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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第三章 帝国・決戦編
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愚者の幻想


 そして、現実は惨憺たる有様だった。


「あら、あら、あら……まさか記憶の竜の力が効かない人が居るなんて。鎧まで着込んで、危ないとわかっていたのでしょう? なのに子供まで連れてきて、この有様。とんだお間抜けさんね」


 黒い雨の中、フローラは瓦礫を踏み分けてダレンの前にやってきた。フローラの手には大剣があった。フローラの斬撃によって劇場の柱という柱が壊れ、四階までの客席が全て崩れ落ちていた。ダレンとフローラは瓦礫と人々が折り重なった、死の大地の上に立っていた。

 今からほんの数秒前。フローラの手の中でリンゴが怪しく輝いた瞬間、ダレンとフローラ以外の全ての人々が眠りについた。そしてフローラは胸元から小さな剣を取り出すと、縮小魔法を解除して大剣を構え、一振りで劇場を破壊した。ダレンがフローラと同じ高さに降り立つ頃には、何もかもが遅かった。

 フローラが剣を振るって生まれた衝撃波は、複数の小さな衝撃波に分かれて劇場のあちこちに飛んだ。それが瓦礫と共に落下するダレンのすぐ側を何度も通り過ぎた。何度も何度も、すぐ側の人間を斬りつけた。

 そして絶望の舞台に降り立った今。ダレンの背後では、クラブとレイが夥しい量の血を流して倒れていた。


「殺してやる」


 ダレンは降りしきる汚泥よりもドス黒い殺意を滾らせ、フローラに斬りかかった。ダレンの中では今まさに、熱竜の加護の力が目覚めていた。激しく噴出するプロミネンスのような、深紅色の焔を纏った剣がフローラを襲う。しかし大剣によっていとも容易く受け流された。

 火の粉が散る中、ダレンの目にフローラが反撃をしようとしているのが見えた。ぎらついた刃が衝撃波を生み出しながら迫る。ダレンは大剣の下に自身の剣を滑り込ませ、天に向かって打ち上げた。


「へえ」


 フローラは大剣を切り返し、再び振り下ろした。するとダレンはそれをまた同じように打ち上げた。何度も何度も打ち上げた。

 ダレンは殺意に燃えているからこそ冷静に、大剣の衝撃波が周囲の人々を襲わないよう、剣筋を逸らすことに集中した。しかし地上は人だらけで、衝撃波を逃す先は空しかない。必然的にダレンは剣を天に打ち上げる動きばかりになった。そんなワンパターンに陥ったダレンを助けてくれる人は居ない。ダレンは孤独だった。


 本当は愚かだとわかっていた。自分達からも劇場からもバーニーを遠ざけ、突き放すべきだとわかっていた。現実感が無いなどと言わず、戦いへの覚悟を固めておくべきだとわかっていた。

 それでも自分は、自分達は、想いの可能性を信じたかった。レイの想いを、想いへの想いを、バーニーの想いを大切にしたかった。バーニーの言う通り、フローラは優しい人なのではないか。バーニーの想いの力があれば、フローラの目を覚まさせることができるのではないか。奇跡のハッピーエンドを迎えられるのではないか。自分達はそんな幻想を信じたかったのだ。


 だが、現実はどうだ。


 ダレンは地上に降り立って背後を見たとき、一目で理解した。クラブが死んだと。クラブとレイは、常人なら間違いなく死んでいる量の血を流していた。アンドロイドのレイはともかく、()()であるクラブは、もう二度と……目を覚まさないだろう。

 一方でレイは、バーニーを守るように抱き込んで倒れていた。彼女も相当な傷を負っているが、彼女には再生能力がある。あの傷でもまだ生き延びることができるかもしれない。レイに抱えられているバーニーも、無事かもしれない。二人を、守らなければ。

 悠々と大剣を振るうフローラをいなしながら、隙をついてダレンは「それ」を撃った。その瞬間、フローラの右肩が爆ぜた。


「何かしら、その武器は? 凄い威力ね」


 ダレンは質問に答えず斬りかかった。ダレンの剣はフローラの右腕を跳ね飛ばしたが、すぐに肩に鉄の蜘蛛が這い始めた。再生が行われている。隻腕の状態は数分持つか、持たないかだ。

 フローラは宙に跳ねた剣を左手で掴み直し、ダレンの追い討ちの斬撃を防いだ。そして。


「——爆破」


 フローラがそう口にした瞬間、劇場を起点に巨大な爆発が起きた。ダレンは全身に爆風を受け、砲丸のように劇場の外へ飛ばされた。そして何度か地面を跳ね、ようやく静止した。防護魔法の施された騎士団特製の鎧のお陰で助かった。

 しかし手首につけていたお守りが砕けた。レイが作ってくれたお守りだ。そして、ローブが焼け落ちて黒い雨が直にダレンの頭に降り注いだ。

 その瞬間、ダレンは恐怖に襲われた。


「あああああああっっ!!」


 ダレンは頭を抱えて蹲った。恐怖が、狂気が頭を巡る。


(今のでバーニーが確実に死んだ。レイはアンドロイドだけどそれでも無惨に爆ぜれば、再生すらも……)


 ダレンは呼吸ができなくなった。浅く荒い、溺れるような呼吸を繰り返す。

 爆風の中、フローラが迫り来る。爆発したのは劇場だけではない。連鎖するように、近くの建物がどんどん爆発していく。街が滅んでいく。

 死ぬ、死ぬ、死ぬのが怖い。ダレンは恐怖の中で力を振り絞り、フローラに向かって吠えた。


「どういうことだ。ブランブル帝国は啓鐘者(アウェイカー)を信仰してるんだろ! 君達はブランブル帝国と癒着してるんじゃないのか!」

啓鐘者(アウェイカー)? 何かしらぁ、それ」

「あのシスターのことだ! 君の仲間だろ!!」

「どうしてそこであの変な人が出てくるの? 私とあの人は確かによく会うわぁ。だけどあの人が私に付き纏ってるのよ。私が災いを起こす度に、何故かあの人は私の前に現れる。私はそれを無視している。それだけよ。私はあの人とも、ましてや帝国とも協力なんかしてないわ」

「……!」


 ダレンは言葉を失った。ということは、つまり。


「つまり君は、啓鐘者(アウェイカー)の意思とは無関係にブランブル帝国の人々を皆殺しにしようとしているのか」

「当たり前よ。私が誰かの意思で動いてるなんて、とんでもない。私は私。悍ましい新人類を滅ぼす正義のアンドロイドよ。あなた達の(コロニー)も、牙を抜かれた同胞も全力で壊すわ」


 フローラは再びダレンに斬りかかった。ダレンはなんとか剣を構え、それを防いだ。再び勇気を持って立ち上がり、剣を振るい、何度も浴びせられる斬撃に応戦していく。青い血と赤い血が同時に吹き上がり、狂気的な怒りが弾ける。


「うおおおおおおっ!!」


 ダレンは雄叫びを上げてフローラの首を斬り落とした。脳と胴体が離れれば無力化する——そう思われた。しかし彼女は胴体だけで剣を下から上へ振り上げた。意表を突かれたダレンは高く打ち上げられ、瓦礫の中に落ちた。胸を覆う鎧が砕けた。赤い血を吐いた。ダレンのぼやけた視界の中で、鉄の蜘蛛を煌めかせて再生したフローラの口が呟く。


「もうおしまい」


 フローラはダレンに剣を振り下ろした。


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