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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第三章 帝国・決戦編
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父子の心


 そうして俺達の、決戦までの一週間が始まった。

 アンドロイドであるレイは、やはり魔法が苦手なようだった。半分機械の身体に蓄積された魔力を外に出すのが難しいらしい。理論上は半分生物、半分無生物で杖と同じ様な身体をしていて、むしろ魔法が得意そうなのだが……そもそも魔導書に書かれた魔法を使う方法が人間の為のものなのだから仕方がない。構造が違う道具を同じ方法では扱えない。彼女の魔法の練習は、ヒントはあれど、一から手探りで複雑な道具の使い方を探ることに近かった。

 しかしそれでも、彼女自身の魔法を扱うセンスだとか理解力だとかは優れていて、彼女は少しずつ声を大きくする魔法を覚えていった。

 そして、その様子を見ていたバーニーがこんなことを言った。


「お姉ちゃんにばっかり頼ってたらダメだ。僕も同じ魔法を覚えたい!」

「そうなの? じゃあ、やってみて」


 意気込むバーニーに、レイは春風のような先輩風を吹かせながら(つまりちょっとだけ得意そうに)声を大きくする魔法を教え始めた。

 しかし、しばらく教えた末にバーニーがとてつもない魔法オンチだということがわかった。彼は俺に向かって手のひらを翳すと、全く的外れな魔力の練り方をして、落書きのような魔法陣を展開し、俺の声を激萌えロリボイスにした。なんということだ。次の瞬間には治っていたので良かったが。本当に良かったが。


「じゃあもっと簡単な生活魔法を覚えようか。クラブ、俺とバーニーに氷を生み出す魔法を教えてよ」


 ダレンがそう言って、ベッドに腰掛ける俺の隣に腰掛けてきた。いつぞやのシンデレラ的な記憶を思い出し、俺は眉間に皺を寄せる。


「緊張感がなくないか?」

「フローラや啓鐘者(アウェイカー)との最終決戦になるかもしれないのに、劇場にバーニーを連れていくのも緊張感がなくない?」

「まあ……それは……」


 言ってしまえばその通りだ。覚悟とか尊重だとかの精神論を抜きにして、現実的に考えれば俺達はバーニーへの協力を拒否し、彼をフローラから遠ざけて自分達だけで劇場に行くべきだった。なのに何故か俺達はそうしない方を選んでしまった。


「……なんか、現実感がないんだよね。現状を点繋ぎのパズルに例えると、『啓鐘者(アウェイカー)を倒す』という点と『フローラを追う』という点は確かに近い位置にあるけど、線で繋がれている訳じゃない。ついでに、『フローラが劇をする』という点と『戦いが起きる』という点にも繋がりはない。どの点も限りなく近いのは間違いない。だけど何だか言語化できない、不自然な断絶を感じてしまう。だからいまいち危機感を抱けないんだ。結局のところ何も起きないような、そんな気がしてるんだ」

「……」


 ダレンの言うこともまあわかる。今の俺達が手にしているのは連続性のない情報ばかりだ。何かになりそうな何かばかりが、俺達の脳内に散らばっている。不確実なそれらの隙間を、絡まった毛糸のような推測の線がのたくっていた。

 しかし現に、窓の外では啓鐘者(アウェイカー)が近くに居る証拠である黒い雨が降り続いているし、フローラは「聖女様」めいた狂信を集めている。


「考えすぎじゃないか? 少なくとも、フローラとは戦う可能性は高そうだし」

「あぁ、まぁ、そうだよね。気が滅入るなぁ……」

「死ぬかもしれないからか?」


 そういえばこいつは四年前、騎士団に入って死ぬことを怖がってたな。今でも怖いのだろうか。


「そうだね。俺は死ぬことが怖いよ。

 戦場では少しでも気を緩めたら死ぬから、俺は戦いに出る度に、それが『人生最大の大勝負』と思うようにしてる。そうすることで戦いへの真剣度を上げて、より生き残りやすいようにしてる。

 そんな風だから、戦えば戦う程自分の中の『大勝負』のスケールが増して、プレッシャーが大きくなっていく。死ぬことが怖くなっていく。剣に迷いが生じていく。その迷いを感じて、更に死ぬことが怖くなっていく。

 『死にたい人なんてこの世に居ない』、だろ。当たり前のことなのに、そんなことを俺の前で口にしたのは、十九年の人生の中で今の所君達だけだよ」


 「死にたい人なんてこの世に居ない」——それは、レイがノースゴッズで鷲男達と戦っていたときに口にした言葉だ。

 俺もレイと同じ考えだ。酷い母親に無理矢理騎士団に入れられて、母亡き今も危険な立場から逃げ出せていないこの男が、死にたい訳ではないことを俺は良くわかっている。

 ……母親か。


「この戦いが終わったら、お前のヘアゴムを直しに行こうな」

「は? え……なんでそれを……」

「お前がブレッドに会った後、ヘアゴムをしまうときに椿の飾りが割れてるのがちらっと見えた。多分あれってお前の趣味じゃないし、母親の形見かなんかだろ」

「……お見通しか」


 ダレンは俯き、自身の白い手首を見た。今はそこには何もない。ブレッドによって、それが自身の象徴であることを突きつけられてしまった椿のヘアゴム。


「そうだよ。母は一時期下町のガラス細工教室に通っていてね。ある日母は、教室で作ったあれを俺に押し付けてきた。母は家の借金を、ガラス細工の作品を作って売って返済するって意気込んでた。馬鹿だよね」

「馬鹿だな」


 俺が正直に返すとダレンは笑った。


「母にあれをプレゼントされた瞬間、俺は自分の心が父親になるのを感じたよ。母の父。母の保護者。幼すぎた人の親。彼女を赦し、受け入れる人。親と子供が逆転したんだ。そんな俺のヘアゴムを、君が直してくれるって?」

「俺が直すとは言っていない。修理する店に連れて行くだけだ」


 つまり、代金はダレン持ちだ。レイならまだしも、お前如きが俺に甘えるなど言語道断。俺はそんな主張を込めてダレンを軽く睨みつけたが、それでもなんだかダレンは嬉しそうで、自身の短く金色になった髪を撫で、目を細めた。


「なるほどね。じゃあ、楽しみにしておくよ」


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