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冒険者クラブのヘタレ的純愛  作者: ボルスキ
第三章 クローザー・クローバー編
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君に果実のように優しい眠りを


「レイ!」


 クラブは再びレイを見下ろせる崖に戻ってきた。もう潮は大分満ち始めていて、一刻の猶予もなかった。


「クラブ! あのね、私……!」

「自力で上がってきたいんでしょ!?」


 レイは驚いた。まさか、クラブに自分の思いを言い当てられるとは思わなかった。レイは何度も頷いた。


「今までごめん。俺は今までずっと、君の自由を奪ってきた。君が俺なしで生きていけないように、沢山君の邪魔をしてきた。だけどこれからは心を入れ替えるよ! 君の知らないことは何でも教えるし、君の尊厳を尊重する! 君を、俺が居なくても生きていけるようにする!!」


 声を張り上げてそう訴えるクラブに、レイは心の硬いものが激しい波で打ち砕かれるのを感じた。それは柵のような、扉のような、レイを閉じ込めてきた重苦しいものだった。


「俺は今から君に、魔法を上手く使うコツを教える。君が満潮までに魔法を使いこなせなかったら、それはそれで俺がロープで助ける。だけど……そこに居る執事は、きっと助けられない」


 クラブはレイの抱えている執事を指差した。全身びしょ濡れでぐったりと目を閉じているが、恐らく生きているのだろう。


「彼は君の仲間じゃないけど、同胞だ。そうじゃなくても、君は優しい子だから、きっと彼を助けたいと思ってるよね。それが上手く行くかはこれからの君次第だ。だから、しっかり頑張るんだよ」

「うん……うん、わかった」


 そうしてクラブは、レイに魔法を使うコツを教えた。二人を高く恥辱的な崖が隔てていて、波の砕ける音が何度もクラブの声を遮った。その度にクラブは大きく息を吸って、貧弱な身体の限界を超えて、とにかく全身全霊で叫んだ。

 レイは飲み込みが早かった。クラブが水を注ぐように教えていくコツを、カラカラに乾いたスポンジのように吸収しては自分のものにしていった。その乾き具合が、持て余した脳の容量が、全て自分のせいであることにクラブは涙した。彼女はこんなにも優秀な女性だった。もしもアンドロイドじゃなければ、彼女は自分以上の魔法使いになれただろう。


「クラブ、ロープを持ってきたよ!」


 息を切らしながらダレンが現れた。ダレンが食らいつくように崖の下を見下ろすと、砂地と呼べるものはもうなく、執事を抱き抱えて立つレイの足首は淡い色の海水に浸っていた。


「早くロープを垂らさないと!」

「待って、大丈夫。きっとレイならできるから」


 ダレンは戸惑ってクラブを見た。真剣な表情をしている。そして再び崖の下のレイを見て、ダレンは息を呑んだ。彼女は明鏡止水のようなオーラを纏っていた。


「じゃあ、行くよ」


 その言葉を聞いて、二人は崖の上を退いた。はるか下で魔法陣が展開される音がして、風を切る音がして、砕ける音がする。それが繰り返し鳴って、段々近づいてくる。


「ッ……」


 ——やがて、崖の上に執事を抱えたレイが降り立った。


「レイ!!」


 レイが執事を下ろすや否や、クラブは駆け寄って彼女に抱きついた。ぼろぼろに涙を流して、生きている彼女の感触を確かめた。


「本当に無事で良かった。本当に、今までごめん」


 レイはクラブを抱きしめ返した。目を閉じて、幸せそうに。


「……あー……」


 その後ろでダレンは居た堪れず、うろうろとして頬を掻いた。しかしやがて足を止め、再び抱きしめ合う二人を見ると、眉を下げて苦笑した。今回ぐらいはしょうがないかと、そう思えた。



 その後、三人は船員達と合流した。そして一晩中浜辺で火を焚き続け、なんとか通りがかった船に救助してもらうことに成功した。幸運なことにその船は、アルーヴ村からサンズウェイに向かう船らしかった。

 あてがわれた雑魚寝の船室の中央で、クラブとレイが身を寄せ合って寝ている。その側には魔導書が開かれていて、ダレンは無意識に微笑んだ。

 そして甲板に続く階段を登り、甲板に出ると、すっかり昇りきった日がちかりとダレンの目を焼いた。目を細めて瞬きをして、ダレンは救助してくれた船員の元へと向かった。船員は薄荷の飴を舐めながらこう語った。


「この間もあそこに遭難してる人が居て、船で拾ったんだよ。十数人は居たなあ。旅客船が壊れたとか言ってたけど……船が座礁した様子はなかったから、あれでも運良くあの島に辿り着けたほんの一握りの人達だったんだろうね。一体どんな規模の船が沈んだのやら……」


 そう語りながら、船員は薄荷の飴が入った瓶をダレンに差し出した。ダレンは彼に手のひらを向けて辞退すると、にこやかに心からの礼を言った。

 そしてダレンは再び船室へと続く階段を降り、あくびをした。流石の自分も波乱続きで疲れてしまった。一眠りしようと、そう思った。

 船室に入り、遠目にクラブとレイを見る。


(……近くで寝てもいいかな。いいよね)


 借りがあるんだし。そう思いつつも、じりじりと近づいていく足が何度も躊躇って足踏みをしてしまう。それでもダレンが奇妙な扇形の軌跡を描きながら二人に近寄って行くと、レイがむくりと上体を起こした。


「あ、レ、レイ、起きてたの」

「うん。ダレンも寝るの? こっちに来る?」


 ダレンは何度も頷いて、軽くなった足でレイの元へと向かった。レイの右隣でクラブが寝ているので、左隣に腰掛けた。


「あなたを利用しようとしてごめん」

「いいよ、借りはきっちり返してもらうし」


 意地悪げな言葉にレイは目を丸くした。ダレンは「これで借りポイント一ってとこかなー」と言いながら横に倒れ、レイの膝を枕にした。


「ええと……その……そうだよね。流石の私も今回のことは申し訳ないと思った」

「やめて、そういうガチ感ある謝罪。傷つく」


 ダレンはレイの膝に軽くしがみつくように手を添えると、目を閉じた。レイが彼を傷つけたことへの謝罪を重ねる前に、全てをシャットアウトするつもりらしい。眠りの世界に入った彼の髪を、レイは優しく撫でた。


(……なんだか、彼には凄く助けられた)


 レイは思った。独りよがりな自分の我儘を聞いてくれたのも、自分の挑戦のバックアップとしてロープを持ってきてくれたのも、そして、恐らくクラブを改心させてくれたのもダレンだと。


(私はやっぱり、クラブが居ないと生きていけない。それは、クラブが私の人生の前提だから。ラボで目を覚まして初めて目にしたのがクラブだったから。例え私が自立して、何でも一人でできるようになっても、クラブからは離れたくない。だけど……)


 レイはダレンの顔に垂れていた髪を手に取り、彼の耳にかけた。そして彼がくすぐったそうに微笑むのを見て、どこか切ない気分になった。


(彼からも離れたくないと思う日が、来るのかな)


 それは悲しいだとか辛いだとか、そういう意味ではない切なさだった。ではどういう意味の切なさなのか。レイはそれを特定する前に、考えることをやめた。

 そして、クラブに目を向けた。珍しく苦しそうではない、穏やかな寝顔で眠っている。無垢なようでいて、無垢ではない寝顔。


(彼は悩んで変わろうとしている。私と同じように)


 レイは彼の秘密を無理矢理暴こうとしたことを後悔した。それがどんな秘密であっても、彼ならば、いつかは自分から教えてくれるような気がした。


(だからそれまで、私はただ待とう)


 レイは俯き、目を閉じた。まだ眠い。座った姿勢のままで寝たら、体が痛くなるだろう。だけど、それでいい。

 これはダレンの為なのだから。


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