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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第二章 森竜編
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【改稿】枯れ草の野原に赤は駆ける


 その間にも、景色はどんどん過ぎ去っていく。流星は瞬く間に空を突き抜け、湿地の上で消滅した。

 ——そしてそれから〇・一秒後。流星は全く別の景色の中に出現した。流星こと森竜は身体を斜めに傾けると、急速に迫り来る地面に向かって勢いを殺さず突っ込んでいく。

 そして轟音と共に着陸した。激しく地面が捲れ上がり、ぶわりと砂埃が巻き上がる。

 やがて砂埃が晴れていく。秘密の扉を開くようにゆっくりと姿を現したのは、枯れた短草の野原だった。犬の抜け毛のような草の群生がぽつぽつとあり、心ばかり、と言わんばかりの枯れ木が数本生えている。

 そして野原のはるか彼方。二人と森竜の目に、茶色の山脈のシルエットが見えた。


「見えるかのう? あれがフレイムサラマンダーの住む火山。わしが送れるのはここまでじゃ」

「ありがとう、森竜」


 二人は森竜の背から飛び降り、およそ三十分ぶりの地面を踏みしめた。

 たったの三十分で随分と遠くまで来たようだ。森竜の言う「ワープ」というのは、彼が木々のない地帯に飛び込むと強制的に起こるものらしく、彼は積極的にそのようなルートを選んで飛んでいた。下界が遠くてよく見えなかったことが救いか。もし見えていたら、二人の見る景色は酔い止め必須の走馬灯のようになっていただろう。


「今回は近くに着陸できたが、海将マーリンや幽霊砂漠の怪を狩るときはもっと遠いところから自力で移動する必要があるだろう」

「うん。じゃあせめて今日は、早く尻尾を取ってねぐらに帰ろう。作戦は?」

「作戦か。まずは私が水魔法で……」


 ライアンはレイに語りながら、自らの背中に手を伸ばした。そして、その手は背中に触れた。

 ……語りが途切れた。ライアンは自らの背中から手を離し、彷徨わせた。何もないことを確かめた。それでもせめて振り返ってみた。……ライアンはゆっくりとレイに向き直った。


「忘れ物をした!」

「凄い爽やか……」


 初めて会ったときから思っていたが、この青年はとにかく爽やかだ。太陽を向く向日葵のように力強く、その葉を伝う朝露のように爽やかだ。

 レイにとっては初めて関わるタイプの人間であり、路傍のシロツメクサのようなクラブと比べると感じる覇気の差がとんでもない。いや、群生するシロツメクサもそれはそれで力強くて良いと思うが。


「森竜様に頼んで一度取りに帰る。すぐに戻るから、それまでここを動かないでくれ!」


 ライアンはレイに手を振ると、森竜の背に飛び乗った。そして森竜が飛び立つと、彼らの姿は超高速で空の彼方へと消えていった。明らかに先程までよりも速い。あれが竜と守り人の絆か、とレイは思った。

 ——が、しかし。レイはくるりと振り返った。一面に広がる黄色の野原。「動かないでくれ」と言われても、こんな野原では……あまりにもすることがない。

 ねぐらに残してきたシロツメクサは元気だろうか。まだ出発から三十分ほどしか経っていないが、それでも気がかりだ。一年半ほど彼と共に暮らしてきて、そのしぶとさを知らない訳ではない。だが……


(早く尻尾が手に入ったら、早くねぐらに帰れるかも)


 躊躇がなかった訳ではない。それでもレイは駆け出していた。それはこの一年半誰かさんを悩ませてきた、レイの無邪気な気性だった。



 そんなレイの暴走を露も知らないライアン。彼はマホガニー作りの扉を開き、慣れ親しんだ自宅へと帰ってきた。

 ほんのりと蜜蝋の匂いがする階段を上がり、二階の廊下をまっすぐ進み、最奥の部屋の扉を開く。室内には同じくマホガニー材の机や棚、ベッドがあり、背の高い棚には読み古した本から拙い木彫り像まで雑多なものがひとまとめに置かれている。そしてその側に、一本の杖が立てかけられていた。


「あったあった。私としたことが……」


 ライアンが杖を持ち上げると、その頭部にあしらわれた二つの真鍮の輪がしゃらんと擦れて鳴った。杖は概ね鉄製で、頭部は珠のような形をしており、柄には彫り細工が施されている。そのフォルムはシンプルながら作りは繊細だ。

 フォレスト家の先祖が森竜から賜ったこの杖は、決して失くしてはならないものである。


「……急いで帰ろう」


 ここまで帰ってくるとき、ちょっと森竜の機嫌が悪かった気がするのだ。ライアンは足早に部屋を出た。

 少し狭い廊下を進むと、小さな声が聞こえてきた。ライアンの自室の斜向かいに位置する部屋……クラブに貸している部屋からだ。


「えーっと、レイとの旅に役立つ魔法……」


 耳を澄ますと、ページを捲る音が聞こえてくる。思いがけずライアンは感心した。


(魔法の勉強をしているのか。最初は変な奴だと思ったが、意外と真面目なんだな……)


 今夜無事に帰って来れたら彼にボードゲームでも持ちかけてみようか。病人とはいえ休んでばかりも退屈だろうし、彼を深く知るきっかけになるだろう。そう思った次の瞬間。


「拘束魔法」

(……えっ)


 今、何と言った?


「あとは使役魔法……催眠魔法……扉を開かなくする魔法……えっ!? こんな魔法まで……!? でへへ……」


 次の瞬間、ライアンは豹のように駆け出していた。そして家を飛び出すと、森竜の背に飛び乗って過去一の速度で野原に着陸した。すると、そこには——


「ごめんライアン! やっちゃった!」


 ——溶岩の波と巨大なトカゲに追われているレイが居た。


「ゔわーーーっっっ!?!?」


 ライアンは出し抜けに駆け出した。彼の背負った杖から光が溢れ、彼に赤い翼を生やした。彼は宙へと飛び出した。鮮やかに飛翔し、弾丸の如く低空ギリギリを突き抜けると、トカゲの吹いた火が身を焼く直前で急上昇した。

 その腕にはレイが抱えられていた。乾いた羽ばたきの音がして、レイはぎゅっと閉じた目を開いた。下を見ると、遠くなった地面を溶岩が通過していくところだった。顔を上げると、そこには汗をかいたライアンの顔があった。その額からは二本の赤い角が生えている。


「君達はいつもこうなのか!?」

「君『達』?」


 きょとんとするレイ。ライアンはため息をついた。

 しかし呆れている暇はない。地上から火の柱が吹き上がった。艶めく鱗に火の粉を纏う活火山の王、フレイムサラマンダーが火を吹いたのだ。


「とりあえず今はこいつをどうにかしなくてはな。こうなったら全部私に任せろ!」


 ライアンはやけっぱちに長い尾を振った。


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