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混ぜるな危険

研究室に入ると、4人揃って目は血走り、その目の下には濃いクマを作り、ひたすらパソコンやタブレットの画面にかじりついた状態でいた。空気はピリつき殺伐としており、空調は自動管理されているはずなのにどこか淀んで重く感じる。

いったい何日徹夜したらこんな風になるのか。


「あの〜、みなさん、ドリンクお持ちしましたよぉ、、」


恐る恐る声をかけると、颯真さんがこちらをちらりとも見ずに、


「あぁ、はい」


と条件反射的に応答した。他の3人は何かに取り憑かれたかのようにただただ画面と睨めっこしてはぶつぶつと何かを呟いている。


怖っ……。

邪魔をしないよう、私はさっさと退散しようとドアに向かう。が、ふと舞香さんを見ると、見たこともないほど青白い顔をして、画面を見つめる目はどこか虚ろだった。


「ちょっ、舞香さん⁈大丈夫ですか!」


思わず声をかけてしまった。


「はぁ?なに、よ…」


「いいから、とりあえずこれ飲んでください、画面からも離れて!」


「なに、すんの、よ」


弱々しく抵抗する舞香さんをパソコンから引き離し、持ってきたドリンクを飲ませる。


「みなさんも!一旦休憩ですっ!」


他3人も半ば強引に作業を中断させた。 


「みなさん、いくら研究に没頭しているからって、不眠不休じゃ体に悪いです!効率だって悪くなるでしょうし」


「あー、ま、そうなんだけどねぇ〜、つい、ね」


宙良さんはどこかバツが悪そうに苦笑いする。


「あぁ…」


「すみません、、」


八雲さんと颯真さんも困った顔で少し俯く。


「だからって多少の無理くらいしないと終わんないのよっ、誰かさんがこの期に及んでメインプログラムに変更入れまくるから!微調整どれだけ必要だと思ってるの⁈」


ドリンクを飲んで少し回復したらしい舞香さんが苛立ちを露わにする。


「はい?じゃあ、なに?欠陥あるままでよかったとでも?」


「まあまあ、舞香だってそこまでは言ってないでしょ」


「だいたい、颯の見通しが甘かったんだよ」


「え?何それ、みんなだってそれでいいって言ってたよね」


「俺は、厳しいって思ってた…」


「は?じゃあ、もっと早く言いなさいよっ!」


「出たよ、舞香はいっつも人のせい。てか俺か、くもっちのせいにする。舞香は悪くないっての⁈」


「ちょっと待った。とにかく、今は誰のせいとかじゃなくて間に合わせるのが先でしょ」


「言われなくてもわかってるよ!だから急いでやってるんでしょーが!」


大変だ。激しい言い争いが勃発してしまった。

みんな相当ストレスも疲労も溜まっていたのだろう。先ほどまでは言い争う元気もなくゾンビのように目の前のことに没頭していたようだが、少しの休憩で中途半端に言い争うだけの体力と気力が復活してしまったのかもしれない。



4人はある学会で発表できるよう、急いでいるらしい。それは3年に一度の大きな学会で、そこで認められれば補助金もたくさん出るし、研究を続ける上でいろいろ有利なのだと言っていた。

その学会までもう1ヶ月を切っているのだから、みんなの焦り様も無理はない。


今がとても大事なときなのは、研究者としては半端者の私ですら十分に理解しているつもりだ。それでも体を壊さないか心配になる。もちろん頑張っているのは誰よりも知っているから間に合うのが1番だけど、何をするにも体が資本、体調を崩したら元も子もない。いや、しかし、やっぱりこの好機を逃すべきではないのだろう、何とか間に合ってほしい。いや、でも、でも…、、


「どうしても間に合わないなら仕方がないんじゃ……。って、え?」


気づけばシンとして、空気が凍りついていた。

私はどうやら自分の中だけで考えていたはずのものを外に出してしまったらしい。


「あ、いや、あの…」


「今、なんつった?」


あ…。やばい。そう思ったが、もう遅い。一度外に出た言葉は簡単には取り消せない。


「あんた、研究舐めてんの?」


先ほどの言い争いの10倍の怒気をはらんだ声音で舞香さんが言う。疑問系だが、明らかにこちらに答えを求めていなさそうだ。


「ち、違います!私はただ、もしどうしても間に合わなかったら3年後万全の調子で発表すればいいのでは、ないかと…」


弁明しようとしたが、怖いくらい凍りついたままの空気感に耐えかねて尻つぼみになってしまう。


「ああ、そう、そういうことね。

ふざけんのも大概にしなさいよっ!

今は私たちしかやってなくても、この先他の人たちだって似たような研究始める可能性は十分にあんのよ。

それに、若い方が発想力もある、より柔軟な考えができる。今この瞬間も人は老いていく。

3年も待ってたら外部も内部もどれだけ状況が変わると思ってんのよ!」


舞香さんの言う通りなのだろう。一分一秒が惜しい気持ちは落ちこぼれの私にだって覚えがある。私の今のこの心配は、部外者だから、研究から離れて久しいから。研究にかける情熱を、私はとうに失ってしまっているから。

仕方がない。今は納得せざるを得ない。みんなが倒れないよう、私がより一層しっかり見張ればいいんだ。そのために私がいるんだ。

謝らなきゃ。余計なことを言った私のせいで時間を無駄にさせてしまった。


「あの、」


私は謝ろうと口を挟もうとした。だが、舞香さんは止まらなかった。


「そんなことも分からないくせによく今までやってこれたわね。研究者の風上にも置けない。

あ、そっか、だから颯真を利用したんだ。最低ね。あなたはネモフィラに相応しくない」


は…?今、何を言われたんだろう。利用?相応しくない?何それ、何それ、私は、私、は…。

私の中で何かがブチっと切れた。

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