蛇を睨む蛇
五回戦目。ダレンが先手だ。
「ベット。300点」
「レイズ。600点」
「900点」
「……コール」
第一ラウンド終了。互いに手札は交換しない。
「ベット。100点」
「コール」
ダレンはブタの手札を広げた。
「やけくそになったか?」
「あなたに学んだだけですよ」
第五回戦終了。ダレン所持チップ850点。ブレッド所持チップ9150点。
かなり追い詰められて大差が開いている。ここからどうするのだろう?
「……元々勝てる点差だったのに、レイズしてきたね」
レイの言葉に俺はハッとした。確かにそうだ。金銭を賭けるポーカーならまだしも、勝敗を決めるだけのポーカーで点差を広げる必要はない。間違いなくブレッドは安全度外視で、ふっかけられた勝負には乗っていくタイプのようだ。そのような軽視は隙を作る。
六回戦目。ダレンは今や50点のアンティも苦しそうだが、しかし。
「ベット、900点。乗るならオールインしかねえぞ」
「いいえ、レイズ」
ダレンはチップ800点と金貨十枚を場に出した。ブレッドの頬が染まり、口が狂喜に歪んだ。
「いいねえ! コールだ!」
コールがされれば次は手札の交換だ。ダレンは三枚交換した。
「全然揃ってねえじゃねえかよ〜」
けらけらと笑いながらブレッドは500点のチップを場に出した。しかしその瞬間、ダレンが目を見開いた。
「——コール」
ダレンは五枚の金貨を場に出し、手札を広げた。
「スリーカードです」
「……運がよろしいことで」
ブレッドは10と5のツーペアを広げた。
第六回戦終了。ダレン所持チップ4100点と金貨九十五枚。ブレッド所持チップ5900点。
そのようにして、ダレンは奇跡的に持ち直した。4100点と5900点、巻き返せない点差ではない。その後も二人はしのぎを削り合った。
第七回戦終了。ダレン所持チップ3450点と金貨九十五枚。ブレッド所持チップ6550点。(アンティ50点+ベット200点+レイズへのコール400点→フォールドでダレンが650点の損失)
第八回戦終了。ダレン所持チップ4700点と金貨九十五枚。ブレッド所持チップ5300点。
(アンティ50点+ベット100点+レイズへのレイズ600点→第二ラウンドのベット500点→負けでブレッドが1250点の損失)
「仕上がってきたな、坊ちゃん」
「あなたを完膚なきまでに負かすことが私の目標ですから」
「おやおや、荒っぽい面がお目見えだ」
そしていよいよ最終決戦、九回戦目。
「……しかし、ここでフォールドすれば余裕で俺が勝つ訳だが」
「あなたは本当にそれでよろしいのですか?」
からかうようにのたまうブレッドに、ダレンはにこりと微笑みかけた。
「点を稼がず、ただ勝つことだけを目標とするなら、一度点を稼いだきりずっと逃げ続けていればいいだけです。ですが、あなたは本当にそれでよろしいのですか? スリルや刺激のない、痛みのない勝利をあなたは望むのでしょうか。無謀な賭けなんてちっともしない、どこにでも居るような人間になりたいんですか?——ブレッドおじさん」
「……いいや、いいや、まさか!」
ブレッドは紅潮した頬に深いえくぼを刻み、役者のように両手を上げ、ギラギラと煌めくシャンデリアを仰いだ。そして喉仏を震わせて、高く声を上擦らせて叫んだ。
「俺は特別な大人でありたい。目の覚めるような刺激と快楽に浸って、エレガントでいたい。美味い飯と上質な暮らしを楽しみたい! ああ、ガキを負かすのも金貨五十枚も捨てがたいなあ。心踊るぜ。心踊るから……勝負は降りない!」
二人は同時にカードを捲った。ブレッドはうっとりと目を三日月型に歪め、ダレンを見据えた。
「最後の戦いだ。さあ、どうする?」
「……ベット。100点」
「オーマイ、ケチ臭え! もちろんレイズだ、500点!」
「コール」
交換の時間だ。しかし互いに交換はせず、じっと見つめ合った。ブレッドの嗜虐的なコブラのような目を、ダレンもまた冷静なアオダイショウのような目で見つめ返した。
「チェック」
「ベットだ、500点。言っておくが——奇跡なんてものは存在しないぜ」




