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意地の張り合い

引越しの際に運び込んだ段ボールさえ片付けてしまえば、家の掃除は基本的にお掃除ロボットがやってくれるし、洗濯だって洗濯機が勝手に重さや内容を確認して、適切な洗剤を適量入れて洗濯し、乾燥までしてくれる。他に特にやらなければならないこともない。

浮いた時間を研究に当てるのが正しいネモフィラ市民なのだろうが…

私がやるべきことはただひとつ!


私はさっそく、今まで稼いだお金や、実際何もしていないからいらないとは言ったものの、助手として届け出ている手前、颯真さんから支給されている助手代をつぎ込み、キッチン環境を整えた。

最新式のオーブン付き電子レンジ、圧力鍋、せいろ蒸し器などなど。


ふふっ、これで何がこようと作ってやるわ!

お気に入りの小花柄の緑色のエプロンをして、先日購入した成功の予感しかしない題名の料理本を開き、ひとつ目のレシピに目を通す。

いざ、クッキング開始。



手始めに、1日の大半をキッチンとリビングで過ごし、颯真さんが自室から出てきたところを捕まえては料理を薦める、という勧誘作戦を繰り返してみる。


「颯真さん!偶然ですね!研究お疲れさまです。ところで、そろそろお昼の時間ですね。今日のは自信作です!絶対おいしいですから一緒に食べませんか」


「……。昨日も同じようなこと言ってませんでしたか」


「いつだって自信作です!ただ、今回のは特においしいこと間違いなしです」


「遠慮しておきます」


「ひと口だけでも、ぜひ!目の玉が飛び出る味ですよ!」


「目の玉って……。それ、ほんとにおいしいんですか…」


颯真さんは、胡乱げに言い、迷いのない動作でサプリメントを取り出して口に入れる。


うーん、なかなか手強いな。よし、プランBに切り替えよう!えーっと、何がいいかなぁ。



お次は、これこそ名案!匂いで食欲をそそる作戦だ。


スパイスからこだわり抜いた特製カレーを鍋いっぱいに作り、ハンディファンを回してカレーの匂いを颯真さんの部屋に送る。


「颯真さん!どうですか?スパイスのいい匂いでしょう。味が気になりませんか?」

「カレーとはこんなにも匂いがするものなんですね、知りませんでした」

興味深そうにカレーの入った鍋を見ながら、当然のようにサプリメントを口に入れる。


……。ダメだ。あれは、食欲からくる興味というより、実験対象とかを見る目だ…。

惨敗だ。

結局、カレーはひとりで3日3晩食べる羽目になった。


それからも、あの手この手で何とか食に興味を持たせようと、颯真さんにアプローチするも、完敗。



やっぱりお節介なのかな……。


毎日が研究、研究、とにかく研究一色のネモフィラで、私にとって唯一の彩りが食事だ。おいしいごはんがあるから今日も1日、頑張ろうと思える。どんなに嫌なことがあっても、ほんの少しの甘味があれば幸せな気分になれる。


いつも決まったことだけ機械的にこなして、ずっと数字だけを相手にして。きっと凡人の私とは違って、才能のある人にとっては好きなことを仕事にしているだけで、そういう生活も楽しいのかもしれない。


それでも、それだけがすべてじゃない。他の世界だって見てほしい。知ってほしい。

もちろん、知った上でいらないと思っているならそれでいい。

ただ、ずっとネモフィラという閉じた環境から一歩、踏み出すきっかけがなかっただけなのなら、私がそのきっかけになりたい。せっかく、いろんな事情が重なって、出会えて、夫婦になったのだから。私は助手としては使いものにならないし、生活もほとんど頼ってしまっているし、だめだめだけど、私だけもらってばかりではなく、私からも、颯真さんが独りではできないようなことを何かしてあげたいと思うのは、出過ぎたことだったのだろうか。


誰かと関わろうとすることは難しい。

でも、自分から行動してみなくちゃ、何も変わらない、変えられない。

もちろん、それが相手の迷惑になってしまうのはよくないが。


颯真さんが迷惑そうにしているわけではないことに一縷の望みをかけ、私は第10回脳内作戦会議を始めた。

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