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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第三章 帝国・決戦編
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急転


 フローラが俺達の方を見ていたのはほんの数秒だった。しかしそれだけで十分悪い予感がした。

 レイはバーニーを抱き込み、ローブで包み込んだ。敵意のある眼差しをフローラに向けて、その一挙手一投足を見逃さまいとしている。俺もまた、フローラを注視することにした。

 フローラはリンゴの木の側に立つと、空を見上げた。黒い雨が降りしきる空。フローラの顔を、髪を、ドレスを、黒が染め上げていく。


「——彼女は、不老不死の薬を作ろうとした」


 フローラがよく通る声でそう言った。その言葉を聞いた瞬間に俺の全身から血の気が引いた。


「クラブ……?」


 がたりと客席の椅子を揺らして震えた俺を、ダレンが心配そうにちらりと見た。だが、それどころじゃない。俺はフローラから目を離せなかった。


「世界最後の人類、私達の愛する博士は、不老不死の薬を作ろうとした。それは、この星——滅亡した星の再生機構を、何百年先まで守ろうとしたから」


 フローラは木に向かって俯き、細い手を差し伸べた。木の葉が意思を持つように揺れて、彼女の手のひらの上にリンゴが落ちた。


「私達は半有機半機械生命体。不老不死の彼女と共に、再生した世界を生きる筈だった存在。私達は彼女を亡くした今も——美しい世界を望んでいる」


 フローラの持つリンゴが怪しく輝き始めた。「備えて!」とレイが叫び、構えをとった。何か恐ろしいものが襲い来る。それはわかっていた。だけど俺は動けなかった。


「クラブ!!」


 レイが叫ぶ。ダレンが剣を抜く。だけど俺は動けない。

 世界が怪しい輝きに包まれた。



 ……



 ——安い揚げ鶏に噛みついた。

 たっぷりの筋弛緩剤を打たれたような、ピックル液漬けの揚げ鶏に歯を立てる。じゅわりと濃厚な塩と油が口内に染み出し、肉と衣を咀嚼すると、俺はそれを喉を鳴らして飲み込んだ。


「うま……」


 俺は黒色の革のジャケットのポケットから、タバコを取り出して吸おうとした。しかし、対面の時計台の前に立つ人に睨まれてやめた。俺はため息をついて空を見上げた。

 ビルとビルの間を突き抜ける天空高速道路が見える。そこをバイオ由来のエコでクリーンな半有機半機械自動車が走っている。

 雑踏の中で一人佇む。ここはカレッツィア王国の首都、その駅前だ。数え切れないほど乱立しては空を目指すカーテンウォールの摩天楼が、秋の日差しに輝いていた。

 俺はビルのスクリーンを見た。そこにはふわふわのブロンドを胸まで垂らした、若い女性が映っていた。


「——シキ様。この度発明された義手とは、一体どのようなものでしょうか?」

「あ、はい。実物を持ってきました。これなのですが……」


 記者の質問に応じ、シキと呼ばれた女性は人間そっくりの腕を取り出した。そのあまりの精巧さに記者からどよめきが上がる。


「これは青い血と肉で動く、半有機半機械の義手です。この義手は既存の生体組織としっかり結びついて、自分の手のように動かせます。また、自己修復機能も備えています」

「夢のような発明ですね。我々はシキ様の素晴らしい発明によって、確かな歴史の転換点を迎えています。その青い血と肉は、腕のみならず足や胴体、ひいては内臓の代わりをすることも可能なのでしょうか?」

「まだ実験段階なので確かなことは言えませんが、ゆくゆくはそのようにできればいいと思っています」


 シキを取り囲む記者団から歓声が上がった。誰もがマスコミとしてあるべき冷静さをなくして、偉大なる彼女を褒め称えた。


「流石はシキ・ローレンス様! 我らがカレッツィア王国の王族が一人! シキ・ローレンス様!」

「……シキ・ローレンス……?」


 その刹那、俺の脳に激痛が走った。電撃のような痛み。そして俺は思い出した。鼻を刺す生々しい血の臭い、残響、流れる赤——


 ——俺は今、殺した女の報道を見ている。


「あ゛あああああああああっっ!!」


 俺の胴体に横一文字の激痛が走った。胸と腹を分断する痛みが、赤い血の流れる痛みが走った。次に腕。足。首。痛みがいくつも襲い来た。たまらず地面に倒れると、今度は激しい熱風が襲い来た。俺は訳もわからず吹き飛ばされながら、そこが先程までとは違う場所——砂漠だと気がついた。


「あつい、暑い、暑い暑い暑い——ッッ!!」


 痛みは止まない。何度も斬りつけられている感じがするのに、暴風に吹かれて飛ぶ俺の身体は少しも傷ついていなかった。

 身体が白塗りの塔に叩きつけられた。塔の扉を全力で引っ掻く。開け、開け開け開け!

 やっと開いた。中に倒れ込む。熱風の脅威からは逃れたが、それでも原因不明の痛みは止まない。ひんやりとした空気。顔を上げると、幽霊のように長い髪が俺の視界に垂れ下がった。俺の、髪だ。

 これはなんなんだ? 夢か? どうして俺は夢を見ている?

 俺の不明瞭な視界の先に、ガラスに覆われた育苗箱が見えた。薄緑色の、希望を象徴するような芽。

 ——それが最後に見た景色だった。一際鋭く苦しい、心臓が潰れる痛みが走って、俺は呼吸と鼓動を止めた。


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