バーニーの話
……とても信じられなかった。あのポスターを見るに、フレデリックは間違いなくフローラだ。
フローラはアンドロイド達のリーダーで、何度も世界各地の村や商人を襲い、凶悪な殲滅魔法でフェレト村を滅ぼそうとしたとした存在だ。そんな彼女にバーニーが助けられたなんて。
「僕は元々ブランブル帝国に住んでたんだ。でもある日悪い人達に捕まって、違う国に売り飛ばされそうになったんだ。仮死魔法をかけられて、樽に入れて背負われて、ブランブル帝国からどこかへ連れていかれそうになったんだ。
でも強い衝撃で目を覚ました。誰かが僕を背負っていた人や、僕以外の子供を背負っていた人達を襲って、樽を下ろさせたんだ。樽の蓋が開いて、僕は凄く驚いた。そこに立っていたのは、昔ポスターで見た劇場のトップスター、フレデリックだったんだ。……女装した姿の」
つまり、素の姿か。帝国の外でその姿だったということは、やはり男装は劇団に所属する為のものなのだろう。……そもそもなぜフローラは劇団に所属しているんだ? いや、それはともかく。
バーニーの話を聞くに、フローラは商人達が金目の物を持っていると思って襲ったのだろうか。あの少女が、わざわざ人助けをするとは思えないし……
「ほ、本当だよ!? 本当にフレデリックが僕を助けてくれたんだ! フレデリックはすっごく優しくて、えっと、その……」
「大丈夫、疑ってないよ」
レイはバーニーの隣に座り、微笑んだ。バーニーはほっとしたような表情をした。
「それで、僕達を助けた後フレデリックは……ええと……僕達を置いてどこかに行っちゃったんだけど」
「あ、置いて行ったんだ」
「お、置いて行ったけど、でも! でもすぐに冒険者の人達が通りがかって、僕達を街まで連れて行ってくれたんだ! その人達にはお礼を言ったよ。でも僕は、フレデリックにもお礼を言いたいんだ」
「……ってことは」
「うん」
バーニーはレイを見上げて、縋り付くような不安げな調子でこう言った。
「フレデリックに会いたいんだ」
「……」
俺は静観しながら、どうしたものかと頭を掻いた。そしてダレンの方を見た。彼もまた、なんとも言えない表情をしていた。
——フローラと啓鐘者には、恐らく深い繋がりがある。彼らはきっと、フェレト村でたまたま居合わせただけの関係ではないのだ。筋の通った推測は立てられないが、多分そうだ。
あの人々の「フレデリック」への熱狂は、「聖女様」に対するものに似ている。あの桃色のブリオーの少年は、「フレデリック」が「聖女様」に会って人々を狂わせる為の方法を教わっていると推測していた。その推測はもしかすると正しいのかもしれない。フローラは啓鐘者と協力して、何か災いを起こそうとしているのかもしれない。……どんな災いかというのは、想像がつかないが。
とにかく、この黒い雨が降る中でフレデリックことフローラに会うということは、何か危険な意味を孕んでいる気がした。しかしそんな気がしつつも、俺とダレンは暗黙の了解で、全てをレイに委ねることにした。彼女がどのようにバーニーと接し、今後を決めるかを見守りたいと思った。もちろん彼女も馬鹿ではない。フローラに対して、俺達と同じ推測を抱いているだろう。しかしその上でどう動くのか。俺が慎重に見守っていると、やがて、彼女は——
「協力するよ」
——バーニーの手を取った。
「想いは武器になると同時に、自分を自分たらしめる素敵なものだよ。だけどあなたはフレデリックと会ったら、色んな意味で傷ついてしまうかもしれない。なるべく傷つけないように、守れるように私も頑張るけど、守りきれないこともあるかもしれない。それでもあなたが良いなら……」
「うん、大丈夫!」
バーニーはレイが言い切るのも待たず、声を明るくして何度も頷いた。
「なら、絶対に守り抜く」
レイは優しく微笑んだ。
——傷から守る為に想いをないがしろにするのはよくないことだ。異界で学んだ教訓だ。しかしそれでも今回に関しては、想いよりも安全を優先する方が賢明だと思った。
それでもレイは、強い覚悟を持って賢明でない方を選んだ。ならば俺は彼女に従い、力を尽くすまでだ。何か、できることはないだろうか。
「ねえレイ、協力するのはいいけどどうやってフレデリックに会うつもりなの? あれだけの人気だ。一週間後の劇の終わりにキャスト用の出口で待ち伏せするにしても、声をかけるのは難しいと思うよ」
「事前に劇場に相談しておくとか……」
「やってみる価値はあるけど……」
「えっとね、普通にお客さんとして入れば良いよ」
そう言ったのはバーニーだった。俺は目を丸くした。
「まさか客席から叫ぶつもり? 劇の途中で叫ぶのは、いくらなんでも良くないと思うよ」
「劇の終わった直後だったら、迷惑にはならないと思う」
「拍手に負けない声を出せるの?」
「……お兄ちゃん、魔法使いだよね?」
バーニーはちょっと後ろめたいような、甘え慣れてないような表情をした。ま、まさか。
「まさか、声を大きくする魔法を?」
「うん、使ってくれないかな」
「新しく覚えなきゃいけないのか……」
俺は声を大きくする魔法をまだ覚えていない。面倒な課題を投げられてげんなりした。
「じゃあ、私が覚えるよ」
「レイが?」
「私がやるって決めたことだから。大丈夫、私に任せて」
そのとき俺は、急に季節の変化に気がついたような、「あっ」という驚きを感じた。レイがかつてとは見違える程に頼もしくなっている。目が覚めるような生命力のオーラを纏っている。レイがこんなにも頼もしいならば。
「じゃあ、任せたよ」
そう言って微笑むのが道理だろう。俺が頷くと、レイは嬉しそうに頬を染めた。




