樽を見ると爆発するんじゃないかと思う
「おはようございます、みなさん。無事に辿りつけたようで何よりです」
扉の先は意外にも、ごくありふれた一軒家の様相だった。部屋の三方に据えられた窓は全て隣家の外壁に面しており、採光もクソもない感じだが、その代わりにカーテンをする必要もないといった感じだ。僅かに明るい家の中はざっくりと、木製のテーブルセットが置かれたダイニング、あまり使われた気配がないキッチンに二分されていた。そしてそのどちらでもない余白のような空間に、腰程の高さの樽が三つ置かれていた。
「みなさんにはこれに入っていただきます」
「……ちょっと狭くないですか?」
「あんまり大きいと怪しまれるでしょう。まあ、今はほんの数十分入って頂けば良いだけです。商会の本部に運びますので」
なるほど、まずは俺達の入った樽を正規に仕入れた品に見せかけるのか。白昼堂々樽を正門から運び入れれば、やましくない品であると「鼻の良い奴ら」に思わせることができる。……多分。
「建物の中に入ったら、みなさんには三日間そこで過ごしてもらいます。三日後の出荷に合わせますので」
「わかりました。ちなみに、検問で荷物の数を確かめられたりはしないんですか?」
「向こうにも協力相手が居ますので。入国させる人が居ないときも、常に三個か四個は土入りの樽を輸出するようにしていますよ。そうすることで、平時と入国援助をするときで、輸出する樽の数に差が出ないようにしています」
うーん、なるほど。ちゃんと考えられているようだ。その調子であれば、信頼してもいい気がする。
「では、よろしくお願いします」
そうして俺達は狭い樽に足を入れ、ぴっちりと手足を折り畳んで納まった。中々にきつい体勢だが、背に腹は変えられない。蓋が閉じられ、俺の視界は真っ暗になった。
二つ隣でゴトリと、樽が持ち上げられる音がした。扉が開く音がして、足音が遠のいていく。五分は待っただろうか。また足音が帰ってきた。そして隣の樽が持ち上げられ、扉が開いて、足音が遠のいていった。
すると、俺は急激に不安になった。違法の香りが充満する、危険な場所で樽に詰められ、一人ぽつんと取り残されている。この瞬間に帝国のスパイか何かが飛び込んできたらどうしよう。敵のアジトのど真ん中に置かれたいかにも怪しい樽。あっという間に蓋が開けられ、抵抗もできず、俺は捕まってしまうだろう。
俺は早くノーマンが帰ってくるよう祈った。必死に祈って、祈って、なんだか帰ってくるのが遅い気がして、もう五分は経った筈だと焦った。
十分程待ったような気がした。やっと扉が開く音がして、ブーツの音が帰ってきた。
(ノーマンか?)
俺の入った樽が持ち上げられた。「よっ」という掛け声が間違いなくノーマンの声であることに俺は安堵した。もう大丈夫だ。
俺は激しく揺れる樽の中で、ぼんやりと外の音を聞いた。ノーマンの息遣いと、服が擦れる音と、靴の音以外に騒がしいものは何もない。小鳥がどこかで鳴いていて、あとは全く静かだ。人通りのない場所なのだろう。
やがて、樽が高く持ち上げられる感じがした。そして硬く平たい場所に置かれ、もう一度持ち上げられて、更に奥に押し込まれた。恐らく馬車の中だろう。馬の鳴き声がして、蹄の音と共に床が揺れ始めた。
そうしてひたすら揺られ、揺られ続けて数十分後……
「はい、着きましたよ。今蓋を開けますね」
俺達はやっと、安全な場所で解放された。
「はああああああ、全身が、全身が壊死するかと思った」
「かなり血流が滞りますよね。ですがブランブル帝国に行くには一ヶ月かかりますよ。一ヶ月間、ちゃんと耐えていただかないと」
「そ、それって、夜は樽から出してもらえるんですよね……?」
「それは、まあ。本当は仮死状態にして常に樽に詰めておくのがいいんですが、流石にそれは……」
「ですよね!? そうですよね!?」
「まあ、帝国の関所に入る五日前には死んでもらいますけど」
「え!?!?」
不法入国は予想以上に危険な作戦らしい。俺達は五日間もの間、体に悪すぎる姿勢のまま死ななきゃいけないのか。
「大丈夫ですよ。魔法による仮死なので後遺症の心配はありませんし、実際に後遺症が残ったり本当に死んだりとかの報告は上がってません」
「でもなあ、大丈夫かなあ……」
俺は不安になった。何がって、仮死魔法の効き目がだ。
俺は不老不死だから、例え仮死魔法が暴発したとしても死ぬことはない。しかし、「不死」と「仮死」は……どっちが勝つのだろう?
まあ、効き目が悪かったら入国前にノーマンに教えればいい。何とかなるだろう。
……何とか、なるよな?




