期待の奉仕(1)
颯真さんが体調を崩してから3日目。順調に回復して、ほとんど治ったようだ。
ただ、念の為、今日までは部屋で安静にしていた方がいいだろうということになった。
そして、現在、私は颯真さんの部屋に当然のように昼食を持っていくところだ。
「颯真さん、今日は、鶏肉と卵で親子雑炊を作ってきました」
「ありがとうございます」
ベッドの上で上半身を起こしていた颯真さんは、手にしていたタブレットから顔をあげてお礼を言う。
「ずっと起きてたんですか?病み上がりなんですから、あんまり無理しちゃだめですよ」
思わず苦言を呈しながら、私は雑炊の載ったお盆を颯真さんに手渡す。
「さっき、新しいことを思いついたので、つい」
どこかバツが悪そうに颯真さんが言う。
体調を崩してからというもの、颯真さんの顔の表情筋も調子が狂ったのか、少しずつ人間らしい表情を作るようになった。
「研究ですか」
「ええ、まあ」
「すごいですよね、みんな。研究第一って感じで。私はそこまで夢中になれるものを見つけられなかったので、羨ましい」
「……。」
「あ、すみません、変なこと言って。要するに、尊敬してますってことです!それより、冷めちゃいますから、早く食べてくださいね」
「……、いただきます」
私は、颯真さんが食べている様子をぼんやり眺める。
なんであんな風に言っちゃうかな、私。
学園に入学させられただけで、自分の意思でネモフィラに来たわけでもなければ、研究が楽しいわけでもなく、何年経っても馴染める気がしない。仕方がない、私には合わなかった、10年経ったら地上に戻らばいい。そう割り切ってきたはずなのだが、颯真さんのように、才能があって、研究にひたすらまっすぐ向き合える人を見ていると、何で私はこうなれないんだろう、と思ってしまう。
きっと、父も母も自分たちの娘なのにこんな有様でさぞかしがっかりしたのだろう。
悶々としているうちに、いつの間にか颯真さんは食べ終わったようだ。
「全部食べられましたね。よかったです。じゃあ、私は戻りますね。研究もほどほどにして、ちゃんと休んでくださいね」
私が、お盆を手にして立ちあがろうとすると
「あの、亜実さん」
「はい?」
「もう少し、ここにいてくれませんか」
「……え⁈」
なになに、え、何?すっかり動揺で語彙力が皆無になった私は、中途半端に腰を上げた状態で固まった。
颯真さんは、そんな私の顔をまっすぐ見つめる。
「実は、聞いてほしい話があるんです」
「聞いてほしい話?」
「はい」
完全におうむ返ししかできない私だったが、どうやら颯真さんが真剣なのはわかった。
「えっと、じゃあ、これ食洗機に入れてきてからでもいいですか。すぐ戻ってきますから」
「わかりました」
宣言通り、競歩を駆使しながら、おそらく最速で颯真さんの部屋に戻った。
部屋に入ると、颯真さんはこちらに顔を向け、目を丸くした。
「ずいぶんと早かったですね…」
「はい、すぐに戻ってくると言ったじゃないですか」
すると、颯真さんは、突然笑い出した。
え、あの颯真さんが、笑ってる…?
今度はこちらが目を丸くする番だ。
「え、何かおもしろいことでもありました…?」
「だって、すぐって言ったって、あんな必死な形相で、息をあげて入ってくるほど急ぐなんて。素直というか何というか」
笑いすぎてうっすら目に涙を浮かべながら颯真さんは言う。
「そんな笑うことないじゃないですか!有言実行しただけです!」
「すみません。決して馬鹿にしている訳ではなく、むしろ褒めているんです」
ようやく笑いがおさまった颯真さんは、詫びてきた。
「……。褒めてる態度ですか、それ」
私がちょっと拗ねたように言うと、
「いや、ほんとですって。感謝しているんです、あなたみたいな人がここに来てくれて」
「え?」
意味深な言葉に思わず聞き返すと、颯真さんは改めてこちらに向き直り、
「僕が食事をしなくなった理由、そして、あなたと結婚するに至った理由をこれから話したいんです。あなたには話しておきたいと思って。聞いてくれますか」
そう、緊張した面持ちで尋ねてきた。
「はい」
私の返事を聞き、颯真さんはおもむろに口を開いた。