優しい少女
「……バーニー、いい加減にしなさい!! どうしてここに居るの!? 『足手まといだから着いてくるな』って言ったわよね!?」
そう叫ぶとフローラはバーニーの頬を打った。アンドロイドの怪力によるビンタに吹き飛ばされ、バーニーは倒れた。しかし、すぐに起き上がるとフローラに駆け寄っていき、もう一度抱きついた。
「フローラお姉ちゃんはそんなこと言わない!! 本当のお姉ちゃんは優しいんだもん!! 思い出して! フローラお姉ちゃんは、僕達を守る為に劇団に入ったんだよ!!」
一体どういうことだろう。バーニーが奴隷商に売られそうになり、フレデリックに助けられたというのは嘘だったのか。バーニーは今まで俺達を騙していたのか。
「レイお姉ちゃん、クラブお兄ちゃん、ダレンお兄ちゃん、騙してごめんなさい。でも聞いて。本当に昔のフローラお姉ちゃんは、誰よりも優しかったんだ」
バーニーは語り始めた。彼の眉は悲しげに下がっていたが、声はどこか慈しみのようなものを湛えていて、穏やかだった。
「僕達は博士の作ったアンドロイド。今から五年前、ラボで目覚めた僕達には全ての記憶がなかった。
僕達はとにかく不安だった。だけどみんなで寄り添いあって、何もわからないこの世界を渡り歩いた。アンドロイドである僕達は、飢えたり死んだりする心配はなかったけど、それでもお腹は空くし身体も汚れるし、働き口も居場所もないしで、辛い思いをして過ごしていた。
でもあるとき、僕達はブランブル帝国に流れ着いた。そしてブランブル劇場で公演をする劇団の一つの、ブロッサム一座の座長が、街を歩くフローラお姉ちゃんの美しさに惚れ込んで、お姉ちゃんを『フレデリック』として雇ったんだ。
たちまちお姉ちゃんはトップスターの座に上り詰めた。お姉ちゃんは沢山のお給料を貰って、ファンから沢山の贈り物を受けた。でも……お姉ちゃんはそれを自分の為には使わなかったんだ。お姉ちゃんは頑張って稼いだお金で、行く宛のない僕達を養ってくれた。……フローラお姉ちゃん、お姉ちゃんはいつも言ってたよね。『あなた達の為ならなんでもしてあげるわ。それが私の生きる意味だもの』って」
「……違うわ。そんなのは違う。私の生きる意味は、博士よ」
フローラは首を横に振って否定した。しかしそれでも、抱きつくバーニーを突き放したりはしなかった。ボロボロのバーニーを支えながら、よろよろと地面に座り込んだ。
「……四年前の春、公演を終えたお姉ちゃんは、僕達の家に割れたリンゴを持って帰ってきた。お姉ちゃんは公演中、そのリンゴが頭に落ちてきて、砕けて溢れた果汁が口に入って、全てを思い出したんだって言ってた。
お姉ちゃんに言われて、僕達もそのリンゴを食べた。それで僕達も思い出した。博士の手で半有機半機械のアンドロイドとして生み出されてから、コールドスリープさせられるまでことを。
お姉ちゃんはこう言った。『かつて人類は滅んでいた。なのにあれから千年経った今、人類が繁栄していることは明らかにおかしい。テオドアや始祖達なんてものはただの作り話。かつてラボが何かに襲われたことを思い出して。今の人類は、かつてラボを襲った人ならざる者達よ』……って。
僕達はお姉ちゃんの言うことを信じた。今の人類は博士の仇で、必ず滅ぼさなきゃいけないんだと思った。
それから僕達は帝国を出て、今の人類を襲い始めた。博士の愛した科学を使うことにもこだわった。……正直、人は一人も殺せなかったけど。それでも、博士の為に真っ当なことをやってるって感じがした。
だけど今年の冬、僕達は変なシスターと出会った。それからお姉ちゃんはおかしくなった。だんだん凶暴になって、僕達を乱暴に扱うようになった。
僕がお姉ちゃんに捨てられたのは、みんながフェレト村を襲うことを決めた頃。足手まといになるからって。その頃のお姉ちゃんは科学へのこだわりもなくしてた。でも、僕はそんなのはお姉ちゃんの本心じゃないって思った。お姉ちゃんは……本当は、すっごく優しいから」
バーニーは側に落ちている石の欠片を拾った。そして瓦礫の中の、かつて建物の壁材だった石に、笑顔の絵を描いてみせた。
「お姉ちゃん、ラボで暮らしてた頃、博士の絵を一緒に描いてくれたよね。また、一緒に描いてほしいな」
バーニーは泣きそうな笑顔を浮かべた。その笑顔を見たフローラは胸が締め付けられたような、今にも涙が込み上げてきそうな表情を浮かべて、力無く項垂れた。
「……知らない、わよ」
「お姉ちゃん……」
「私なんかより、離反した連中を探しに行ったらどうかしら。私がじいやを見捨てたから、あいつらも私も見捨てたのよ」
「うん。じゃあ、一緒に探しに行こう。きっと仲直りできるよ。それで、もう……こんなことはやめよう」
バーニーはもう一度強く、フローラを抱きしめた。フローラもまた、ゆっくりとバーニーの背に手を添え、抱きしめ返した。
……俺は、どうするべきか迷った。このまま俺達が何もしなければ、二人は支え合いながらこの街を去っていくのだろう。ここまでの被害を出した彼らを、何の咎めもなく見逃して良いのだろうか。
これについての判断も、レイに任せてしまって良いのだろうか。レイなら彼らを見逃すだろう。彼女はそういう存在だ。
俺は一連の出来事について、レイの自主性を尊重すると決めた。しかし、自主性を重んじることと反対意見を言わないことは、また別なのではないか。今回のレイの判断は、最終的にはフローラとバーニーの和解という良い結果を齎したが、それはいくつかの奇跡が重なった上での結果の話だ。判断としてはやはり良いものではなかったと思う。もしバーニーがただの人間だったら、間違いなく死んでいた。
しかし、俺に今更それを咎める権利はない。俺とダレンは想いの奇跡に懸想するあまり、彼女を止めなかったのだ。
だが、それでも、だからこそ今。俺は、彼女に反対するべきなのではないか。新たな誤ちを生み出さない為に。
「……行こう、二人共」
沈黙を切り裂き、レイがそう言った。やはりか、と思うと同時に俺は唇を噛んだ。だが、彼女の次の一言によって俺の考えは覆された。
「私達はまだ啓鐘者を見つけていない。あれこれ議論して彼らの処遇を決めるより先に、真の脅威を排さないと」
俺はハッとした。確かにそうだ。結局俺達が戦っていた間、啓鐘者は俺達の前に姿を現さなかった。彼女は今、俺達の預かり知らないところで何か別の恐ろしいことを企てているのかもしれない。早く彼女を見つけなければ。
「——お客様ーーーーっっ!」
突然、黄色のローブを纏った人物が駆け寄ってきた。見ると、その人物は俺達が泊まっていた宿屋の主人だった。
「ご無事ですか!? い、いきなり外で爆発するような音が聞こえて、窓から様子を眺めていたら、突然現れた黒い山の側を飛び回るあなた達が見えたのです! それで慌てて……あぁ……」
宿屋の主人はため息をつき、胸を撫で下ろした。たかだか一週間泊まっていただけの俺達を気にしてここまで探しに来てくれたとは。なんという優しさだろう。
それはそれとして、今の俺達にとって彼の存在は僥倖だ。レイも俺と同じことを思ったらしい。レイは宿屋の主人の前に立つと、口を開いた。
「ねえ、あなた。この国で聖女様と呼ばれているシスターを見かけなかった? 彼女は今、この国のどこかに居る筈なの」
「え? 聖女様、ですか? 聖女様は——一ヶ月前、我が国の軍と共に国を発たれましたが」
「ッッ!?」
俺の全身から血の気が引いた。実際本当に血が少なくなっているから、よりハッキリと恐怖の輪郭を感じた。
「そんな訳はない。じゃあこの雨はどういうこと?」
「雨は一ヶ月前からずっと降り続いております。もうこの場所は瘴気に侵されすぎて、聖女様が去っても雨が降り続けるようになったのです」
俺は跳ねる心臓を押さえて、ちらりとレイとダレンの顔を見た。二人共怯えて、追い詰められたような表情をしていた。
「つまり、本当にもう啓鐘者はこの国に居ないってこと!? どういうこと、熱竜の読みが間違ってたの!?」
「レイ、落ち着いて。焦っても仕方ない、冷静に状況を整理しよう。ご主人、帝国軍と聖女様はどこに向かわれましたか。これはあなたの国だけの話ではないのです。世界中の危機です。どうかお答え下さい」
「……聖女様は……」
俺達は固唾を飲んで宿屋の主人の言葉を待った。彼は俺達のただならぬ様子に戸惑い、事の重大さを理解したようだった。
彼はごくりと息を呑んだ。そして、睨みつけるような真剣な顔で俺達を見据えた。彼は老練な口ぶりで、貯えた白髭の下を揺らして、静かに俺達に言い渡した。
「ゴッズランドに、発たれました」




