イケメンだ! 威嚇!!
「どうしよう……意識が」
レイはぐでりと脱力したクラブを抱き留めながら、その身体から伝わる異常な熱に動揺した。
普段の彼の体温は低い。低いといっても冷たい訳ではないのだが、長時間手を繋いでいてもお互い手汗をかかないくらいだ。昨日の風呂の残り湯くらいの温度。それが今は、酷く高い熱を持っている。
レイは辺りを見回した。更に都合の悪いことに、ここは巨大な山の中腹。朗らかな日差しに雪も融ける頃とはいえ、流石に標高の高い場所では真冬のような寒さを湛える。
どこか暖かくて休める場所……山小屋? そんな気の利いたものがこの山にあっただろうか。
……いや、あった。厳密には、さっき通り過ぎたところで倒壊しているものを見た。不自然に積もった雪の下で惨たらしくひしゃげ、折れ、崩れていた家屋の死骸が……あった。
——パラパラパラ……
不意に、すぐ側の斜面から小さな何かが転がってきた。無数の白い、雪の玉。
「ッッ!?」
音もなく、何かが迫りくる気配を感じた。見上げれば斜面を剝がれた大量の雪が、死の口を開いてこちらに迫ってきていた。
——雪崩だ。
レイは軽やかに飛び出した。クラブを抱えてその身を低くし、ツバメの低空飛行のように超高速で山の際を駆ける。
しかし駆けても駆けても雪崩の端まで辿り着かない。それはとてつもなく広い範囲で発生したようだった。積もりに積もった奥深くから剝がれた雪が、その山肌を滑り落ちる。不幸にも、災害級の雪の恐怖にちっぽけな二人は襲われていた。
(このままだと私もクラブも逃げ切れない……どうすれば)
レイの心は僅かな焦りを帯び始めていた。雪崩より速く斜面を駆け下りてみる? あえて雪崩に立ち向かってみる? どちらも悪手だ。であれば、どうすれば——!!
——その瞬間。強烈な風がレイの髪を逆撫で、突然の曇天が山を覆った。
否。これは巨大な影だ。レイが空を見上げると、崖側の空に巨大な何かが羽ばたいていた。
雄々しい双翼が空を薙いで羽ばたき、雪崩をも追い返す風を起こしている。その何かは全身が緑の鱗で覆われており、まるで翼の生えたワニのようだった。しかしそう例えるのも恐れ多い威風を放っている。その背の上で、一人の青年が声を上げた。
「飛び乗れ!」
初対面の筈の彼の声は、レイを信用させるのに十分な力を持っていた。
トッ、と強かに地面を蹴ると、レイの体は矢のようにしなやかに飛んだ。そしてかの巨体のすぐ近くまで近づいたが、両手がクラブで塞がっている。これ以上は飛び上がれない。レイが恐怖を感じた次の瞬間、縋るように伸ばした左手が、たくましい腕にしっかりと掴まれた。
「もう大丈夫だ」
優しい声を降らせた青年は、向日葵のように微笑んだ。
「——クラブ。あなたが博士を殺したのね」
レイが俺を冷たい目で見下ろしている。雪山の風よりも冷たい目だ。
違うんだ。そう言おうとした。でも言えなかった。真実の形をした影が俺に絡みつき、俺の首を絞めあげた。
泥沼に突き落とされたような絶望。……全ての罪がバレてしまった。ならばせめてその手で殺してくれ。美しいその手で殺してくれ。しかし俺の願いは彼女に届かず、彼女は背を向けて去っていく。
俺は朦朧とする意識の中で活路を求め、必死に息を吸おうとした。えずいて僅かに気道が膨らんでも無駄だ。頭を海中に沈められるように、またすぐに息のできない状態に戻る。
ああ、こんなことになるなら……俺は、あのとき……
「ッッッ!!!!」
そこで目が覚めた。相当深く眠っていたのだろう。重く昏いだるさが身体にのしかかり、中々意識が明瞭にならない。
ついでに、全身が痛くて熱っぽい。どうやら俺は倒れたらしいが、倒れる前より毒ガスの症状が悪化している。俺は重くて頭を起こせなかったが、それでも目だけで周囲を見回した。すると——
「そう、上手だ。もっと力を込めて」
「んっ……で、でも……壊れる……かも」
(……え?)
——見覚えのない熱帯林の中で、レイと青年が寄り添っていた。
「ダメーーーーーーッッッ………!! ぐうっ!!」
ズシャア!と激しい音を立てて、俺は柔らかい土に盛大な頬擦りをした。うつ伏せになった俺に驚愕の声が降る。
「クラブ! 目を覚ましたのか!!」
という声は、レイのものではない。名前を教えた覚えもない謎の青年は俺に駆け寄り、痛む体を献身的に助け起こした。
赤褐色に焼けたハリのある肌、肉体美という言葉が相応しいふくよかな筋肉。伝う汗。爽やかな短髪はレイと同じ烏の濡れ羽色で、この青年は、なんというか……
俺とは対照的?
「グウウゥーーーーーッッ!!!!」
「どうしたんだ!?!?」




