起死回生
俺は口をはくはくとさせて、浅く息を吸って吐いた。指先に力を込めようとする。力が入らない。動けないなどと言っている場合ではない。
「レ……イ……」
俺は何度も全身に力を込めようとした。何度も何度も自分を奮い立たせて、ようやく指先が少し動いた。息を吸って吐いて、痛みに耐えて、腕も動くようになった。指先で床を掻いて、腕で踏ん張って、少しずつレイの入ったポットに這い寄っていく。そのうちに何台ものポットが重苦しい音を立て始めて、催眠術のように俺の潰れた脳を震わせた。
俺はレイの入ったポットの側まで這い寄ると、ポットにしがみついた。
(思い出した。俺達はさっきまでブランブル帝国の劇場に居た。この夢はフローラによる攻撃だ。早く夢から覚めないと。どうすれば二人共夢から覚めることができる? どうすれば、どうすれば)
俺は何度もポットに向かってレイの名前を呼んだ。冷たい金属のポットに触れていると、レイの深い悲しみが伝わってくるようだった。
『——名前さえ覚えていない人への想いは、本当に本物なのかな』
「……確かめるまでもない、よ。本物だよ。君の想いは本物なんだ」
『——想いは武器になると同時に、自分を自分たらしめる素敵なものだよ』
「……そうだよ……君は博士を……シキを想っているからこそ、君なんだ」
俺はレイの、胸が苦しくなる程の想いが込められた言葉の数々を思い出した。彼女の視線はいつだって、名前さえも覚えていない「博士」に向いていた。名前さえも覚えていないのに愛おしいなんて。俺は「博士」をずるいとさえ思った。
レイは冷たいポットに入れられ、千年のコールドスリープを経ても尚、愛する人への想いを忘れなかった。まさにその想いがあるからこそ、レイはレイだった。
(想いを武器に。そうだ……起きなきゃいけない理由を強く想えば……)
俺はぼんやりと思いついた。光明と呼ぶにはあまりにも頼りない、微かな光。それでもそれに掛けるしかない。聞こえなくても一か八かだ。俺は全力で息を吸い込んだ。
「レイーーーーー!! ——げほっ!」
もちろん上手く叫べる筈がなかった。枯れた、酷い声を上げて大きく咽せた。それでももう一度息を吸い込んで、必死に叫んだ。
「君は愛する人を想うからこそ君なんだ! シキだけじゃない! フローラだって君の大親友なんだろ! こんなところで彼女に殺されて、良い訳ないだろ!!」
ポットが僅かに温もり始めた気がした。ポットの中に血が巡っている。俺の中にも、愛という名の血が激しく巡っていた。
「俺には今! 二人の大切な人が居る!! この世で一番愛してる君と!! 今まさに一人でフローラと戦ってるであろう洒落臭い奴だ!! あんな奴まで俺の人生に入ってきやがった! めっちゃ間男だし腹黒だし小憎たらしい! そう思うと君と二人きりで死ぬのも悪くないけど……それでも!
こんなところで終わっちゃダメだ! 目を覚まして、あいつと一緒に戦おう! レイ!!」
俺は大きく咽せて血の塊を吐いた。その瞬間、全身に燃えるような力が漲ってきた。
虹色の炎のような力が体を巡って、傷が、痛みが、熱く激しく癒えていく。失われたものが再生していく。世界が輝きだし、白に包まれる。全てがバラバラになる中で、俺は必死に手を伸ばし、温かい手を掴んだ。
そして。
——レイはダレンに振り下ろされた刃を、すんでのところで受け止めた。
「なっ……!?」
そして間髪入れず、俺は地面から荊を射出してフローラを拘束した。ダレンは信じられない、といった風に瞬きをした。ダレンの目の前にはレイが居て、フローラの背後には俺が居た。
「「ダレン!!」」
俺とレイはそれぞれ赤い血と青い血に全身塗れていて、到底無事とは言えない姿だった。至る所が潰れて折れて、満身創痍。全身に張り詰めた気力だけで、なんとかそこに立っている。そんな有様だったが、それでも天が奇跡を与えたように生きていた。
「どうして……」
「死んだように見えたならそれは瘴気による幻覚だ!」
俺はそう誤魔化すことにした。まさか自分が不老不死で、再生能力があるなんて言えない。——今後ともバレないようにしなければ!
「……あなた達、とってもしぶといのね。だけど私はアンドロイドよ。こんなひ弱な拘束——ッ!」
フローラは身じろぎをして拘束から抜け出そうとした。しかしその瞬間に違和感に気がついたようで、再生した顔を顰めた。荊は青く弾ける電流のようなオーラを纏っていた。
「声を大きくする魔法の本質は『増幅魔法』。強度を増幅させた荊の魔法を、あなたは抜けられる?」
フローラは悔しそうな顔をした。しかしそれでも額に汗を浮かべ、ニヒルに微笑むとこう言った。
「そう、そう……でも、私を殺したところでこの国は滅ぶわよ。見なさい、あれを」
フローラは東を見た。俺達もつられて東を見た。するとそこには、到底信じ難いものがあった。




