デモンズ研究 1
野外学習から戻ってきたミコノはカンナギ財閥直下の軍事部門の会社へと呼ばれた。
そこの会議室に到着すると、自身と同じ所属扱いのパイロットの面々や開発部署の面々、そして父であるカンナギ・ソウイチがいた。
「すみません、遅れました」
「いや、よく来てくれた。野外学習から着替える間もなく直行で済まないね。ではメンツが揃ったため会議を始めるとしよう。まずはこれを」
そこでスクリーンに映し出されたのは先日の深夜にシン共和国で起きた軍隊の虐殺を2機のデモンズが食い止めているものだった。
「これは現地協力者から得た非公式なものだ。口外しないように」
「お父様、これって政府側が民衆を殺しているんですよね? どうして?」
「内政を安定させるための措置だよ。それをデモンズ側は妨害した形となる。ミコノ、逸れる話は後で二人きりの時にしよう」
「分かりました」
「ちなみに最後に合流したワシ頭のデモンズはその前に研究所を破壊している。その映像がこれだ」
デモンズ・アモンが研究所を破壊する映像を見たところで技術部長であるグウジが驚いたように発言する。
「3体目のデモンズ、どれもデザインは元より機体特性もまるで共通点がない」
「ほぼ完全ワンオフ機ばかり、しかも性能自体が1世代は上ときている。技術部長よ、ドーンデモンズは未来から来たのだろうか?」
「はは、上手い冗談をおっしゃいます。パイロットの皆様方にご説明しますと、信仰機の完全新規開発は最低でも5年かかります。そんなの一々やっていたら儲かりませんからね。ですからどの国も信仰機の新規製造は基礎設計を流用して騙し騙しな方が多い」
「そう、そして納得のいく性能の新規が出来たならそれを量産するのが普通だ。うちで言えばアマテラスがそうだな。細かい調整はまだ必要だが、それが終わったら我が社の新しいスタンダードモデルとして量産する予定だった」
「だったですか、それはそうですね。あれだけのものを見せられたらこのまま完成扱いにして売り出すという訳にもいかない」
「苦労を掛けるな」
「いいえ」
「デモンズを量産しない理由があると思うか?」
「しないというよりできないと取るべきかと。できていたら今頃世界征服されていますよ」
「はは、違いない」
「つまり量産できないからワンオフ機を増やした、で仮定していいでしょう」
「だろうな、私も同じ見解だ。……さて、その上で本題だ。このデモンズの力、欲しいとは思わないか?」
それは悪魔の囁きのような言い回しであった。
技術者からすれば未知の機体を解体して分析したいと思わないわけがない。
パイロットとしても今以上に高性能な機体があった方がいいに決まっている。
欲しくないわけがない。しかしミコノだけは異を唱える。
「私はいりません、我が社の技術力と我らパイロットの実力で上回る方がいいです」
欲に溺れない真っ直ぐな向上心、娘と父とでこうも心の向き方が反対なことに周囲は皮肉を覚えた。
「なるほど、ミコノ、お前は本当に誇らしい育ち方をする。父としてはその考えを尊重したい」
「父としてはですか……」
「ああ、総帥命令だ。これより我が社はデモンズの鹵獲を目的とする。技術部は徹底してデータ解析し弱点を付ける武装の開発に着手せよ。パイロットは如何なる作戦中であってもデモンズが現れた際には鹵獲を最優先することを心掛けよ。以上だ」
◆
会議が終わりミコノはソウイチに送ってもらう高級車の中で逸れた部分の会話をする。
「……シン共和国の内情は知っての通りかなりの不況だ。侵略で広がった領土とその人口の維持を考えたら持たない。そしてこれ以上の財を得ようと小さな国1つ侵略したところで焼け石に水だ。つまり内部の人口の縮小する他なかった」
「だからって虐殺なんて」
「何も手を打たなければ飢えた民衆が暴動を起こして国自体が崩壊する。あとに残るのは人でなくなった獣の群れだけだ」
「っ! 納得できません」
「……もう1つ言うと破壊された研究所というのは主に人体実験を行っていた。超能力の研究を本当にやっていたらしい。これが本当でもし何らかの成果にこぎつけていたら人類にまた岐路がやってくるところだったな。ブレインサイボークの件といい中断に追い込まれてよかったよ」
「お父様はドーンデモンズの肩を持ちすぎです。あいつらはテロリストですよ」
「だからなんだというのだい? 体制の絶対正当性なんてないよ。我が社の利益になるなら私は正義の旗などにこだわりはしないさ」
「それは危険な発想です」
「分かっている。私が言いたいのは双方の思惑を見定めた上で判断しろということだ。そう、思惑だ。2度のテロ活動で彼らの目的の1部が見えたな」
「研究所ですか?」
「正確には人類の進化かな? 彼らからすればブレインサイボーグ化も超能力も受け入れられないということだけは間違いない。ふふっ、ミコノ、デモンズとの再戦の機会、作ってやれるかもしれないぞ」
「え?」
「各所に話を通す必要があるが、ジパングに同じ状況を作ればいいのだよ。いつ出現するかもわからないデモンズを待つなどナンセンスだからね」
「! 待ってください。そんなことをしたらカンナギ財閥は国際的な非難を浴びます」
「大丈夫、実験自体は実際にしないでメディアを使ってしている風に思わせるだけだ。そしてデモンズがやってきてそれを鹵獲した後すぐに実験はこのためのフェイクだったと伝えればむしろプラスさ」
「……デモンズがこなかったらどうするんです?」
「そうであってもフェイクであったという発表はする。それで我が社の信用は落ちるが今後、デモンズが行動する見定めのパターンを1つ明らかにできたという理由付けまですれば避難は大きくはならないだろう」
「止めてください」
ミコノは運転手にそう指示し車を出る。
「気に入らないか?」
「はい、お父様のことは尊敬しています。けど今回のやり方は受け入れられない。私は降りさせていただきます」
「構わないよ。まだ学生なんだ。暇になった分、学業に励むなり遊ぶなり好きにするといい」
「っ!」
娘として相手はしてくれている。しかしそこに熱意はあまりないのだ。
断れない引き留められ方をされても困るが引き留める言葉くらいは、必死さは見せてほしかった。
そんな面倒な感情を言いきれずにミコノはその場を離れた。
そして数分後に街中でライズとアラカワに偶然出会う。
「あれ、ミコノ嬢、ジャージ姿のままでどしたの?」
「別に……ちょっとお父様と喧嘩しただけ。ねえ、あなたたち暇? ちょっと憂さ晴らししたいんだけど?」
「ええ~、それはちょっと~、あ、ライズ君、俺用事思い出したからあと頼むね?」
「あ、うん」
面倒ごとから逃げたいのは丸わかりではあったが、付き合わせてもかわいそうなためライズはそれを了承した。
「仲いいんだね」
「まあ、同じテントで語らった仲ではあるからな。それでどう憂さ晴らしする?」
「じゃあ近くのゲーセンで。あ、ちなみに今私無一文だから」
「いいよ、俺が全部出す。明後日、学校で返してくれればそれでいい」
「ありがと」
近くのゲームセンターにやってくるなりミコノはパンチングマシーンを何度も殴りつける。
流石に大の男ほどのスコアは出せないが女性単位で見ればトップクラスではある。
「……はー……はー」
「気は済んだ?」
「まだ、次は卓球、その次は格ゲー」
彼女に言われるようにそれらのゲームを続ける。
そしてすべて終わったところで彼女は大きく一息付く。
「ふぅ、もういいわ。ありがとう」
「どういたしまして」
「あー、汗かきすぎちゃった。お風呂入りたい」
「ならうちに寄っていくか? シャワーなら借そう」
「この近くに住んでいるんだ」
「うん、あっちに見える黒いマンション」