【改稿】と、ライアン
「四皇?」
レイが問いかける。その声を聞いて、森竜は初めてレイの方を見た。ずっと近くにいたのに、まるで今その存在に気がついたかのようだ。
「うぅむ、そうじゃ。この通りわしは素晴らしくたくましい翼を持っており、空を飛べばこの星の裏側まであっという間に辿り着ける。魔物も人間も羽ばたき一つで吹き飛ばせる。が、森の外には出られないのじゃ」
「森の外に出られないのにどうして星の裏側まで辿り着けるの?」
「それはあれじゃ。森と森の間をワープしておる」
「……ワープ?」
きょうび聞かない森竜の言葉に、今度は守り人と呼ばれた青年が首を傾げている。千年前のSF用語だ。この竜SFとか読むのか。
「ワープとは瞬間移動のことじゃ」
「へー、ソウナンダ」
あくまで知らないふりを貫き通した。ともかく、察するに森竜は森の外に居る奴らを倒してきてほしいようだ。四皇とは一体何者なのか? 俺が問いかけようとした瞬間……
「クラブ」
突然会話を遮られた。俺の両肩がレイに掴まれ、再び押し倒される。俺は呆然とした。……どうして俺は今寝かされたんだ?
「そんなに熱心に話さなくても良いよ。病人なんだからゆっくり休んでて。私が森竜と話すから」
「えー……」
そんなに気を遣わなくてもいいんだけどな。だってこんな熱放っておいても治るし。
しかしそんなことを言えば墓穴を掘ることになるだろう。俺は大人しく空を眺めることにした。
ヤシ系の木が乱立し、濃い緑の葉っぱが元気にそよぎ、謎の鳥や虫の声が原始的に響く森。その中でも俺達の居るここは拓けた場所で、空がよく見える。日の感じからしてそろそろ午後四時ぐらいだろうか……と思いながら、俺は「長話聞き流しモード」に移行しようとした。だが。
「それで森竜、具体的に何を倒してほしいの?」
「ん〜? それは……いや、そう急がなくともよいじゃろう。まだわしらは出会ったばかりじゃ。お互いに腹を割る為、宴の席で語らおう」
「……わかった」
「それならばひとまず、彼を客室へ」
あっという間に会話は終わり、俺は青年に抱えられた。そしてそのまま、この場所の外れにある建物まで連れて行かれた。
あれ、俺の空眺めタイムもう終わり?
「俺とレイはぁー!! 超絶薄味の料理しか食べないからな!! 塩辛い料理作ったらぶつからっっ!!」
「元気だな、なんだあの病人は? 彼はいつもああなのか?」
「たまにああなる。だけどここまでずっとうるさいのは珍しい」
俺は青年の自宅らしい建物の二階から全力で叫んだ。地上ではレイと青年が、俺が三十人ぐらい入れそうな大釜でスープを煮込んでいる。どうやらあれが今日の夕食らしい。その九割は森竜用なのだろう。しかし、問題はそこじゃない——二人の距離が近すぎることだ!
「ライアン、ちょっと味見してもいい?」
「どうぞ。言っておくが、これが普通の塩分量だぞ」
レイが青年の差し出したおたまに口をつける。ああ、本当に近すぎる!!
心底どうでもいいが、あの青年の名前はライアンというらしい。ライアン・フォレスト。「苗字で呼べぇーーっっ!!」と叫んだのだが、レイの耳には届かなかったようだ。本当に?
「……しょっぱい」
「よく今まで夏を乗り切ってこれたな」
ふん、彼女はアンドロイドだから(多分)体内の塩分量とか関係ないんだよ。ぽっと出のお前にはわからないだろうけど……と、俺は内心で優越感に浸った。
そうこうしている間に、スープができたようだ。「食べるぞー」と母親が居ない日の父親よろしくライアンに呼ばれたので、俺は反抗期の子供のように階段を駆け降りた。
「じゃあ、いただこうか。森の恵みに感謝を」
「……感謝を?」
といった風の挨拶を終え、一斉に食事が始まっても俺は不機嫌オーラ全開だ。というのも……
「塩辛くてもしっかり食べるんだぞ。クラブはいち早く回復する為に、レイは明日からの旅に備える為に」
「うん。……明日から私が食べるのはこの味」
「くっ……」
そう、なんとレイは調理をしながら森竜と会話をし、本格的に彼の提案を受け入れてしまっていた。森竜は「四皇」について未だその詳細を語っていないが、レイはそんなことはどうでもいいと言わんばかりに承知した。彼女は明日から得体の知れないモノ達を倒す旅に出るらしい。なんと無謀な。
だが、百歩譲ってそれは良いとする。良くはないが良いものとしてやる。
なぜならそれ以上に許せないことがあるからだ! 俺は毒ガスの症状で療養必須。レイの旅にはついていけない。そこで代わりにライアンが同行する、という話になったらしいのだ! それこそが何よりも許せない。いつの間に、誰の許可を得て、と言いたくなるのだが、俺は全部二階から聞いていたし抗議は無視された。
出会って早々だが、俺はライアンが嫌いになった。そしてそれ故に、尚更スープがまずく感じる。俺が顔を顰めていると、背後からぬうっと緑の顔が割り込んできて、「いらぬならわしにくれぬかのぉ」と言った。俺は渋々スープをかきこんだ。
食事が始まってしばらくの間は、あえてみんな当たり障りのない話をした。改めてここが森竜のねぐらと呼ばれる森であること。俺達のこれまでの旅のこと。あとは、ローレアで暮らしていた頃の話。スープの具材の話。ライアンはこの料理を「森の恵み」と言ったが、流石にこの量なので食材の全てが森で採れたものではないこと。その食事の挨拶が近くの村のならわしであること。ライアンがその村の出身であること。
あとは、ライアンが森竜に代々仕える家系の末裔であることも聞いた。「フォレスト」という姓は森竜に与えられたものらしく、その歴史がそこそこ長いことも知った。




