白熱の剣
ダレンは良くも悪くも元気を取り戻した。彼が剣を振るう度に、ともすれば俺とレイを焼いてしまいそうな猛火が乱舞した。
「何なの!? 何があったの!?」
「クラブと似た酒癖、とだけ」
俺と似た酒癖ってなんだ。俺は自分の酒癖を知らない。酔うと記憶を飛ばすからだ。例に漏れず、あの飲み会の後半の記憶もない。記憶を飛ばす点が似ている、という訳ではないだろう。なのでレイの言う酒癖が何かはわからないが、とりあえず……
「後でぶっ飛ばす」
「ぐぬぬ……!」
ダレンは古典的な呻き声を上げた。一方で全ての炎を防がれた怨霊山は、ヒグラシの鳴き声に似た狂おしい音を発し始めた。しかし。
「こけおどしだね。レイのお陰で、この間合いからでも凄いのが撃てそうだよ」
ダレンの全身からぶわりと炎が吹き上がった。鏡のように美しく鍛えられた剣が、魔法で染めた偽の金髪が、融点に達した金属のように白熱し始めた。
鎧に幻想的な光が反射する。俺とレイはどんどん火勢を強める彼から離れた。それでも火傷してしまいそうな程の、凄まじい熱がダレンから放たれていた。
ダレンは剣を下に構え、目を閉じた。そんな彼を飲み込もうと、再び絶対零度の炎が襲い来た。その刹那。
「——白熱の剣!!」
摂氏1538度の紅蓮の斬り上げが、雨空に咲き乱れた。怨霊山よりもはるかに小さな剣の一閃が、大輪の彼岸花に似た炎を鮮烈に纏って、怨霊山を両断した。忌むべき巨体は縫合が解けたように、再び軟らかく特定の形状を成さないものになって、崩壊した街に降りかかってどろどろと流れ始めた。
「っしゃーーーー! 討伐完了!」
俺はガッツポーズをした。途端に浮遊魔法の制御を失いそうになり、慌てて意識を集中させた。俺と一緒に落下しかけたダレンが、嫌そうな目で俺を見てきた。すると俺は違和感に気がついた。
「あれ? ダレン、髪が長くなってるぞ」
「えっ!?」
ダレンは慌てて手を背中に回した。すると確かにそこには髪があって、彼は驚いたようだった。彼の髪は以前までと同じロングヘアーに戻っていた。しかし、その髪の色は……石炭のように真っ黒だった。
「え、な、なんで長いの。なんで黒いの。泥の色?」
「ずぶ濡れなのは間違いないけど、よく見たら本当に黒い毛になってない?」
「えっ!?」
ダレンは服に虫がついていたときのような声を上げた。しきりに髪を手で払って、追い払いようもないものを追い払おうとしている。
「まあ、必殺技の反動だろ。一件落着じゃね?」
「そうかな……そうかも……」
「うん。きっとそう」
俺達はそんなことを言い合いながら地上に降り立った。しかし、次の瞬間。
「——まだよ!」
そんな声が、雨の止み始めた街を切り裂いた。俺達が振り返ると、そこには息を切らしたフローラが居た。その手にはあのリンゴがあった。
「このリンゴの力が回復するのを待っていたのよ。今度こそあなた達を眠らせて殺してやるわ」
「……馬鹿なことはやめて」
レイが一歩、フローラの方へ踏み出した。その手には大剣。対するフローラの手の中のリンゴは青く、熟す途中のような色で、まだ力が回復しきっていない様子だった。あれでは先程のように強力な魔法は撃てないだろう。どちらに有利があるかは明白だった。
「……レイ。最後のチャンスをあげるわ。その薄汚い連中を捨てて、私と共に来なさい」
「絶対に嫌」
「今の人類は侵略者よ! 博士の愛したこの星を乗っ取った侵略者! それがわからないの!?」
「わからない」
レイはまた一歩踏み出した。フローラは一歩後ずさった。
「それが真実かどうかはわからない。本当にそうなのかもしれない。だけど確かなことが一つある。あなたは啓鐘者のせいで狂っている。——あなたのシキへの想いは何者かに狂わされて良いものじゃない。
私には大切な人が四人居る。一人はシキ。二人はクラブとダレン。そしてもう一人は、あなた。
どうか正気に戻って。それから今の人類が何なのか、一緒に考えよう」
フローラは戸惑ったようだった。暗い色に染まっていたオーロラの瞳に、微かに正気の色がちらついた。彼女は悔しげに顔を背け、拳を握り込んだ。
「……私が今の人類を襲い始めたのは、あの変なシスターに出会う前よ……!」
フローラはそう言ってかぶりを振り、レイを拒絶した。そして彼女は、少しだけ赤みを取り戻したリンゴを高く掲げた。ダレンが黒く煤けた剣を構え、レイは静かにフローラを見つめた。
「——フローラお姉ちゃああああん!!」
そのとき、フローラの背後から予想だにしない存在が駆け寄ってきた。焼け焦げたローブに小さな身体——それはなんと、バーニーだった。
バーニーは勢い良くフローラに抱きついた。彼の全身は傷ついていて、ボロボロで……青い血に塗れていた。




