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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第二章 森竜編
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【追加!】チャラ男と屋台飯


 一方で今日も今日とてねぐらで魔法の練習に勤しんだ俺は、ままならない現状に不貞腐れていた。

 俺は森竜のねぐらを抜け出して、夜のフェレト村に来ていた。寂しい夜空の下に麻布をピンと張った屋根の屋台が並び、辺りを賑やかなランタンが彩っている。寂しさと賑やかさのコントラストにほっとするような、それでもどこか息苦しいような。

 屋台は食べ物系が多く、肉や魚、様々なものが油で焼ける強烈な匂いが入り混じって漂っている。田舎臭い格好の現地人が楽しげに闊歩し、フェレト訛りでくっちゃべっては時折爆発するような笑い声を上げるこの場所は、俺に僅かな緊張を感じさせた。

 それでもねぐらよりはいくらかマシだ。俺は今日もまた浮遊魔法の練習が上手くいかず、何度も木や地面に身体を打ちつけた。すっかり嫌な思い出が染みついたあの場所を抜け出して、ヤケ食いをしてしまいたい気分だった。

 とはいえ、実のところ俺は胃がとんでもなく弱い。脂っこいものや味の濃いものはてんでダメで、猫の餌一食分を上回る量の食べ物を食べると吐く。故に今までは食事の度にレイに薄味かつ山盛りの料理を与え、俺はその十分の一ほどを食べてお茶を濁していた。

 最も、旅に出てからはレイにも山盛りの料理は食べさせてあげられず、ひもじい思いをさせてしまっている。不甲斐ないところだ。

 しかしそれでもレイの取り分を増やすべく、俺が今まで以上に食べる量を減らそうとすると彼女は怒る。別に俺は構わないのに。

 不老不死である俺は、一年半前にレイと出会うまでろくなものを食べていなかった。何故ならば食べずとも生きていけるから。危険なギルドの依頼をこなす頻度を下げたくて、不必要な食事の費用を削減していた。危険以前にあんまり外に出たくなかったし。

 そういう訳で超薄味派&少食を極めた俺にとって、果たして屋台の食事はどうか。ちらりとすぐ側の屋台を見る。立ち飲み屋らしいそこには、薄汚れたチュニックの袖を肩まで捲り上げ、腰より下でズボンを履き、脂っぽい短髪を揺らして下品な笑い声を上げている若者達が居た。手首には木の数珠や紐状のブレスレットをジャラジャラと着けており、腕には小さな刺青が一つ二つ。食事の内容以前にお近づきになりたくない。そう思った俺はそそくさとその屋台の側を通り過ぎようとしたが、しかし。


「おぉい、兄ちゃん! 今見てただろ! 一杯飲んできな!!」


 ……なんて坊主頭をテカらせた店主に言われてしまっては、断れる訳もなく。俺は混んだ店内の唯一の隙間、チャラついた若者達の右隣に立ってえげつない巻き肩になった。

 ランタンの明かりが屋台から立ち昇る煙を白く照らしだす。濃い甘辛系のソースの香りが鼻腔に染みて、良いとも悪いとも言えない気分になった。

 何を注文しようかと悩む余地もなく、俺の前に焼き鳥とオレンジ色の液体の入ったジョッキが置かれた。置かれた衝撃で水面が揺れ、やや中身が溢れた氷たっぷりの飲み物を啜る。意外にもそれは青臭い柑橘の香りが爽やかに効いたアイスティーだった。周囲を見回すと、テーブルの上に置かれているジョッキの中身はオレンジだったり黄緑だったりで、ビールや米酒らしきものは見当たらなかった。もしやフェレト村では酒が禁じられているのか? 森竜がしこたま飲んでいるのに?


「なあ、あんたライアンに会ったか?」


 不意に呼びかける声が聞こえて、俺はジョッキを傾けたまま硬直した。「なあ」と再び声がかかり、観念した俺はビビりながら隣を見た。酔っている筈もないのに顔を真っ赤に染め上げた男が、ニタニタと俺を見つめていた。


「ライアン……には……会いましたけど……」

「声ちっさ! へぇー、あんたライアンに会ったんだ。凄いじゃん。あいつ俺らと同級生だったんだよ。そんでさ、友達だったんだぁ」


 その口ぶりはどこか底意地が悪く、捕まえたバッタを見せびらかす子供のように自慢げで、驚かせてやろうという気概が滲んでいた。俺はなんとなく彼の意図とさもしさを察したが、わざわざ驚いてやる気にもなれず「はあ」と溢した。一拍遅れてオラついた若者を前に迂闊だったと恐怖が走ったが、男は一瞬目を丸くした後ににんまりと笑んだ。


「あいつさ、凄いだろ? もう、すぐに見てわかるぐらい。俺達の村で一番凄い奴なんだよ! で、そいつと俺らが友達」

「凄いですねぇ」


 念を押すように「トモダチ」と紡いだ唇に俺は無害な笑みを返す。俺はむさ苦しい冒険者ギルドでの処世術として、オラオラ系の男の気を良くするさしすせそを会得していた。どう見ても俺の精神年齢より歳下な男に「一杯飲みます?」と持ちかけると、彼はライムジュースを頼んだ。ああ、俺の路銀よさらば。

 しかしあのライアンがどういった風に凄いのか。守り人というステータスが凄いのか? 波風を立てないよう、遠回しにそんなことを聞くと男は首を横に振った。


「あいつさ、ミドルスクールで一番成績が良かったんだよ。あ、こんな村にもミドルスクールはあるんだぜ。ローレアに行って帰ってきた先生がボロい校舎で一人でやってる。それであいつの成績なんだけど、良いなんて言葉に収まるレベルじゃなかった。何をやらせてもぶっちぎりで、植木鉢を出られないマホガニーみたいだった。あ、凄さに対して環境が窮屈すぎるって意味な。それで性格も良いもんだからさ。生まれも良いし……絶対環境が違えば凄かった奴なんだよ! だからさ、それはさ、実質マジで凄いってことじゃん。大丈夫? 伝わってる?」


 語彙力に自信がないらしい男が胸に両手を当てて笑う。いつの間にか男の左隣に居た数人がこちらを覗き込んでいた。彼らはみんな笑顔だった。俺と話していた男さえも、今や最初に見せたような意地悪さはなく心から嬉しそうに笑っていた。ライアンのことを語るだけで、彼らは無邪気に嬉しくなれるらしい。言葉よりも、彼らのその態度で俺はライアンの凄さをなんとなく感じた。ライアンは、この窮屈な植木鉢の英雄のようだった。


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