿鼻叫喚と化していた。巨大ミミズはまだ村には着いていないものの、村の向こうの暗闇の中にごく微かな、幻覚かと疑うほどの薄さで存在していた。その薄さは暗闇のせいか、遠さのせいか。誰もが遠さのせいだと思いたくなかっただろう。その姿はとても大きく、この世界のどの建物よりも高くそびえていた。その巨体を地面に這わせて起こる絶叫の合唱のような音が、本物の絶叫の合唱の中でもしっかりと聞こえてきた。
「ライアン! お主、なぜここに!」
上空から険しい声が降った。森竜の声だ。二人を睨みつける彼は、よもや建物だらけの村の中に降り立つ訳にもいかなかったらしく、村のはるか上空で羽ばたいていた。それでもよく通る大きな声で、彼はライアンを叱りつけた。
「共鳴により村の危険を察知したからです。それよりも森竜様、あのミミズは一体?」
「むう、共鳴か……ならば仕方がない。教えてやろう。あれはアンセスターワーム——あれは四皇の産みの母、この世界における最大の脅威じゃ。
あやつは安息の地を求めて世界を這い回る。その通り道にある文明は余さず滅び、森は消え去る。此度その通り道にフェレト村が据えられたのじゃ。故にお主らにはあやつの子供であり四肢である四皇を倒させた。さしものあやつも怒り狂っておる」
村の明かりが僅かに届く上空で、森竜の顔は達観しているように見えた。その様子にレイは違和を感じた。
「ライアンよ、あやつを四皇と比べてはならぬ。あやつはお主などの手には負えぬ。ここはわしに任せて南に逃げるのじゃ」




