【挿絵あり】内臓を進む
「——██ッ! ああ、こんなにちっちゃくなっちゃって……!」
真っ白いラボの室内で、ふわふわのブロンドを胸まで垂らした、なんだか見覚えのある幼女をフローラが抱きしめている。
「え、えへへ……ごめんね。薬の開発にちょっと失敗しちゃって……」
「それで、ちっちゃくなった以外に変なところはない?」
「うん、大丈夫。むしろ肌が柔らかくて凄いの」
「そうなのね! なら良かったわ、どんな姿でもあなたはあなたよ! ああ、ほっぺがぷにぷに……これからは私がお姉ちゃんね! 心配しないで! 高い場所にあるものはなんでも取ってあげるし、わからない言葉は私が読んであげる!」
「ち、知能はそのまんまだよ、もう!」
二人は楽しげに笑い合って、振り返った。フローラの愛しむような目が、柔らかい目がレイを捉えた。
「レイ、あなたもいらっしゃい。あなたも私の妹みたいなものよ」
「妹って、私の方が年上の身体だよ」
「製造年数は同じじゃない!」
フローラは勢い良くレイに抱きついた。そして自らの方に引き込んで、幼女とレイを同時に抱き込んだ。愛おしいものを守るように。
「ふふっ、どんな姿でも私達は永遠の大親友よ。終末世界、最後の大親友。死ぬときは絶対にみんな一緒よ。裏切ったら、許さないんだから……」
レイは温かい腕の中で、懐かしく切ない気持ちになった。
ポーカーで勝負した翌日、俺達は再びブレッドとバーで会った。
「この建物でノーマンが手筈を整えて待ってるぜ。絶対にこの道順で行くように。さもないと、鼻の良い奴らに勘づかれちまう」
そう言ってブレッドは俺達に暗号文を手渡してきた。正方形の紙に、一文字分の空白もないようにみっちりと横書きで文字が書かれている。
「始めに一行目を四個飛ばし、次に一文字目から対角線上に二個飛ばし、最後に四行目を一個飛ばしで文字を読むんだ。そんで内容を覚えろ。今すぐに」
俺達は必死に文章を読んだ。何度も何度も読み返し、そこに書かれた道順を暗記した。そして暗号文をブレッドに返すと、彼はそれをランタンの火で燃やして消し炭にした。
「さあ、絶対に今読んだ内容を口で言うなよ。道行く奴らみんなが帝国のスパイだと思って、慎重に行くんだ」
「はい、わかりました。ありがとうございます」
「いいってことよ」
ブレッドは金貨四十五枚が入った袋を受け取り、満足げに笑った。
「気をつけろよ。ブランブル劇場にトップスターが帰ってくるって噂だぜ」
「……トップスター?」
ダレンは訝しげに聞き返したが、ブレッドは怪しい笑顔のまま無言で手を振った。もう出て行けということだろう。俺達は彼に背を向けて、真っ暗なバーを出た。
扉を出て、階段を上がると徐々に周囲が明るくなってきた。そうして地上に出ると、朝の眩しい日差しが暗がりから出たばかりの俺達の網膜を焼いた。瞬きをし、目が光に慣れるのを待つ。なんだかシャバに出てきた気分だ。法を破るのは今からだというのに。
ブランブル帝国への侵入は繰り返すようだが不法入国だ。不法ということは、法律に反しているということだ。当たり前だ。
どれだけ啓鐘者の調査という大義名分があろうとも、ブランブル帝国が俺達の所業を無罪と認めてくれるとは思えない。まあ、もしブランブル帝国で有罪判決が下ったとしても、ノースゴッズやローレアに帰ることができれば、俺達のホームタウンは異国での罪なんか知ったこっちゃないだろう。つまりは捕まらない限りノーダメってやつだ。そして俺達が捕まるかどうかは、ブレッドとノーマンの手腕にかかっている。
他人に自分の人生のハンドルを握らせるっていうのは恐ろしいもんだね。でも、人間にはやらなきゃならないときがある。
俺達は目配せでそれとなく道順を確かめ合いながら道を進んだ。最初はカモフラージュの会話をしていたが、やがてその必要も無くなった。入り組んだ路地を何度も曲がり、人気のない道へと入っていったのだ。そうしてサンズウェイのディープな部分、内臓とも言うべき場所を進んでいくと、やがて目当ての建物が姿を現した。ひび割れたクリーム色の漆喰の壁にボロボロの三角屋根。玄関先に置かれた空の植木鉢をひっくり返すと、底には鍵が嵌め込まれていた。間違いない。
俺が建物の扉に鍵を差して回すと、ガチャリという音がした。……間違いない、んだよな。心の中で問いかけても扉は何も答えない。俺は物言わぬ扉に手をかけ、ゆっくりと押して中に入った。




