未熟哀叫
レイは啓鐘者に呼びかけた。そのとき俺の耳に、どこか遠くから重く震える音の波が届いた気がした。雄叫びのような、歓声のような音の残響。
しかし、すぐに幻聴だろうと判断した。俺達の居る空と地上との間には、結構な距離がある。騒がしく雨が降りしきる中で、地上の声が聞こえた筈がない。
俺の耳に届く声は、レイの声だけだった。
レイは啓鐘者に向かって繰り返し叫んだ。「もうこんなことはやめて」「正気を取り戻して」と必死に叫んだ。彼女は攻撃を避け、空を駆けた。叫ぶ。避ける。そしてまた叫ぶ。時折身体に攻撃が当たり、その度に彼女の鎧に重ねがけした防護魔法が解け、俺は必死にそれをかけ直した。
「レイ! もう限界だよ! 啓鐘者と会話は成立しない!」
「そうだね……なら、殺さないと」
レイは顔を顰め、魔法陣に立って懐から小さな剣を取り出した。俺はそれに杖を向け、縮小魔法を解除した。すると巨大な剣が現れた。フローラから奪った大剣だ。レイはそれを振り下ろし、啓鐘者に向けて衝撃波を放った。
啓鐘者はそれを避けたが、追い討ちの攻撃が何度も彼女を襲った。レイの容赦ない波状攻撃に啓鐘者は呻きを溢し、次の瞬間、纏うオーラを変えた。
「ヤバいのが来るよ!」
「大丈夫……受け止める」
啓鐘者は骨まで染み渡るような殺意の波動を放ち、鎌を縦横無尽に振るった。紫炎色のビームが空を焼き、どこかで見た紋様の魔法陣から死の炎が放たれる。その全ての攻撃がレイに向かっていった。しかしレイは、踏み締めた魔法陣の上から一歩も動かずにそれらを正面から見据えた。
「私はとても愚かな存在。ブランブル帝国で初めて、自分の判断で動くことを認められた私は、性善説や想いの力を信じて動いた。その結果、私は間違ってない上で間違えた。私は今、迷走の中に居る」
レイは誰へともなく語り始めた。彼女は迫り来る攻撃の嵐を正面からいなし、避け、時に食らいながら言葉を紡いでいく。
「私は私の信じているものが間違ってるとは思わない。だけど、それを信じて行動を起こす私の中で、何か致命的に欠けているものがあって、そのせいで間違った結果が生まれている。
想いの力は奇跡を起こす。それは間違いなかった。バーニーとフローラを引き合わせたから、フローラは改心した。だけどその選択は、リスクを大きく取りこぼしていた。一歩間違えれば私はバーニーを殺していた。
善し悪しのわからない所業をした人は、善し悪しがわかるまで裁けない。それも間違いないと思う。あのとき私達が立ち去ったから、フローラは不確実な裁きを受けずに済んだ。だけどその選択によって、私達は彼女を裁くタイミングを逃してしまった。
全部私の信念を優先した結果。全部間違った結果になった。足りない、何が足りないの。信念と現実を完璧に折り合わせる為の、何かが足りない! ——私は未熟!!」
レイは正面から迫り来た鎌に大剣を打ちつけた。二つの力が拮抗し、圧し合う。俺はその様子を見て、すかさず鎌に向かって岩の槍を放った。槍がぶつかり、鎌は大剣から逸れたが、それだけでは終わらない。俺は二本、四本、八本と槍を生成し、啓鐘者の胴体に向けて撃った。膨れた腹に槍が突き刺さり、赤い血が溢れた。
(もう少しで倒せそうだ……!)
そう思った次の瞬間。
「アアアアアアアアーーーーッッ!!」
啓鐘者が絶叫し、その腹部に黄金色の亀裂が走った。




