いざ、地上へ
「よし、いい感じ!」
私は、全身鏡でメイクと髪型と服を最終チェックする。
くすみオレンジのサロペット、オフホワイトの半袖のTシャツ、そして上には長袖のシアー系のベージュのシャツを羽織る。
セミロングの髪はゆるく巻いて、バンダナカチューシャで飾る。メイクも服装に合わせてオレンジ系で統一してみた。
普段、研究に明け暮れるネモフィラでは、周りもそこまで着飾っていないし、万年助手の私が身綺麗にしていても、暇なのかと思われそうで、あまりおしゃれはしないし、メイクだって薄くしかしない。
ただ、今回は何と言っても旅行だ。たまには私だっておしゃれしたい。だって女の子だもの。
というわけで、服はコーディネートアプリで出てきたものを思い切って購入したり、メイクも何日か前から夜1人で試したりと自分でも引くほど気合いが入ってしまっていた。それに、何と言っても颯真さんの隣を歩くのに少しでも自分をマシに見せなければならない。
何もしなくても整っている颯真さんとの差に軽く理不尽さを感じる。だが、同じような思いを抱える女の子の強い味方である、道具と技術のおかげで、いろいろ隠したり盛ったりという手段を採ることができる。
そのことに感謝しつつ、今日の出来栄えはなかなかだと自分でも思えたので、満足して私は部屋を出た。
ちなみに、今回とてもお世話になったこのアプリ、なんと、天候や気温、その人の目や肌などの色味、骨格などを総合してコーディネートを組んでくれるという優れものだ。
また、手持ちの服をすべてデータとして保存し、そこからコーデを選んだり、通販サイトと連携しているためそこから服を探し、新しく買うこともできる。
ネモフィラの気温は常に20度くらいに保たれている。都市全体に人工の膜が張っていて、紫外線、熱、雨などを完全に遮断しており、温度も湿度も人工的に管理している。
それに比べて、地上は天候に左右される。
幸い旅行中は予報だと晴れになっており、日中は気温は26度くらいまで気温が上がるらしいので、下は半袖を着ることをおすすめされた。
わくわくしながら荷物を持ち、玄関で待っていると、少しして颯真さんもやってきた。
髪型は少しワックスをつけていて、いつもと雰囲気が違う。
と思ったら、いつものシンプルなシャツとスラックスという服装とは異なり、オーバーサイズで肘が隠れるくらいの袖の長さをした紺色のシャツに、中は黒いロゴの入った白いTシャツ、それに明るいベージュの細めのパンツ姿だった。
「珍しい服装ですね」
若者らしい格好をしている颯真さんに驚きを隠せない私は、思わず言った。
「亜実さんこそ」
……。その言葉に、私は人のこと言えないということに気がついた。たしかに、私の普段着も着心地重視の着古したものばかりだった。今さら恥ずかしくなってくる。
「アプリで選んだんです」
そう言って、颯真さんはスマートフォンの画面を見せてくる。
「え、颯真さんも使ってるんですか」
なんと、私が服を選ぶのに使ったのと同じアプリだった。
「正確にいうと、これ、学生時代のクラスメイトが作ったものなんです。なので、昔、無理矢理実験台として使わされて、何着か購入したことがあって。まあ、今回ちょうどよく着られそうなものがあって、結果的には助かりました」
さすがSクラス。あんな有名なアプリの製作者と知り合いとは。
つくづく住む世界が違うな、と思い知らされる。少しは距離が縮まった気がしていたけど、やはり遠い存在なのだ。そう思えてしまって、どうしようもなく寂しくなる。
不安げな顔をしてしまっていたのだろうか、颯真さんは私の顔を覗き込み、
「亜実さん?どうかしたんですか?」
と少しだけ眉を寄せた表情を浮かべる。
最近、颯真さんの薄く変化する表情にも慣れてきて、少しは読めるようになってきた。
いけない、心配させてしまっている。
せっかく楽しみにしていた旅行なのに初っ端からこんなのではだめだ。テンション上げていかなくては!
「何でもないです!それより楽しみですね!」
先ほどまでのわくわくした感情を無理矢理にでも呼び戻した私は、心から楽しみでしょうがないという笑顔を浮かべることに成功した。
そんな私の華麗な切り替えに一瞬置いてきぼりを食らった様子の颯真さんだったが、
「そうですね。では、行きましょうか」
そう言って微笑んだ。
「はい!」
私たちは、結婚してから初めて、2人で玄関を開けて外へと足を踏み出した。