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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第三章 サンズウェイ編
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【日常編】「ちゅきちゅきレイたそ」に至る酔い②


 苦々しい決心をしたジェニーは右隣の男の腕に絡みついた。パーティのヒエラルキーの下から二番目、KYキョドり野郎のトムだ。トムはまさか憧れの美女に触れられるとは思っていなかったのか、この上なく吃って目を泳がせた。


「な、な、なんですか、ジェニーさん……」

「トムさん、クラブさん飲んでなくないですかぁ?」

「え、ほ、ほんとだ、クラブさんが全然飲んでない……!」


 「飲んでなくないですか」の一言を聞いた途端、水を得た魚のように声をイキイキと跳ねさせたトム。なぜそこまで嬉しそうなのか。ジェニーはトムの気色悪さに狼狽えかけたが、すぐに甘い微笑みを取り戻した。その微笑みを見た瞬間、酔いか照れか、トムは顔を真っ赤にして立ち上がった。


「飲ーんでなくない? 飲んでなくない? 飲み飲み飲みねえクラブさん!」

「えっ、あの」


 やにわに立ち上がったトムを男達が驚いて見上げた。放心する者、呆れる者、軽蔑する者。トムはもう通算何度目かのしくじりを悟り、より一層顔を赤くしたが、最早後戻りできないといった風に声を張り上げた。


「クラブさんぐいぐい空中都市〜! わさわさベイベ〜! わ〜さわさベイベ〜!」


 あらゆるコールをキメラにした聞くに堪えないコールが響く。トムの拍手に徐々に他の男達も(リーダー以外)控えめに乗り始め、同調圧力がクラブを包んだ。

 クラブが弱気な呻きを溢す。その羞恥に揺れる眼差しがジェニーに向く。


「わさわさベイベ〜! わ〜さわさベイベ〜!」


 しかしその訴えはトム以上にハイテンションな拍手に打ち砕かれた。クラブは唇をぎゅっと噛み、そして——意を決してグラスを一気に煽った。


「お、おお……」


 周囲の男達は示し合わせたようにコールを止めた。そして息を呑んでそのグラスの黄金が減るのを見守った。少しずつ、少しずつ水かさが減っていく。そして——


「うぅ……」

(飲み切ったーーー!! 酔いが回るの早ーーーーいっっ!!)


 ジェニーの脳内で至上の快楽が弾けた。ものの数秒で顔から指先まで赤くなり、呻きを溢したその男の姿を見た瞬間のカタルシスたるや! さながらスノウダムの霊峰を登りきって朝日を目にしたかのようだ。これが勝利の景色か。


「クラブさん……? クラブさぁん、もう酔っぱらっちゃったのぉ……?」


 ジェニーは目を輝かせながら布越しにクラブの鼠径部に触れた。そしてタンクトップの隙間に手を滑り込ませ、腹を撫であげていく。


(ああ……酔っ払いのお腹を触る瞬間が一番幸せ……だって凄く隙だらけなんだもの……)


 薄く硬い、ガリガリの腹。触りがいもなければ食いでもなさそうなこの腹が今は凄く愛おしい。もういっそ彼を手放さずに側に置いておこうかと思ったが、今までこの男に味合わされた屈辱を思うとそういう訳にもいかないのだ。


「ね、クラブさん。ちょっと暑くなぁい? 脱ぎたくなってこない?」

「ん……いや……それは……」

「上から下まであられもない姿になっちゃいたくない!? スッポンポンよスッポンポン! スッポンの甲羅をキャストオフ!! やっぱりダメ! 行かないでっ! でもやっぱり脱いでお願いッッ!!」


 豹変したジェニーがクラブのタンクトップを毟り取ろうとするのに男達は慌てた。ビールを吹き出してむせるダニエル。目を輝かせて見守るトム。ここまで空気に徹していたエリス。低く唸るようなため息をついて立ちあがろうとするリーダー。


「——何してるの」


 全員の動きを止めたのは、鈴が鳴るようでいて実に剣呑な声だった。


「……誰……?」


 ジェニーの呟きに、現れた少女は黒目がちな目を細めた。ジェニーは「そんな筈はない」と思った。世界で一番可愛いのは、自分の筈……自分の筈だった。


(何、このバチイケ美少女……!!)


 青天の霹靂のように現れた彼女はまさに、ジェニーの逆鱗に触れる存在だった。一度も染めたことがないのだろう、痛み一つなく艶めいてしなる黒い髪。砂時計のように蠱惑的なボディ。ミレニアムなキャミソールにホットパンツとボディラインを引き立てる装いでありながら、首元に光る銀色のネックレスが半端な男を門前払いする威厳を放っている。それでいて幼い顔立ちは子猫のように愛らしく、ジェニーがたじろぐ程の美少女がそこには居た。


「なんで、私のクラブに触ってるの」

「私の、クラブ……?」

「う……」


 呆然と美少女を見上げていたクラブが、ぷるぷると震え出した。そして——突然酒場中に響き渡るような大声を上げて、勢い良く彼女にしがみついた!


「うお〜んちゅきちゅきレイたそ〜!!!! うええええあああああ〜〜!! かわいすぎる……かわいすぎておかしくなるよーー!! そのにおいを全力でかがせてくれぇ〜〜っっ!!」

「いいよ」


 あっさりとした了承を受け、クラブの鼻は迷いなくレイなる少女の首筋に吸い寄せられた。周囲からどよめきが上がる中、クラブは何秒もかけて多量の空気を鼻から吸い上げた。そしてしまいには黒髪に顔を埋めて猛烈にそのスメルを吸い上げた。未だかつてないほどに吸い上げた。


「わ……わわわ……クラブさん、なんて熱烈な……」

「さっきからお前はなんなんだよ、トム」


 リーダーは感情の籠らないツッコミを飛ばした。トムはびくりと肩を跳ねさせたが、それでも熱を失わない目で遠慮がちに二人を見つめた。


「ありえない……ありえないわ! あたし以上に可愛い女がこの世に居るなんて!! そして狙いの男をカッ攫われるなんて!!!!」

「あなたこそありえない。あなた、私のクラブを酔わせて何しようとしたの。この私のことが好きで好きでたまらない、可愛いクラブに何をしようとしたの」

「好きで好きで、って——」

「返答次第ではただじゃ済まない」


 並々ならぬ美女二人が胸を張って睨み合う。間に挟まれたクラブはレイにしがみつきながら二人を交互に見て、へなへなの眉を吊り上げた。


「こ〜ら〜っっ! レイ! なにおれ以外とはなしてんの! てゆ〜か暑っ……ぬいでいい?」

「ダメ」


 レイは周りを震えがらせるような低い声でそう返した。ただ者ではない。この場に居る誰もがそう思った——クラブを除いて。

 出し抜けにレイはクラブを俵担ぎにした。「え」だの「う」だのと意味をなさない声を上げるクラブを無視し、レイは歩みを進めていく。そして酒場の扉の前に立つと、最後に振り向いてこう言った。


「次はない」


 扉が開き、重々しく閉まった。


「……ジェニー、やりすぎだ。前々からお前の素行は悪すぎると思っていたが、最後の一線を越えたな。パーティーを出ていけ」


 「お前が言うな」——誰もがそう思った。前科三犯の荒くれ王が冷徹にそう言い渡すと、ジェニーは硬く奥歯を噛みしめ、胸を逸らし、肩で風を切ってその場を後にした。

 乱暴に扉を開け放つ。夜の風がジェニーの火照った身体を包みこんで冷やした。しかし。


(あッの猿山の赤ケツ王が!! Bランクパーティーのリーダーの分際で、このSランク冒険者のあたしを追放するだなんて!!)


 夜風に吹かれてもジェニーの怒りは冷めなかった。Sランク冒険者——反魂術士(リザレキスト)のジェニー。彼女は反魂魔法はおろか、回復魔法すら存在しない筈のこの世界で唯一、聖なる力(チート)による反魂魔法を扱える存在だった。

 そんな自分をパーティーから追放した彼らは、今後間違いなく破滅するだろう。……少なくともジェニーはそう思った。


(ふ……ふふ……そうね、私にはあんなパーティー、相応しくなかったんだわ……!!)


 ジェニーは悪役令嬢ばりの高笑いをした。近くの家の窓が勢いよく開かれ、「うるせえ!」と怒号が飛ぶ。


(今に見てなさい! Sランクパーティーに入って見目の良い男達を侍らせて、あの黒髪女を見返してやるわぁ!! そしてギルドで誰よりも功績を上げて、あの男達を全裸土下座させてやるんだから!!)

「おーーーっほっほっほっほ!!」

「うるせぇーーーーっっっ!!」


 ジェニーは勇ましく尻を振って夜の街を去っていった。なお、この世界の冒険者ギルドにランクの概念は存在しない。反魂術士(リザレキスト)聖なる力(チート)もジェニーの自称であり、ジェニーが本当に使えるのはただの気付け魔法だった。

 しかし後にこのジェニーが本当にギルドの誰よりも功績を上げ、イケメン達に愛されながらローレアを様々な危機から救ったりするのだが、それはまた別のお話。

 ローレアの夜が今日も更ける。


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