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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第二章 森竜編
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【改稿】豪邸の庭より広い魔法陣


 振り抜かれた尾からは五本の水の矢が放たれた。それらは軌跡を描いて乱れ飛び、フレイムサラマンダーを取り囲んでその身へと迫った。

 だが、フレイムサラマンダーがつんざくような絶叫を上げると、花火のような爆発が起こり、全ての矢は蒸発した。そして次の瞬間猛火が上がった。


「まずったな、水だと逆効果だ! 風も似たようなことになるか……?」

「金属は?」

「金属の魔法はない! っと……!!」


 再び吹き上がった炎を避け、ライアンは弧を描いて空を舞う。風を起こしたその背の翼がちりりと焦げた。ライアンは顔を顰めて、苦し紛れの純白を放った。

 それは純粋な魔力の弾だ。何の特性も持たないそれは、トカゲの硬い皮膚を貫いて小さな風穴を開けた。


「通った!」

「よぉし、それじゃああとは撃ち込むだけだな!」


 ライアンはばさりと大きく羽ばたき、巨大な魔法陣を展開した。豪邸の庭に勝るとも劣らない広さのそれから放たれた弾幕が、一点へと集中しフレイムサラマンダーを蜂の巣にする。


「凄い……」


 同じ魔法使いでもクラブのそれとは比べものにならない規模の魔法だ。そういえば、「人間は杖を使わないと弱い魔法しか使えない」と聞いたことがある。レイが振り向くと、ライアンの杖は彼の肩の向こうで鈍色の光を放っていた。——そして更にその向こうの空で、赤黒い何かが飛び上がった。


「ライアン!!」

「ッッ!!」


 彼は振り向くとほぼ同時に、その口から極太のストリームを放った。目が覚めるような緑の炎だ。それは赤黒い溶岩の塊さえも焼き尽くし、勢いを失わせ、やがてその力を失わせた。

 炎が止む。塊は事切れた鳥のように溶岩の海の中へと落ち、沈むと同時に大地に満ちていた他の溶岩ごと消滅した。

 二人はふわりと地面に降り立った。そこには最初と変わらぬ姿の草原があった。たった今まで溶岩が満ちていたとは思えなかった。

 が、そんなさやけさの中にも異物が一つ。枯れ草の中、その全てを焼き尽くす火勢を失い、命の灯火をも消してしまったかつての王が横たわっていた。


「……ごめんね」


 レイはその尾にナイフを入れた。そしてぶちりと断ち切ると、大きなそれを布で包んで拾い上げた。


「帰ろう、ライアン」

「あー……その前に一ついいか?」


 レイは「?」と首を傾げた。彼の突然の形態変化のことであれば、ねぐらに帰ってから改めて聞こうと思っていた。なのでレイはその旨を伝えようと思ったのだが……


「あそこに崖があるだろう。そこで君に、教えておきたいことがある」

「……?」


 思いがけない提案を受けて、レイは更に疑問を抱いた。そして、言われるがままに切り立った崖へと向かった。


「今から君に、身を守る術を教えようと思う」


 日がやや傾いた空の下、崖まで辿り着くと、ライアンは開口一番そう言った。


「戦いなら得意だよ」

「いいや、それだけの話ではないんだ」


 ライアンは人差し指を立ててくるくると回す。


「あの雪崩からどうすれば身を守れたと思う?」


 その質問を受けたレイは、「そんなこともあったな」と思い出した。昨日?一昨日?の出来事なのに、今となってはその詳細を思い出せない。これまでの時間が色々と濃すぎた。レイがその答えに悩んでいると、ライアンはふっと笑った。


「正解は『空を飛ぶ』だ」

「え?」

「何か基礎的な魔法は使えるか?」

「ええと……」


 空を飛ぶということは、つまりあんな翼を生やして……? いや、口ぶりからすると魔法を使うのだろう。

 そういえば、「夜も君を見失わないように」とクラブが教えてくれた魔法がある。明かりを灯す魔法。レイが握り込んだ手のひらをそっと開くと、そこに小さな光の球が浮かんだ。

 しかしそれはたった数秒か弱い光を放つと、蝋燭の火が吹き消されるように消えてしまった。


「やっぱりか。実はアンドロイドについて、魔法が苦手なんじゃないかという説があるんだ。彼らの起こした事件の噂は国を超えてやってくるが、魔法を使ったという話がないからな」

「え? 私、アンドロイドって……」

「……ああ、あんな身体能力を持っているんだ。見ればわかるさ。しかし、君を責めている訳じゃない。大丈夫。君が優しい子だってことはよく分かっている」


 そう言うライアンの声色こそ優しい。彼は立てた人差し指を下ろした。


「話を戻そう。空の飛び方についてだが、基本的には浮遊魔法を使う以外の方法はない。しかし浮遊魔法は、熟練した魔法使いのみが使える高度な技だ。だから……」


 語るその目がきゅっと細まる。


「君が空を飛ぶことができれば、いざというとき大抵の変態から逃げられる」

「うん」


 ライアンはやれやれと首を振った。


「しかし、恐らく君はそのような魔法は使えないだろう。だから、今から教えるのは君にとってもっと簡単な飛び方だ。それでいてそうそう真似できない。どう飛ぶかというと——こう飛ぶ」


 ——言い切るや否や、ライアンは地面を蹴って崖の外へ飛び出した。レイが咄嗟に目で追うよりも早く彼は薄い魔法陣を空中に展開、次の瞬間には踏みつけて跳躍した。薄氷のようなそれが割れるのとほぼ同時に次の魔法陣を展開。踏みつけて跳躍。鮮やかな早業でそれを繰り返し、縦横無尽に空を飛び回ると、ライアンはふわりと崖に着地した。


「どうだ、できそうか?」


 と言われても尚レイは呆然としていたが、少ししてハッと我に帰り、ふるふると首を振った。すると彼は豪快に笑った。


「はは、じゃあ稽古が必要だな。まずは見様見真似でやってみろ!」


 ライアンはそう言ってレイに魔法陣の出し方を教えた。間もなくレイはそれを覚え、躊躇いつつも空に飛び出した。しかし。


「ッッ!!」


 出した魔法陣が想定よりも早く崩れた。着地点を失い、レイは落下を始める——


「——おっと!」


 しかし次の瞬間、その身体は突進する何かに抱き止められた。ぶれる視界が塞がれて、そのままぐうっと身体にGがかかり、大きく翻って停止した。上下に揺れる感覚がして、羽ばたく音が聞こえてくる。

 もぞもぞと顔を上げると、レイの視界にライアンと唐紅の翼が映った。


「言い忘れていたが、私は森竜様より竜の加護を賜っている。この通りフォローは任せてくれ、よ!」


 そう言うとライアンは突然に滑空し、再びレイを放り投げた。鮮やかな尾の鱗が夕日に煌めく。レイが慌てて魔法陣を展開すると、ライアンは楽しげに飛び回った。


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