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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第二章 森竜編
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【改稿】クッキーのような月が砕けたから


(まあ興味ないんだけどね……)


 食後、俺は与えられた部屋に戻り、窓から夜の空を眺めていた。クッキーのような真黄色の月が空に浮かび、柔らかな光を部屋に落としている。ふかふかな布団の上で、食べかすのような星の粒が散らばった。

 ローレアではここまで月の光を感じることはできない。なぜなら夜でも街に明かりが灯っているからだ。改めてあの街を出てきてしまったことを実感する。


(まだ熱が引かない……)


 俺は自分の手を握り、開き、軋むような痛みが走るのを確かめた。体の節々が痛み、心の底から甘えが湧き出る。


 病気、怪我。手負いの状態になることは今までもよくあった。その度に俺は一人で身を潜めて耐えてきた。病院にも行かず、ただじっと嵐が過ぎ去るのを待った。

 孤独だった。しかし、今から一年半前……俺はレイと出会った。


『——一人じゃ食べられない? ふふっ、面白いねクラブは。病気や怪我をするとわかりやすく弱るんだから』


 猫が蝿をつついて喜ぶような顔。無邪気な微笑みを湛えて、彼女は俺に手作りの粥を食べさせてくれた。

 彼女の愛は暖かかった。しかし、大の男がわざとらしく甘えることへの面白さもあったのだろう。彼女の言葉には、薬味用の匙ひとすくいほどの嘲笑が含まれていた。それが少し恥ずかしくて、だけどゾクゾクと気持ち良くて、俺は何度もスプーンを食んだ。

 そんな看病を度々された。そのときのことを思い返すと、俺の鼓動はいつだって仮病をするように速くなる。本当に熱がある今なんかは、既にある火に油を注ぐことになる。


「……レイ……」


 俺はレイが恋しくなった。しかし今、彼女は別の部屋に居る。今頃夢を見ているのだろう。そして目覚めればすぐにここを発つ。つまり、明日から俺が彼女に看病をされることはない。切ない寒気が俺の全身を這った。


 ……俺は、不老不死だ。彼女の博士を殺してからそうなってしまった。俺はずっと、長い時間を独りで生きてきた。


 だから、こんな孤独にも慣れている。しかし……一度レイが俺を抱きしめてくれたときの、アンドロイドの柔らかなぬくみは、今もしだり尾のように長くずっと俺の体に残っている。


「……」


 俺は震える膝を抱えた。扉の外からひたひたと聞こえる、別離の足音。お化けに怯える子供のように、俺はその日の夜を明かした。



 沈んだ太陽が再び空へと昇る頃。


「おい、見ろよあれ……」


 東の空から迫り来る音に、旅人は皆足を止めた。

 朗らかな薄浅葱色の空。その高くに、まばらな白い雲を蹴散らして飛ぶ流星のようなものがあった。

 旅人は赤く日に焼けた手を空にかざし、その流星の正体を確かめようとした。指の隙間から眩い光芒が入り込み、目がちかちかと焼ける。うっすらと見えたそのシルエットは……


「……竜?」


 ——ごうごうと風を切って三百六十度の空中を進む。

 レイとライアンは森竜の背に乗り、出発点の遥か西にある火山を目指していた。


「凄い……ずっと太陽が近い。風が強くて、鳥になった気分」

「おいおい、鳥でいいのか? 竜の気分になってみろ! こんな機会はそうそうないぞ」

「……竜」


 レイは目を閉じ、全ての感覚を研ぎ澄ました。飛翔する鳥の流線型のフォルムを思い浮かべる。今自分が、その合理的な姿とは対極的な騎乗姿勢で味わっているのは、鳥が味わうにはあまりにも強すぎる風だ。


「確かに、これは竜」

「そうだろう? さあ、もう少しで火山に着く。フレイムサラマンダーは獰猛だそうだ。気を引き締めて行くぞ」


 背後で自分を支えるライアンに、レイはこくりと頷いた。


 ——四皇。森竜が求めたのは、世界中の森を脅かす魔物の討伐だった。


 昨晩、大釜のスープの九割をたいらげて酒樽を一人で十個空けた森竜は、べろべろになりながらようやく頼み事の詳細を語った。

 この世界には当然のように魔物が跋扈している。自然と共存するモノも居れば、共存しないモノも居る。圧倒的な力で自然を破壊し、人や動物さえも脅かす存在がこの世には居るのだ。その中でも特に森竜にとって憎らしい四匹の魔物を、彼は「四皇」と呼んでいた。

 炎を纏うトカゲの王、フレイムサラマンダー。彼は自らの炎によって生まれ故郷の森を煙立ち上る野原にした。フロストクイーンは温帯の森に霜害をもたらし、海将マーリンは森の川を昇って塩害を広めた。そして幽霊砂漠の怪は、干ばつによってかつての大森林を滅ぼした。

 森が傷付けば森竜も痛みを感じる。それは肉体的な痛みだけではない。四肢を失えば絶望するように、精神的にも傷ついて当然だった。

 しかし森竜にとって、宿敵である彼らを倒すことは不可能に近かった。森の外に出られないことも理由の一つだが、何より森竜はそこまで強い訳ではなかった。確かに森竜は羽ばたき一つで小さな魔物は吹き飛ばせるが、四皇はその名の通り強大な力を持つ魔物達だ。「到底わしでは太刀打ちできぬ」と森竜は語った。そしてしばらくの沈黙の後に、「わしはどちらかというと賢者的な偉大さを持つ存在だ」と目を逸らしながら付け加えた。なるほど、とレイは思った。

 また、森竜はレイに更なることを求めた。二人が四皇を倒したとしても、森の外で倒したのならば森竜はその様子を観測することができない。森竜は二人に証拠を持ち帰ることを求めた。「フレイムサラマンダーの尻尾」、「フロストクイーンの宝玉」、「海将マーリンの背鰭」、「幽霊砂漠の雨」……実は森竜は四皇を倒した証拠というより、なんとなく凄い宝物が欲しいんじゃないかとレイは思った。しかしそんなレイの思いを知ってか知らずか、森竜は「よろしく頼むぞ」とだけ言うと、その場に丸まり、豪快ないびきを立て始めた。狸寝入りか本当に寝たのか、なんにせよそれは会話の終了を意味していた。


 かくして、レイとライアンは現在空を飛んでいる。

 クラブは一人で留守番をしているが、森竜は二人を送り届けた後、彼の元へと帰るらしい。それなら安心だな、とレイは呑気なあくびをした。



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