食事攻防戦
いくらネモフィラとはいえ、注文してすぐには届かない。仕方がないので、祖母から送られてきていた野菜と手持ちの缶詰でなんとか朝ごはんの体裁を整える。
せっかくなので、颯真さん直伝のコーヒーを入れて席につき、お待ちかねのお食事タイムを始めた。
ネモフィラは生産のほとんどを地上に頼っている。つまりは究極の分業化社会というわけだ。
食事も然りで、ネモフィラ都市内では、自分で作る以外は、通販で取り寄せたレトルト食品や冷凍食品が主である。それらは、ネモフィラお得意の技術で、出来立てと遜色ないおいしさである。
学園時代や研究所勤めの時、研究が佳境に入って、寝食を惜しんでまで研究に没頭する段階になると、食事をサプリメントで済ませている人もいた。しかし、彼らとて、普段はきちんとレトルト食品や冷凍食品を食べていた。
ちなみに、私は、祖母仕込みの料理があるため、基本は材料を地上から通販で取り寄せ、自分で作っている。
私の両親は薬品の研究者で、ずっとネモフィラで生活しており、私の生まれもネモフィラだが、生まれてすぐに母によって地上の祖母の家に預けられたのだ。
祖母の家では基本的に自給自足。
ないものは街に出て調達していたが、家で作ったものを売って、それで得たお金で購入していた。
人々が研究に追われているネモフィラでは、日常的に料理に時間をかけている私の方が異端であることは自分でもわかっている。
そもそも、研究のためだけに両の手がついているような人たちに、まともな料理を期待できるわけもなく。
うっかり研究で使っているビーカーとガスバーナーなんかでレッツ・クッキング!されても大変だ。
地上で料理を生業としている方々の作ったものをフリーズドライし、ネモフィラに持ってきた方が圧倒的に安心、安全、おいしいに決まっている。
だが、いくら何でも、人間の3大欲求のひとつである食欲を満たすのがあのような丸い何かであっていいはずない!
私は、謎のスイッチが入った。
何としても食事をとることの楽しさを、素の食材のおいしさを、あのロボットに学習させてやる!
朝食を終え、食器を食洗機に入れた私は、そう意気込み、「男性の胃袋をガシッと鷲掴み!彼をあなたの料理中毒にする100のレシピ♡(電子書籍版)」というタイトルの料理本を急ぎ購入した。
こうして、私と颯真さんの食事攻防戦の火蓋が切られたのである。