憎しみや嫌悪を超えて 1
三日後、カンナギ財閥は自身の製薬部門にてパイロット適性を大幅に上げる新薬の開発を発表する。
そしてさらに1週間後に、これを投与した自社の軍事部門に所属するパイロットたちでの演習を都内の軍事演習用にキープされている廃墟区画にて行うことを宣言した。
当日、廃墟区画にて演習はテレビ中継される形で行われる。
実際にパイロットたちに新薬など投与されていないわけだが、現行ハイエンドモデル量産機に当たるイザナミはこの演習イベントに合わせてチューンナップされており、通常の2割増しの運動性能となったためそう見せかけることができている。
「……来ませんね、デモンズ」
「来ないなら来ないでいいさ。このまま時間いっぱいまで余力を残しながら適当に戦って給料が貰えるなら楽なもんだ」
「はは、そうですね。アツタ隊長。……ん?」
「どうしたイセ?」
「いえ、晴れのはずなのに周りが妙に暗く……う、うわああああ!」
既にデモンズ・サマエルは演習場に潜伏していた。
蛇の顔を持つ赤い悪魔機体は周囲の影を操り廃墟に溶け込んでいたのだ。
そして最も油断した相手が近づいたところでその足を装備している大きく反ったサーベルで切断した。
「イセ! 既に紛れ込んでいたのか」
『はーい、ジパングのソルジャーさんたちこんばんわー。デモンズ・サマエル、あんたたちを丸ごと毒付けにしに来ました~』
リラは敵意など感じさせない声色で舐めた態度のまま攻める。
アマテラスの前身機であるイザナミも女性的なフォルムをしており、関節部の柔らかさからくる運動の滑らかさを特性として持つ。
故に人間のような器用な動きを再現しやすく、隊長であるアツタは左腕に装備している盾でサマエルのサーベルを防ぎつつ軽快な足踏みをして後ろに回仕込み右手の日本刀を突き刺して決めるつもりであった。
しかし後ろに回り込んだ瞬間にサマエルは消えた。
いや正確には変形して蛇そのものの姿に変わって足元まで等身が下がって見えなくなったのだ。
「変形した!」
本物の蛇のようにサマエルはイザナミに巻き付いて身動きを取れなくしつつその蛇頭の牙でイザナミの頭部を噛み砕き機能停止に追い込む。
「なんだこの動きは? 総員警戒しろ。このデモンズ、動きが読めん」
そこでアツタからの通信が途絶える。
頭部だけを的確に狙った機体損傷での停止であるため死んではいないだろう。
しかし隊長を務めるほどの男があっさりやられた。
その事実が他の隊員に恐怖を与えて隙を生む。
それをリラは逃さない。
蛇状態のリリスモードのまま地上を高速で蛇行し対象に近づいたらサマエルモードへと戻ってサーベルで四肢を切り裂く。
その繰り返し……まだ生き残っている者たちは何をしてくるかの理解だけはできている。
しかしそれでも初見で奇怪な蛇行移動とそこからの高速変形でのサーベルを防ぐことは無理なのだ。
最初は15人もいたのに気づけばミコノ含めて3人まで減らされてしまった。
「みんな、飛行状態に切り替えて上空へ。地上での戦闘にこだわる必要はない」
「「了解」」
ミコノの判断で全員、上空へと離脱する。
「流石ライズが入れ込むだけはあるわね。ミコノちゃん。でも」
サマエルも上空へと飛んで空中戦に移行する。
「空中であれば変形しても……」
「アハッ、どうにかなると思った♪」
生き残った隊員が盾でサーベルを塞ぐも接触時間が一定を超えると盾は溶解してそのまま腕を切り裂かれる。
さらに四肢を切り裂かれ蹴り飛ばされ地上に落とされた。
次に狙われたもう一人の隊員は距離を取りながら弓矢……(形状が弓矢であるだけで矢の装填と発射はボウガンに近い自動仕様)で攻撃し続ける。
しかし空中変形でリリスモードになったことで的が急激に小さくなり当たらず接近を許す。
リリスは背後を取りながら尻尾を大きく振るって叩きつけその機体も地に堕とした。
「メイジ上官! イズモ!」
「あとはあなた一人だけ」
「くっ」
最後の獲物となったミコノはリリス=サマエルの攻めを防戦一方でかわし続ける。
本来可変機体は変形中に動けずに無防備な時間を晒してしまうため戦闘中の変形はNG扱いされるものだ。
しかしこのリリス=サマエルの可変機能は高速過ぎて本来の変形機におけるラグというものが1秒あるかないかでその弱点がほぼなくなっている。
どころか状況に応じての形態変化ができるおかげで本来かわせない攻撃さえかわせるようになり反撃にも出やすい。
加えて空中戦闘でもそれが損なわれない。
信仰機の飛行を可能とする根幹システム、地母神の恩恵はあくまで重力軽減だけであり、慣性を無効化するわけではない。
そのため空中での軌道を支える主な推進力は機体の各部位に搭載されたスラスターとなる。
急激な方向転換をする場合、スラスターの点火方向を変えてさらに先に推進させた分の慣性を無効化させるまでを考えなければならない。
しかしこのサマエル=リリスの動きはその常識を完全度外視して変形を繰り返し空中移動も思いのまま。
既存の飛行システムであのような高速変形を繰り返したら間違いなく機体がバラバラになるはずなのにそれが起こらない。
「化け物システム過ぎる」
ミコノはそう吐き捨てるしかないほどに性能差を悔やんだ。
悔やんだ直後に左腕と左足を持っていかれる。
「はい、いただき」
「このままやられっぱなしでいられるかぁ!」
やられた多くの仲間のためにも一矢報いたい。
その思いを胸に彼女は地上へと急降下して賭けに出る。
サマエルはそれを追いかける。
「減速しない、自滅する気?」
ミコノは地上へとたどり着く手前、横にあった廃墟ビルに薙刀を差し込んでそれを棒代わりにブランコのように使って遠心力を利用し真上へと急加速する。
「うそっ」
デモンズ以外ではありえない急反転の挙動で自分に突進してきたためリラは虚を突かれて反応が遅れてしまった。
リリスモードになって回避しようとするも1秒の変形が間に合わずに尻尾部分が右足の蹴りで破壊される。
「……やられた」
損傷的にはまるで大したことはない。
左手左足に加えて薙刀の武装を失ったのだからむしろリリスの方が圧倒的に有利だ。
このまま再度空中戦で仕留めてしまえばいいのだがリラは14機も撃破して十分なためこれ以上熱くなって時間をかける必要もないと割り切り撤退した。
アマテラスの駆動系はさっきの無理な動きで不調をきたしていたためもはや追いつく以前に戦えなかったため、あのまま戦闘継続していたら確実に負けていた。というより死んでいたかもしれない。
命を拾えた安堵と実質負けた悔しさのジレンマから怒りが沸き上がったミコノはコックピットの壁を思い切り叩いたのだった。
この戦闘の後、カンナギ財閥は新薬の研究がフェイクであったと発表。
また最新鋭機であるアマテラスでさえデモンズ相手に不利であったことから会社の信用と顧客の需要、そして期待を落とす結果になった。
散々な結果であったが、リリスの尻尾部分だけでも手に入れられたためその解析ができるということで総帥のソウイチや開発部は気落ちしていなかったのだった。