未来なき者らへの救い 2
40分後、シン共和国の上空にてグレイブの乗るデモンズ・マーラと合流し早速作戦行動に移る。
真下の地上ではシン共和国製の獅子デザインの量産機であるカイチが都心から離れた農村にいる遊牧民を虐殺しているところであった。
「ちっ、少し遅かったか。ライズ、すぐに砲撃に入る。防御は頼んだぜ」
「了解」
股間にバズーカを装備しているマーラはその照準をカイチへと定めてビーム兵器を発射した。
その威力は信仰機が一瞬にして蒸発するほど強力であり、砲撃の数だけカイチの数が減っていく。
予想外の事態に虐殺を指揮していた指揮官は即座に地上専用機であるカイチに撤退行動をとらせて、代わりに航空用であるチフンと呼ばれる魚のような小さな竜の機体を入れ替えで発進させる。
「もう航空部隊に切り替えてきやがったか。ってことは援軍じゃねー待機部隊だ」
「30機か、この規模はやはりラプラスの読み通り航空爆撃も織り込んでの殲滅作戦のようだな」
「胸糞わりぃ、同じ国や勢力の人間だろうが。同族意識すらねーのかよ。そんなに「口減らし」してーか、あ!?」
グレイブは怒りを声に込める。それは彼が中東アジアの出身で今まで生きてきた中で形成された価値観的に、シン共和国が現在開始した「口減らし」という発想自体が許せないためだ。
そもそもなぜ口減らしをせねばならなかったかだが、シン共和国は近年まで5大勢力の中で最も軍事力に秀でており、他国への軍事侵攻も積極的に行っていた。
しかし領土を拡大すればそれだけ維持費も増える。
景気がいい内はいいが、現在の経済停滞に陥ればそれだけ反動も大きい。
そうなった際の解決としてこの勢力が安易に取る方法が反政府主義者への「見せしめ」と不要な人間を殺すための「口減らし」なわけだ。
しかし農村とは食料生産する場所であり、必要な人間であるはず。
なら何故その必要な人間たちを殺すかと言えば、政府に不満を持つ者がいるから食料を作る人間が減っていくという脅しをかけるためだ。
歯向かう者は自らへの攻撃を恐れない。
しかし守るべき他者への攻撃には心を痛める。
シン共和国という統制主義勢力の発足以降、体制に歯向かう人間は数えきれないほどいた。
そんな者らを効果的に黙らせるために行き着いた回答がこれだったのだ。
「……よし、村にいる敵は全て片付けた。だがあいつらまだ拠点に居座って窺ってやがる。そんなに命令が大事かよ」
「失敗すれば彼ら自身が処罰されるわけだからな。引けないだろう」
そこでチフンの軍勢が彼らのいる上空まで上がってくる。
「これがデモンズ、悪魔の機体……砲撃していた下品な機体の方から仕留めるぞ、総員一斉射撃!」
チフンはその口を開けて内蔵している銃口を伸ばし一斉射する。しかしシャイターンが事前に展開していた光のフィールドによってそれらすべて外れることになる。
「どうして当たらない? 座標はあっているのに」
シャイターンは実弾を弾く光の防御フィールドを展開できるが、マーラを守るために常時展開するとエネルギー消費が激しい問題がある。
そのため今回発生させているのは光の屈折による視認阻害と光信号の割り込みによる敵機体が捉える座標の位置の書き換えを行っている。
つまりチフンの玉がすべて外れたのはそもそも狙っている座標がズレ過ぎているからというわけだ。
「一掃する!」
シャイターンは情報誤認のフィールドを維持しつつ両手にナックルガードを展開し光の波動をチフンの軍隊へと打ち込んで全滅させた。
さらにマーラは最大出力で拠点へと太いビームを打ち込み、指揮官ごと残った戦力も殲滅した。
これで脅威は去った。しかし真下の農村には多くの死傷者があふれており、生き残った者たちも悲鳴を上げて泣いたり、絶望して俯いたりしてばかりで見ていて気が晴れるものではなかった。
「……辛いな、この結果を分かっていて手を差し伸べられないというのは」
「差し伸べようと思えるだけお前は立派な貴族のお坊ちゃんだよ。上の人間に同情なんて気持ちがあるならそもそもこんな状況なんて生まれちゃいねーんだ」
「グレイブ……」
「……悪い、愚痴を吐き過ぎた。まだ俺らの仕事は終わっちゃいない」
「ああ、行こう」
シン共和国の今回の口減らし作戦は1つの農村を殲滅したらまた次へとを繰り返す段階的なものとなっている。
同時ではないのは反乱分子の心を折るためだ。
段階的に増える犠牲に耐えられずに自ら投降させるように仕向ける。
それこそ反抗の目を潰す一番の見せしめとなる。
本来であればその計画に問題はなかったが、デモンズによる圧倒的な戦力による防衛を少数で順序的にこなせる意味では利用できる。
シャイターンとマーラは次に虐殺が行われる農村へと向かってまたシン共和国の正規軍を殲滅、さらに次へとを繰り返す……
予想される口減らしのポイントは全部で7か所、6か所まで2時間でなんとかクリアしたものの、その時点で機体はともかく二人の精神力と体力はそれなりにすり減っていた。
「ライズ、機体状況は?」
「損傷は軽微、ストリームのチャージ率が30%を切った。このままやれば15%は余るだろうから帰還に問題はない」
「こっちもそんなもんだ。なら最後の1回も行けるな。気張れよ」
「了解」
二人は気力を振り絞り7回目の防衛に臨もうとする。
しかしその直後に地上にある農村すべてを包み込む大規模な業火が巻き起こる。
それによりカイチだけでなく農村にいる者すべてが焼け死ぬこととなった。
その所業を行ったのは鷲の顔と大きな炎を纏った翼をもつ悪魔機体、デモンズ・アモンであった。
「「なっ!」」
呆気にとられて停止する2機へとアモンは近づき、中にいるパイロット、ティム・フェネクスからの通信が入る。
「最終ポイントでの敵殲滅を完了、これで今回の作戦は完了だ」
何とも思わない淡々とした物言いにグレイブはキレる。
「おい、待てよ、ティム。農村の防衛は俺らの役割だったはずだろ」
「そうだ。だがお前たちはラプラスが目安とした1時間40分目標を大幅に超えていた。だから研究所の破壊をすぐに済ませて手が空いていた私が尻をぬぐってやったんだ」
「尻をぬぐっただぁ? こんなもん防衛とは言わねぇだろ。民間人ごと全部殺しやがって。だいたいすぐに済ませたって、避難誘導はどうした?」
「そんなもの勧告だけで十分だ。従わないで残った者たちはさっきのように破壊と同時に死んでもらった」
マーラのバズーカの照準がアモンに固定される。
「何を怒っている? 確かに組織方針として被害者はなるべく出さないようにとはあるが、今回において彼らは果たして救うべき価値あるものだったかな?」
「どういう意味だ?」
「シン共和国の体制はまだ見逃す。つまり生き残った彼らは今後も搾取と弾圧される恐怖を受け続ける。そんな未来のない人生など見せる意味があるか? ここで死なせるほうが救いだと私は思うが?」
「てめぇ!」
グレイブは引き金を引こうとするがそれより先にシャイターンの光の波動がアモンの顔をかすめたため、一端手を止める。
「! ライズ・サマナール、君まで何のつもりだ?」
「俺は貧困の生まれじゃないからお前と同じで弱者に対して同情する見方しかできない。だがグレイブが……彼らと似た立ち位置にいた者が言うなら死は救いじゃないんだ。だから謝ってくれ」
「誰に? グレイブにか?」
「違う、たった今、焼き殺した民たちへだ」
「……断る。王は民に頭を下げない」
そう言い放ち、アモンはさらに上空へと舞い上がりながら去っていった。
追おうにもどちらの機体もエネルギー残量が少なくなにより基本の飛行速度がアモンより低いため諦める。
「……ライズ、ありがとうな。お前が代わりに攻撃してくれなきゃたぶんやりあいになっていた。それに、何よりその言葉が嬉しかった。戻ろうぜ」
「ああ」
◆
早朝、皆が目を覚ます前にライズはなんとかキャンプへと戻る。
「アラカワ君、俺がいなくなったことを黙っていてくれてありがとう」
「うん、それはいいんだけどどこにいってたの?」
「実は近くに友達が旅行に来ていてそれで夜なのに話し込んじゃったんだ」
「ああ、そういうこと。今日も訓練あるけど大丈夫、眠そうだけど」
「大丈夫、明日をも知れぬ彼らに比べたらこんなの辛くもない」
「彼ら?」
「なんでもない」