広がる世界
私たちはターミナルに到着した。
地上には、飛行機で行くことになる。
搭乗手続きを済ませ、目的地の最寄りのターミナル行きの飛行機に乗り込んだ。
飛行機の窓から外を眺めると、山々の緑や海などが少しずつ見えてきた。
人工物ばかりのネモフィラとはまさしく別世界だ。
地上に降り立つと、まず、宿泊予定の温泉宿に荷物を預けた。
そして、ここからが1日目のメインイベント、海だ。
今回来た場所は、島々の浮かぶ海で、大きめの島は橋で本土と繋がっており、実際に行って散策することができる。
私たちもひとつの島に向かうことにした。
橋は思っていたよりも長く、大きかった。橋は水面ぎりぎりに造られており、まるで海の上を歩いているような感覚になる。やはり地上は陽射しが強く、少し蒸し暑さを感じていたが、海風がとても気持ち良い。
やっと島に着いた。島は全体的に木々で覆われており、木陰は涼しく木漏れ日が柔らかい。空気も澄んでいる。
久々の自然との触れ合いにわくわくする。
そこで、私はふと気がつく。あれ、颯真さんは?
最初こそ隣あって歩いていたが、いつの間にかいない。
後ろを振り返ると、かなり遅れてようやく橋を渡り終えた颯真さんが、わずかに息を切らしていた。
「大丈夫ですか!」
「ええ、何とか」
温室育ちのネモフィラ民には、いきなりの太陽光と運動量が応えているようだ。
「ちょっと休みます…?」
心配になって尋ねると、颯真さんは、ペットボトルのミネラルウォーターを取り出して飲んでから、
「いえ、まだ大丈夫です。島の突き当たりに海を一望できるところがあるそうです。そこまで頑張ります」
どうやら予習はばっちりのようだ。
体は若干ついていけていないようだが。
「そうなんですね!よし、じゃあそこまで行きましょう!」
どうやら島は行きは上り斜面ばかりのようだ。地面も当然、山道のためでこぼことして歩きにくい。
もともと観光で歩く予定だったので2人とも歩きやすいスニーカーだが、完璧に整備されたネモフィラの平坦な道とは歩きにくさが比べ物にならない。
見かねた私は、転ばないよう、前に歩みを進められるよう、颯真さんの手首を掴んだ。
ほとんど会話のないまま、ひたすら目的地を目指す。
途中、斜面を下ってくるカップルとすれ違った。男性の方が女性に手を差し出してエスコートしている。実にスマートだ。とても仲睦まじい様子で、見ているこっちまで微笑ましく思えてくる。
もしかして、私たちも側から見ればそういう感じに見えたり…、私は颯真さんの手首を掴んだまま、後ろを振り返る。
……、しないな。うん。間違いない。
今にもへばりそうな颯真さんとぐいぐい引っ張る私という私たちの構図は、どう見ても“介護”だ。
いや、いいんだ、別に。私たちは夫婦ではあるけど恋人ではないし。全然、憧れるとか思ってないし。
その後も何とか颯真さんの歩行を介助しながら進んでいくと、突然、視界が開けた。
そこだけ木がなく、ぽっかりと空いた空間。柵の先には太陽の光を反射して、きらきら光る海が見えている。ざぁっ、という音に誘われて柵に近づき下を見ると、崖のようになっており、波があたって白い飛沫が上がっていた。遠くの海は真っ青だが、すぐ下の水の色は少し緑がかって見えた。
「うわぁ!海!」
0点どころかマイナスの評価しかつかないような感想が私の口から出た。
隣の颯真さんをちらりと見ると、先ほどまでのどこか疲れた様子はなくなり、ほぅ、とため息をついて、目の前に広がる景色を眺めていた。
「どうですか?初めての海は」
私が尋ねると、颯真さんはこちらを向き、
「こんなにも五感を使ったことは今までなかったです。潮の香りも、反射した太陽の眩しさも、海の青さも、波の音も。全部初めて知りました。とても美しくて新鮮で。亜実さんが勧めるのも納得です」
颯真さんはとても嬉しそうに、無邪気な笑顔を見せた。いつもの控えめな表情の変化どころではない。なんて破壊力だろう。
「っ!それは、よかったです」
私もつられて笑みを浮かべたが、せっかくきれいな景色が広がっているのに、颯真さんの笑顔からなかなか目が離せなかった。
その後、慎重に下り道を歩き、必死の思いで島から脱出し、お昼ごはんを食べにお店に向かった。
2人して海鮮丼を頼む。マグロ、トロ、頭付きのエビにタイ。これでもかといろいろな魚ののった贅沢な一品だった。
「生の魚とはこんなに甘みのあるものなんですね」
またしても颯真さんは初のお刺身に興味津々だ。
たしかに、ネモフィラではせいぜい食べて焼魚だ。
とてもおいしくいただいた。これだけでも海辺にきた甲斐があった。私は大いに満足した。
エネルギーを補給できたおかげか、颯真さんも元気を取り戻したらしい。
この後は予約していた遊覧船で、海上を1時間ほどかけて周ることになっている。
時間までめいっぱい休むことした私たちは、お茶を飲みながらのんびりと外を眺め、とりとめのない会話を楽しんだ。
ふと気がつくと、どうやらのんびりしすぎていたらしい。遊覧船の時間が迫っていた。
私たちは慌ててお会計を済ませて外に出た。遊覧船乗り場へと急ぎ向かおうとすると、運悪く団体客に遮られ、颯真さんとはぐれかけた。
「亜実さん!」
気づいた颯真さんが引き返してきた。
「すみません!あやうく御一行様に仲間入りしそうでした」
私は思わず苦笑いを浮かべる。
「それより、急がないとですよね!」
時間をロスしてしまった分、早くしなければ。そう気が急いて、私が歩き出そうとすると、
「失礼します」
そう一言断って、颯真さんは私の手を取った。
「え?」
「こうすればもうはぐれずにすみます。行きましょうか」
どこかいたずらっぽく微笑んだ颯真さんは、そのまま歩き出した。
颯真さんの手は私の手をすっぽり被う。手、大きいんだな…。颯真さんの身長は目算で私より15センチは大きい。どんなに細身でも、やっぱり男の人なのだ。
温かい…。繋がれた手に安心感を抱きつつ、私は颯真さんに続いて目的地を目指した。
ついに始まりました、2人の旅行回。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。
ここで1週間ほど投稿をお休みいたします。
ですが、きちんと投稿は再開する予定です。
この旅行を経て2人の関係に変化があるのかないのか。
投稿再開後も引き続き、亜実と颯真の紡ぐ物語にお付き合いいただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします。