ある朝 あるいは夜の始まり (1)
——ぬらり
夜色の蛇が、鎌首をもたげた。感情のない目で俺を見るソレの、目的はわかっている。真紅の口内に覗く、2本の白い牙。猛毒を孕んだそれで俺を殺し、喰らおうとしているのだ。睨み合っていると、蛇がぬらり ぬらりと近づいてきた。蛇の威嚇音が近づく度に、炎天下の生ゴミのような臭いが濃くなっていった。
(早く逃げないと)
しかし、臆病な足は一歩も動いてくれなかった。瞬間接着剤でも塗りたくったような足を必死で叩く。やはり動かない。動けない。
(ふざけんな!いいから動けよ!早く逃げないとあいつが—)
ぬらり ぬらり
ついに目の前に来た蛇が、首筋に牙を——
「ッツ!」
大量の脂汗とともに、玉櫛修司はベットから飛び起きた。傍らではうるさくアラームが鳴り、窓から差しこんだ朝日が、床にコントラストを刻んでいた。
(ゆ…夢だったのか?でも匂いも音も—)
思わず首筋を押さえながら思考する。傷のようなものはない。当然、押さえた手に血もついていなかった。一気に身体の力が抜ける。
「勘弁してくれよ…なんであんな、よりにもよって…」
思わずぼやくも、現実は変わらない。それに今日は火曜日で、学校に行かなければいけないのだ。こんなに最悪な気分で。
一階に降りると、母の桂子が朝食を準備してるところだった。ごはんと味噌汁、卵焼きに里芋の煮物らしい。
「おはよう」
「おはよう。珍しいわね、修司が時間通りに起きてくるなんて。いつもあと30分はベッドの中なのに」
「実は怖い夢を見てさ。真っ黒い蛇に噛まれたんだ。死ぬかと思ったよ…」
夢の話など普通は母親に言わない。それでも誰かに話したいと思うぐらいあの夢はリアルで、不気味で、そして恐ろしかった。
「やだ。黒い蛇って死の象徴じゃない。それが襲いかかってくるなんて…」
「やめろよ母さん!本当に怖かったんだからな。」
そんなことあるわけない。そうだとしても、今まで一度も正夢なんて見てないじゃないか。そうだ。大丈夫。大丈夫だ。