未来なき者らへの救い 1
ライズはスクールの野外学習で都心から離れた森林と草原が広がる場所に来ていた。
とはいえそこは整備された私有地であり、一般的にもキャンプ利用にもよく使われている。
この野外学習の目的はペイント弾を使用したサバイバルゲームでの演習だ。
信仰機のパイロット志望が集まっているため歩兵技能など磨く必要がないように思えるが、人型の機体を運用し作戦に沿って戦うという意味ではこのシミュレーションで得た感覚は糧になる。
……まあ、本音を言ってしまえば信仰機は高価な代物であり、扱いを誤れば危険を及ぼしやすいため、初めから乗せて訓練させるわけにはいかないのだ。
だからスクールでは乗せていい事前準備を教えている。
そして卒業時には事前準備をこなし続けた信頼から信仰機に乗っていいというライセンスを発行される。
「……ジパング料理は難しいな」
昼間になったためキャンプ広場でランチをグループごとで自炊することとなる。
しかしライズはこの国の料理に不慣れであるため諦め、料理の上手いアラカワとミコノに投げることにした。
「ライズ君とサリア嬢は座っていていいよ」
「できないのに見え張って来てもらっても邪魔になるだけ。ここは私たちに任せなさい」
「ミコノ嬢、その言い方はよそうよ」
「いいのよ、出来る者はそれくらい言っていいの。というか男のくせに上手いわね」
「うち両親共働きだから俺が夕飯作る係なんだ。いや、びっくりなのは俺の方だよ、社長令嬢なんてシェフに作らせて自分じゃ何もしないイメージなのに」
「それこそ偏見よ。……私にはお兄様が二人いてどっちも優秀だったからお父様が私に求めるものってあまりなかったのよ。でもそれじゃ嫌じゃない。だから小さい頃に料理を覚えて喜んでもらおうって思い至った。そして今は自分の会社に信仰機のパイロットとし所属して役立とうとしている」
「ファザコン?」
「そうね、そうなるくらい素晴らしい人よ、お父様は」
「うわ~、また自慢だぁ~」
そんな二人の他愛ない打ち明けあう語らいをライズは同じく料理ができないサリアという少女とベンチに座りながら見ていた。
「……微笑ましいな」
「そだねー。ねーねー、ライズンってミコノンのことどう思ってんの?」
「ライズ「ン」?」
「あー、ジパング流のニックネームみたいなもん」
「何となく理解した。容姿能力は勿論だが、性格的にも向上心が高く素直で好感が持てる」
「そなんだ、んじゃ告白する?」
「いやしない。というかできない」
「どして?」
金髪に染めて服もずぼらなギャルで言葉遣いも独特で何を考えているか読みにくいため、ライズはあまり相手をしたくないし隙も見せたくない印象を受けたが露骨に嫌な態度をしても困らせるだけなためスマートさを保ちながら答える。
「留学生だから1年しかこのスクールにはいられない」
「あー、それもそっか。けど気持ち的には全然問題ないってことね?」
「まあ、そういうことになる」
すると彼女はスマホを弄って今の会話で得た情報を打ち込む。
「ん~、ライズン女子人気まあまあだから女子限定チャットに情報流しとこうかと」
「なるほどな、SNSのない時代に憧れるよ。集合意識に対するわずらわしさを考えずに発言できる」
「あはは、言えてる。200年くらい前まではSNSなかったんだっけ?」
「正確には230年前ほどだね。前に読んだ精神歴史学の著書で「人は繋がりに安心を覚えていると同時に繋がり続けることでの辛さも得ている」という言葉があったんだが、まさにその通りだと思う」
「それな。ってかその本読みたいし詳しくおしえて」
「ああ、これだよ」
「ロマリエ語読めないよ。翻訳版……あ、あったけどたけぇ。ま、考えとく」
そこでアラカワたちが自炊を完了させこちらに呼びかけてきた。
「ご飯ができたようだ、いこう」
「うい~」
それから夕方までサバイバルゲームを行い、夜はテントを張って就寝することになる。
しかしまだ眠気がやってこないため同じテントにいるアラカワと雑談を続ける。
「ライズ君、サバゲ―での銃捌きみごとだね。プロみたいっていうか。ロマリエだと銃の携帯って許可されていたっけ?」
「いや、されていないよ。勿論、スポーツシューティングって名目で持つことはできるけど」
「なるほどそれでか。俺も昔からそういうことしていたらもっといい成績残せたかな」
そう自虐するようにアラカワの技能はクラス内ではかなり低い。
経験有無もあるだろうが根本の身体能力や反射神経、センスがないとライズは察しているためそれに踏み込んでみる。
「伸びない人間は長く続けても伸びない。逆にセンスある人は数週間もすればだいたい開花する。アラカワ君、パイロットコースに入ったのはどうして?」
「あはは、やっぱ向いてないって気づいちゃうか」
「まあハッキリ言ってしまえば」
「うん、自分でも分かっている。でも夢なんだ。信仰機に乗って活躍するっていうのが。笑っちゃう?」
「いや、夢自体を否定する気はない。少なくとも真っ当な志だと思う。志も誇りもない人間が乗るよりはずっといい」
「昔に何かあった?」
「信仰機の違法製造とその密輸、それを使ったノーライセンス運用による犯罪を何度か自分の目で見たというだけだよ。技能は大事だけどそれ以前に扱うための心がなければ兵器はいい方向に利用できない。そういう意味ではアラカワ君は既に半分クリアできている」
「はは、ありがとう。慰めにはなったよ。けどそうだね、信仰機の犯罪利用は確かに問題になってきている。政府はあまり表ざたにしたくないからニュースに規制をかけているけどそれだけじゃ何の解決にもなってない。何とかしてほしいよ」
「解決しないことでのメリットがあるのかもしれない」
「え~、国民が被害にあっているのに?」
「ごめん、毒のある言い回しだったな。民は宝なのだからそれを傷つけるメリットなどないと思いたい。……寝よう……と電話か」
「こんな時間に」
「ああ、ロマリエだと昼だからね。あっちの友達、先に寝ていて。外で話してくる」
「うん、分かった」
ライズはテントを出てグレイブからの通話に出る。
『……夜遅くに悪いな。対象が行動を開始したからミッションスタートだ』
「分かった。予定通り現地合流しよう」
ライズは私有地の近くにあるレンタル駐車場へと足を運び、そこに透明化するステルスモードで待機させていたデモンズ・シャイターンに乗り込む。
「スリープモード解除、フォトンストリームの出力40%を推進力へ移行、これより飛行状態に入る」
シャイターンは目的地である北東アジア連合勢力であるシン共和国へと飛翔する。
飛行が安定したため推進力を上げる分、迷彩に回す出力がなくなり機体が確認できるようになってしまうが今は深夜だ。
誰も見ていないだろうとライズは楽観していた。
しかしキャンプ真上を通過する時、そこには寝付けずにテントから出て夜風に当たっているクラスメイト達が数人おり、その中にはミコノもいた。
「あの機体は!」
驚くも加速した機体はすぐに見えなくなり追うことはまず叶わない。
ただこの時はリベンジする機会を逃したというよりなぜこんな近くにいたのかという疑問の方が彼女の胸に残った。