憎しみや嫌悪を超えて 3
貴族制度によって統治されたEU圏連合勢力ロマリエ帝国の上空にライズとティムは来ていた。
「……」
「故郷を懐かしんでいるのか?」
「いや、そうじゃない」
旧ギリシャの辺境地まできたところでドーム状の大きな遺跡が見える。
「ナルシスティックのロマリエ支部はあそこだな、物陰にパラディンを複数待機させていることから防衛体制状態にある」
「既に他の支部が仲間たちによって攻撃されているからそれの知らせを受けてか」
「地球座標上ここへの到達が最も時間がかかるものの、それを言い訳に帰還が最も遅くなるというのは王にあるまじき働きとなる。早速取り掛かるぞ」
「了解」
デモンズ・アモンは燃えている翼の炎をさらに燃え上がらせて火柱となったそれを地上のパラディン部隊へ放出する。
ロマリエ帝国製の量産機パラディンは騎士の甲冑をモチーフとした重装甲の機体だ。
機動力こそないもののその装甲の防御力は並大抵の攻撃では貫けない利点からの戦争功績は開発後から今に至るまで相当なものであった。
故に名機体として位置づけられている。
デモンズの有する武装は既存の最新公式機よりも上であるためだいたいの装甲は破壊できる。しかしパラディンだけは例外であり破壊できるとしても1体あたりに真っ当なやり方でやっていると時間がかかりすぎるほどだ。
だからデモンズ・アモンを有するティムがペアとしてあてがわれた。
高出力の火柱は高強度の装甲だろうと無視して溶かす。
溶かしきれなかったとしても内部の回路系を超高温で焼き切ってしまうためかわすしか手はないが、パラディンにはその機動力はない。
火柱が止むとそこには黒焦げになった大地と遺跡とその中で焼けて埋もれる20機のパラディンがあった。
「掃討完了、交渉は君に任せる」
『分かった。こちらはドーンデモンズ、ナルシスティックのロマリエ帝国支部よ、戦力差は見ての通りだ。これ以上の戦いは無意味だと思うならこちらの要求を呑んでもらいたい。要求は2つ、そちらが有している洗脳技術によって得ている構成員の全開放、そしてこの支部の幹部面々の身柄の拘束だ』
しかしそれに対する応答はない。
かわりにエクイテスと呼ばれるパラディンの下半身を馬機体の脚部へと交換した派生機体がまだ焼かれていないドームの出入り口部分から出現する。
エクイテスは簡単に言えば騎士の鎧を身に着けた人馬ケンタウロスだ。パラディンの欠点であった機動性のなさは4爪足が地を高速で駆けることでむしろ高速機体の域にまで達している。
デモンズ・アモンは再び火柱を発生させて全機焼き払おうとするも火柱はすべてかわされ反撃に信仰機用の弓矢とボウガンが繰り出される。
デモンズ・アモンの機動力ならばそれらが当たることはない。しかし、それよりも……
「エクイテスはロマリエが軍公式用に認めている改造だが一般流通・及び一般での改造は禁じられている」
「取り寄せたのだとすればロマリエ正規軍に内通者がいる。自前で改造するにしても相応のメカニックと工房がなければ無理だ」
「ナルシスティックはあくまで反政府宗教結社でしかないため自前の線は薄い。バックに何かしらの別組織が絡んでいると見た方がいいだろう。そうなると情報を持っていそうな幹部連中は殺せない。そしてどの機体に幹部が乗っているかも分からない。面倒極まりないな」
「出力を抑えて1体ずつ機能停止にする他ない」
「王にいらぬ徒労を与えてくるとは許しがたい。吐かせたら全員処刑だ」
「連行後の処遇を決めるのは俺たちパイロットの仕事じゃない」
「……分かっている。心情を述べたまでだ」
幸い、エクイテスは空中移動ができない完全地上仕様だ。
空中からの攻撃で優位が取りやすい分、地上を駆ける起動パターンさえ分析できてしまえば当てることは難しくはない。
二人はエクイテスの足を上手く狙って破壊し全機行動不能に落ち着かせた。
するとエクイテスの中からパイロットたちが出てくる。
携帯武器として持ち運べる小型ランチャーや爆弾で応戦しようとしているがデモンズにそれらは効かない。
「……! 彼らは」
「まだ反抗するか、愚かな。こいつらの虚ろな目を見るに幹部ではなさそうだ。滅却す……」
「待て!」
アモンがパイロットたちを殺そうとするとシャイターンはその前に立ちふさがった。
「何の真似だ?」
「彼らを殺す必要はない。いや、殺さないでほしい」
「……知り合い……いや、君の過去は資料として目を通してはいる。とすると奪われた領地にいた民か」
「そうだ」
そう答えるとティムは呆れた声色で罵る。
「はっ、馬鹿か、君は。民衆に不満がある場合に領主を選び直せるロマリエの制度、それを逆手に取られて君の一族は隣境にいる別の貴族によって滅ぼされた。とすればこいつらは忠誠心を捨てた裏切り者だろう」
「しかし彼らは騙されていたに過ぎない」
「だとしても敵に加担していた事実は変わらない。忠誠心を捨てた愚かしき存在だ。そして今ここに洗脳状態の構成員としてここにいるということはその別の貴族によって売られたということだろう。いい気味だと思わないのか?」
「思えない。例えその関係が過去のものであったとしても俺は彼らに不幸に会ってほしいとは願わない」
「……分からないな。なぜ君は背信行為を許せる?」
「彼らは彼らなりに幸せを掴もうと行動したにすぎないからだ」
「ならその行動が間違っていたなら自業自得と断じるべきだ。その甘い対応こそ愚民を付けあがらせる」
「そうだとしても俺は!」
引かないつもりだというのはシャイターンの戦闘姿勢から見て取れる。
「シャイターンは第1世代の旧式。騙し騙しにアップデートしている今も第3世代に届くかどうか。第5世代のアモンに敵うと思っているのか?」
「それでも彼らを殺すというなら俺は護るために戦う」
「…………本来なら君のその意思を徹底的に折りたいところだが作戦のために仲間割れをするのも馬鹿らしい。その愚民どもを殺されたくないならさっさと幹部どもを拘束し洗脳を解くほかない」
そう言い放ちアモンは遺跡へと向かい、翼の炎をまた火柱にまで出力を上げる。
『警告……いいや、もう面倒だ。5分後にこの遺跡一帯を跡形もなく焼き尽くす。お前たちは王に無礼を働き過ぎた。滅せよ』
するとまだ遺跡に残っていた幹部たちは一斉に外に出て逃げ出す。
アモンの方の行動に明らかに躊躇がないことが分かっているため脅しでさえないことを理解したためだろう。
「ようやく出てきたか。幹部の拘束は君がやれ。私は帰らせてもらう」
「ありがとう」
結果的には幹部拘束の目途が立った。
ティムに対していい感情はないがこの場合はそう言うしかなかった。
ライズは幹部たちをすべて拘束し構成員の洗脳をすべて解いて解放したのだった。