プロローグ
──赤と騒音。
ラボの廊下に、警報音がけたたましく響く。
危険を知らせる赤色灯が点滅する中を、私は白衣の博士に手を引かれて走った。
暑く澱んだ空気が纏わりつく。こんなところまで入り込んだ砂が靴の裏に擦れる。
前を行く細くやつれた背中。私の博士は乱れた長い髪を赤に染めて、振り向きもせずに走り続ける。
彼女は突然に立ち止まった。そこはただの廊下の突き当たり。しかしそこに飾られた額縁を彼女が取り外すと、右側の壁が沈んで、隠し部屋への入り口が現れた。その先には、真っ暗な空間が広がっている。
「ここが……」
私が部屋に踏み入ると、私の後ろをついてきていたアンドロイド達全員が後に続いた。
すると次の瞬間、天井の回転灯が突然に青く光りだし、背後で鈍い音がした。振り返ると、撒き散らされた青い光に照らされながら、壁が再び上がり始めていた。
博士が落としたのだろうか。天井の際に挟まれた額縁がべきりとひしゃげる。あの子の描いた笑顔がひしゃげる。
「は、博士……? ──ッ!?」
次の瞬間、ぶつりという音と共に私の視界は暗転した。目を開いているのに何も見えない。意識が眠る前のように朦朧とし、手足の動かし方がわからなくなる。
「ごめんね」
力の入らない上体が二本の手に持ち上げられ、ずるずると引きずられる。身体が硬いものに乗り上げると、その先のひんやりとした窪みに落とされた。
私は彼女の名前を叫ぼうとした。しかし最早声も出ない。必死に伸ばそうとする手も伸びない。脳裏を掠めた最悪の予感に、私は心の中で絶叫した。
「どうか……」
優しく悲痛な声が降る。そうして私の意識は途切れた。