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期待の奉仕(2)

ーーーーーーー

来栖颯真は、27年前、ネモフィラで生まれた。

父はそこそこ名の通った数学者、母は薬品の研究者で、2人はお見合い結婚だったが、夫婦仲はとてもよかったようだ。


颯真は小さい頃から天才の片鱗を見せており、彼の父は、よく

「颯真は父さんに似て、すごい数学者になるな!」

と嬉しそうに言い、そんな夫に颯真の母は、

「あなたよりももっと立派な、でしょ」

と冗談半分に言っては2人して仲良く、それは幸せそうに笑い合っていたらしい。

颯真は両親の愛を一身に受けて育てられた。


そんな幸せが彼から奪われたのは、彼が義務教育過程に入る前、6歳の時だった。


それは、不幸な事故だった。

当時、ネモフィラの移動手段は地面を走る電気自動車から、空中を飛行する電気飛行車に代わりはじめた時期だった。電気飛行車は完全オートで目的地まで、他の電気飛行車を避けながら移動する乗り物であるが、運用当初はそれが上手くいかないケースが稀にあり、何件か死傷事故が起きてしまった。

颯真の両親も、学会に向かう途中、乗っていた電気飛行車が接触事故を起こし、亡くなったのだ。


彼らには身近に親戚がおらず、颯真の引き取り手はすぐに決まらなかった。

彼には数学の才能があったため、大人たちの間で引く手数多であったが、みんなあの手この手で颯真を手中に収めるべく、争いが起きてしまっていたのだ。


そして、1人の男がついに颯真の後見人に決まった。

彼は、颯真を、自分と妻の住む家に連れて帰った。


「はじめまして、颯真くん。今回のことは本当に、大変だったね。おじさんは、君のお父さんから君のことをよく聞かされていたよ。とても優秀なのだそうだね。今は辛いと思うけど、これからはここが自分の家だと思って過ごしてほしい」


彼は、颯真の父と同じ数学者であり、颯真の父とも交流があったらしい。


引き取られて間も無く、颯真は義務教育課程に入った。義務教育は、7歳から12歳まで、人工知能が一人一人に合ったカリキュラムを組み、各家庭で専用の電子端末を使って行われる。


颯真は、周囲の見立て通り、いや、それ以上の才覚で、すぐに大人顔負けの発想と思考力を発揮した。


そして、いつしか彼は、後見人に、特別課題と称して研究の手伝いをやらされるようになっていった。


後見人は、彼に、あんなにも颯真のことを欲していた周囲の人々は颯真のことを期待はずれだったと言っていると嘘をつき、自分だけを頼れる大人だと信じ込ませ、見返すためにも頑張ろうなどと言って、彼を言葉巧みに操った。父のように立派な数学者になりたいと思っていた颯真は、後見人の言う通りにしなければいけないのだと思い込んでしまった。


そうして、後見人は颯真のアイディアを自分の研究として発表し、富と名声を得ていった。


颯真はその事実に気づいておらず、ただ、後見人だけが応援してくれているということを支えに、期待に応えたいと必死に研究に打ち込み続けた。


そんな中、ある時、後見人の悪事が露見する。

後見人は颯真のみならず、他にも他人のアイディアを盗用していたのだ。

何人もの被害者がついに結束してその実態を世間に公表することに成功したのだ。

後見人の手口は巧妙で、彼の妻が作った記憶混濁作用のある薬や、自白作用のある薬、相手の言葉を盲信的に信じこませる催眠作用のある薬などを使用していた。彼の妻はあまり真面目な研究者ではなかったのだが、その手の悪事に使えるような薬の開発には心血を注いでいたようだ。


後見人とその妻は、悪事が露見し、学会から追放され、逮捕され、颯真はまた身寄りがなくなった。


しかし、前回とは異なり、颯真は腫れ物扱いになり、誰も引き取ろうとはしなかった。


そこで、ようやく名乗りを挙げたのが、岬陽平という男だった。


岬陽平は、颯真の母の同級生であり、研究内容は違うが、同じ研究所に勤める薬品の研究者だった。

彼には、妻と、颯真と同い年の娘が1人いた。


彼が迎えに来たとき、颯真は絶望を通り越して、抜け殻のようだった。

常に表情は変わらず、何も話さず、わずか11歳にして何もかも諦めたようであった。無理もない。信じていたものはすべて嘘で、散々利用されて、何もかも奪われてしまったのだから。


陽平は、そんな颯真に対して、目の前にかがみ込み、目線をしっかり合わせて言った。


「不甲斐ない大人ばっかりですまない。こんな状況になるまで気づいてやれなくて本当に申し訳ない。大人たちを見限っても仕方がない。いや、むしろ、恨んでくれていい。でも、どうか颯真くん、君自身のことだけは諦めないでほしい。これから、君はのやりたいことだけをやればいい。何もやりたくなければそれでいい。私が決して何も強制させはしないから。君が自分の意思で自分の道を歩んでいけるまで、必ず守るから。だから、どうか未来を諦めないでほしい」


それが、後に颯真に亜実との結婚を持ちかけた人物と、颯真との出会いだった。

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