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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第三章 帝国・決戦編
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暗雲の二ヶ月


「ゴッズランドに……?」


 ダレンは震える声でそう聞き返した。そこには確かな怯えがあった。


「はい。街を去る帝国軍は聖女様を引き連れ、悪しき末裔を……『厄災』を滅するのだと、そう叫んでいました。その為に、ゴッズランドを滅ぼすのだと」

「『厄災』? 悪しき末裔? 一体どういうこと……? ゴッズランドを滅ぼすって——グレンが危ない!」


 ダレンは真っ青な顔で叫んだ。グレンというのは、彼の弟のことだ。四年前に四歳だったから、今は八歳だろうか。


「……ご主人、大変なことを教えて下さりありがとうございます。行こう、二人共」

「ま、待てよ」


 ダレンは切羽詰まった様子で駆け出した。俺はその後を追うべきか迷い、再びフローラとバーニーを見た。啓鐘者(アウェイカー)を追ってこの国を離れる必要があるなら、その前に二人の処遇を決めておきたかった。しかし、レイは「大丈夫」と言って俺の手を掴んで走り出した。


「フローラなら大丈夫。バーニーが居るから、もうきっと街を襲ったりはしないよ」

「レイ……それは希望的観測だよ。それに、これまでに犯した罪はちゃんと裁かれないと」

「クラブ」


 レイは振り向きもせず、黒い後ろ髪を揺らしながらこう言った。


「結局のところ私は、千年前にラボを襲ったモノが何なのかを知らない。そうである以上、今の私に彼らは裁ききれない。

 だけど、もし——あなたが千年前の真実を知っていて、彼らを裁くことができるなら、この手を振り払って」


 その言葉は俺の心の暗いところに突き刺さり、子鹿のような抵抗心を縮み上がらせた。……そんなの、あんまりじゃないか。俺がこの手を振り払えば、それは自白も同然じゃないか。俺が手を振り払った瞬間、レイは振り向いて驚いたように俺を見て、「なぜ、なにを知っているの」と聞くだろう。それに俺が答えられなければ、次に彼女は全てを悟り、憎悪を滾らせるだろう。そんなレイから俺は逃げ出して、俺達は永遠の決別を迎える。

 俺は何も言えなかった。何かを言うべきなのに、何を言えばいいのかわからなかった。俺は手首を華奢な手に強く握られたまま、操られるように街を駆けた。地を蹴る度に力無く垂れ下がった俺の手が、死人の手のように揺れた。



「フローラのしたことの善し悪しはともかく、彼女は私の親友だった。彼女を狂わせた啓鐘者(アウェイカー)を私は許せない」


 曇天の草原を歩きながら、レイはそう言った。ダレンは俺とレイの少し後ろで呼び寄せたシマコと会話をしていた。だから、俺はその言葉が自分に向けられたものだと思った。


「……そうなんだ。俺も啓鐘者(アウェイカー)は許せないよ。サクッと倒して凱旋しよう!」

「でも、裁くのに必要な情報が足りない」


 ……またその話か。レイは、数日前にブランブル帝国を発つときにした話を引き摺っているのだろう。俺は肩をきゅっと丸めて、相槌だか愛想笑いだかわからない呻き声を上げた。

 だが、ふと気がついた。レイの眼差しは俺に向いていない。彼女は前を向いて、何かを思い悩むような表情をしていた。

 俺が戸惑ってレイの横顔を見つめていると、ダレンがシマコとの会話を終えて、俺達の間に割り込んできた。


「騎士団への連絡が完了したよ。騎士団もゴッズランドに向かうって。ブランブル帝国からゴッズランドまで徒歩で二ヶ月かかって、ノースゴッズからゴッズランドまで徒歩で一ヶ月半かかるから、帝国軍がゴッズランドに着いた半月後に騎士団の援軍が間に合うと思う」

「え、ああ……一ヶ月前に帝国軍は出発したんだもんな。二ヶ月引く一ヶ月は一ヶ月、一ヶ月半引く一ヶ月は半月か」


 俺は突然に並べられた数字を頭の中で整理して、ようやく理解した内容に対してなんとも言えず顔を顰めた。


「開戦から半月後に援軍が着いて、更にその半月後に俺達がゴッズランドに着いて……って、ヤバくないか?」

「ブランブル帝国軍の兵力は、ゴッズランド軍と同等だと言われている。だけどそこに啓鐘者(アウェイカー)という未知の存在が加わって、援軍の到着が半月後という状況……何とも言えないね。全部啓鐘者(アウェイカー)次第だ」


 ダレンは深刻な調子でそう言った。その表情は冷静に見えるが、俺と話している途中、彼はぴくりと引き攣ったように瞬きをした。しまった、とでも言わんばかりに彼はそっと目を逸らし、疲れた眼差しを地面に向けた。


「早く弟を助けに行こう」

「……うん」


 俺はダレンの肩を叩いた。ダレンの目の下には隈ができていた。

 疲れているのは彼だけではないだろう。きっとレイも疲れているし、俺も物凄く疲れている。帝国での戦いで三人とも数えきれない程の深い傷を負い、大量の血を失った。到底万全といえる状態ではない。

 特に気掛かりなのがダレンだ。彼はただの人間で、俺やレイのような超人的な再生能力を持っていない。俺はブランブル帝国を発ってからずっと彼を気にかけているが、彼の黒い髪も、生気が欠けた様子も、未だに治る気配はない。動きを見るに、もしかすると骨も折れているかもしれない。

 かといって、どうすることもできない。この世に回復魔法は存在しないし、今の俺達には療養できる場所も余裕もない。

 せめて二ヶ月後、ゴッズランドに着くまでに少しでも全員の体調が良くなっていれば良いのだが。俺は心の中で祈りながら、歩みを進めた。


 半月程歩いていると、俺達は湯煙の立ち昇る小さな村に辿り着いた。俺達はそこで新しい雨避けのローブと手袋、長靴を買った。ゴッズランドでの戦いは乱戦が予想された為、互いを見分けやすいように以前と同じ青い色のものを買った。また、気休め程度の湯治をした。村人に話を聞いたところ、村は一ヶ月前に帝国軍の通り道となったが、物資を奪われる等の侵略はされなかったようだった。また、そのとき黒い雨がほんの僅かに降ったそうだった。

 そしてそれから更に半月後。俺達の歩いていた街道が、ローレアとスノウダム及びノースゴッズを繋ぐ街道に合流した。三つのうちどれかの街に寄っていけば、割れてしまったダレンの鎧の胸部分を補う防具が手に入る気がしたが、ダレンは「策があるからこのまま行こう」と言った。俺とレイは彼に従うことにした。

 そして、遂にブランブル帝国を発ってから二ヶ月後。荒れた田園地帯を抜け、俺達はゴッズランドの首都・グローリアの城壁の前に辿り着いた。


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