仁義なきポーカー
「……ほう、なるほどな。確かに俺は賭博が好きだ。いいぜ、勝負を受けてやる」
ブレッドはトランプに手を伸ばし、ぱちりと指先で弾いた。トランプはびくともしなかった。
そうして俺達がブレッドと共に賭博場に戻ると、俺とレイは勝負の舞台から追い払われた。賭博用のテーブルに近くて遠い、そこそこの距離にある壁にもたれかかって観戦することを強制された。もちろん、ダレンにである。
『ここは俺に任せてほしい。雪辱を果たすまたとない機会なんだ。絶対、あの男に辛酸を舐めさせてみせる』
賭博場に着いてすぐ、ダレンは俺達にそう言った。斜め後ろから勝負の席についたダレンの顔を見る。冷静で怜悧な瞳の奥に、沸々と煮立つ執念のようなものが宿っている。確かにあの様子では、俺とレイに介入の余地はなさそうだ。なんだか介入するのを憚られる凄みを感じる。
「賭けをなさるの?」
と、美しい女性がやってきた。ヴェネッサだ。マスカレードマスクをつけていて、目の色や鼻の形は遠目には伺えない。しかしやはり、既視感のようなものを感じた。なんだろう?
「この賭博場での二人ポーカーのルールは全九回戦、ジョーカーありよ。よろしくて?」
「なぜ全九回戦なのですか?」
「ちょっと不公平な方が好きなのよ。三人だったら全十回戦よ」
ヴェネッサは上品に微笑んだ。
「じゃあ、それぞれ所持チップ5000点でスタートね。親を決めましょう」
ヴェネッサはテーブルを挟んで向かい合う二人にそう言った。ブレッドは足を組んで奔放にソファーに腰掛け、ダレンは両膝に肘を置いてどっしりとブレッドを見据える姿勢だ。ブレッドがヴェネッサに向けて手を上げ、明朗に合図した。
ヴェネッサは懐からトランプを取り出してシャッフルすると、二人の前に交互に一枚ずつ出し始めた。「最初にJが配られた人が一回戦目の親よ」とヴェネッサが言い、硬いカードの擦れる音が響く。
俺は脳内で二人ポーカーのルールをおさらいした。ポーカーはそれぞれ五枚の手札で役を作り、強さを競い、限られたチップを奪い合うゲームだ。
ゲームは一回につき二つのラウンドに分けられる。第一ラウンドでは各々親に配られた五枚の手札を見て、どれぐらいチップを賭けるか、はたまたゲームを降りるかを決めていく。
全てのゲームが開始する前に親を決めた後、親はゲームごとに交代していくのだが、二人ポーカーにおいて親ではないプレイヤーは各ラウンドの最初に「ベット」か「チェック」か「フォールド」を選ぶことができる。「ベット」なら自由な額のチップを賭けることができ、「チェック」ならベットの権利を相手に譲って様子見をすることができる。「フォールド」ならゲームから降り、チップの損失を抑えることができる。
「ベット」でそのプレイヤーの行動が終わった後、親は「コール」か「レイズ」か「フォールド」をすることができる。
「コール」は直前の「ベット」や「レイズ」で提示された額に合意し、同額のチップを場に出し、勝負に応じることだ。
一方で「レイズ」は直前の「ベット」や「レイズ」で提示された額に、そのラウンドの「ベット」で提示された額の同額以上をプラスしたチップを場に出し、相手にその額で勝負に応じることを求めることだ。「レイズ」をされた相手はまた、「コール」か「レイズ」か「フォールド」を選ばなければならない。
そうしてゲームの参加者が順番に行動を宣言していき、誰もレイズをしないままに一巡したら、第一ラウンドは終わりだ。
そんな風に俺がおさらいしていると、ブレッドの前にハートのJが置かれた。勝負の始まりだ。
50点の参加料を二人が場に出し、ブレッドがカードを五枚ずつ伏せて配った。二人はそれぞれカードを軽く捲って覗いた。俺達はダレンの背後に居るので、彼の手札を覗くことができた。
(5とQのツーペア……恐らく勝てるだろう)
俺はそう思った。しかし、ダレンは一瞬視線を彷徨わせた。そしてブレッドの方を見て行動を宣言した。
「……ベット。100点」
「レイズ。200点」
「コール」
二人ポーカーでは、一人がコールすれば強制的に第一ラウンドは終了だ。ここでゲームの参加者達は、手札から任意の枚数を捨て、それと同じ枚数を山札から引いて手札に加えることができる。最初の手札の内訳が二枚同じ数字が揃う役のワンペアならば、残りの三枚を捨てて山札から三枚引き、ツーペア等の役を目指すことができる。
そうして参加者全員の交換が終わった後、新たに組み直した手札の強さを踏まえて、第一ラウンドと同じように「ベット」「チェック」「コール」「レイズ」「フォールド」をする第二ラウンドが始まる。
ダレンは三枚交換した。ブレッドは交換しなかった。……強い役が揃っているのか?
ポーカーの役の強さは、強い順にロイヤルストレートフラッシュ、ストレートフラッシュ、フォーカード、フルハウス、フラッシュ、ストレート、スリーカード、ツーペア、ワンペア、ブタ(役なし)だ。ブレッドが手札を交換しなかったということは、手札に自信があることが想定される。
だが、ツーペアが出来る可能性だってそう高い訳じゃない。ツーペアなら十分勝負できる。ブレッドがワンペアに加えてジョーカーを持っていたらスリーカードになってしまうが……
「ベット。200点」
「レイズだ。700点」
攻めの姿勢だ。コケ脅しかもしれない。しかし……
「……フォールド」
「ははっ」
ブレッドは手札を捲った。ブタだ。
仕方がない、これはリスクヘッジだ。いくらなんでもこんな序盤から大差をつける訳にはいかなかった。だが——
(——焦りがバレたな)
俺はそう分析した。ダレンは焦っているのだろう。ポーカーフェイスを装う努力はしているようだが、それでも初手のベットをする前に僅かに躊躇ってしまった。ブレッドはダレンのその一瞬の機微を見逃さず、ダレンの怯えを見抜いた。「彼が怯えている今ならば、強引に押せば勝てるだろう」……ダレンはブレッドにそんな確信を与えてしまった。
(冷静になれ、ダレン!)
俺は心の中で祈った。
第一回戦終了。ダレン所持チップ4450点。ブレッド所持チップ5550点。




