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期待の奉仕(4)

ネモフィラ学園での5年間はあっという間に過ぎた。

颯真と舞香は互いに切磋琢磨し合い、素晴らしい功績を上げていた。


最終学年にして、颯真は、卒業後の進路を迷っていた。



そんな颯真に話があるといい、陽平は颯真を自分の研究室のある研究所に連れて行った。

そして、研究室に行く前に、颯真の母がかつて働いていた場所を見せてくれた。


「ここが颯真くんのお母さんが働いていたところだよ。といっても、残念ながらそれを証明するようなものはもう残ってはいないけどね」

陽平は当時を思い出しているのか、懐かしそうに辺りを見回した。


「君のお母さんは、素晴らしい研究者だった。学生時代から、明るくて優しくて、みんなに好かれてた。でも、それ以上に、芯の通ったとても強い女性でね。研究が上手くいかなくても、周りに先を越されることがあっても、すぐに次を見据えて納得いくまで研究に打ち込んでいた。実は、君のお母さんは、私の初恋の相手でもあったんだ」


あ、奥さんには内緒だよ、あくまで昔の話だから、そう言って、陽平は颯真に向かって茶目っ気たっぷりに笑って見せた。


颯真は、6歳までの記憶でしか母のことを知らない。陽平から聞く母の話は、颯真にとってとても新鮮だった。


陽平の研究室に着き、椅子を勧められて、お互い向かい合って腰を下ろす。

「君は、進路を迷っているそうだね。よければ何に迷っているのか聞いてもいいかな?」


「はい…。ずっと夢だったんです、父のようになるのが。父も母も、僕が立派な数学者になるのをずっと期待してくれていたんです。いろいろなことがあったけれど、それでも、僕にとってもそれが一番やりたいことだと思いました。でも、それだけで決めてしまっていいのかわからない。選んだことによって、またいつか数学をやめたいと思ってしまう日がきたら、と思うと怖い。数学を失った僕には何も残らないから」

颯真は自分の足元に視線を落とす。


「颯真くんの顔はお母さん譲りだね、目元なんか瓜二つだよ。そして、君のその数学の才能は、お父さん譲りだ。君のお母さんもよく言っていたよ、君はふたりにとって宝物なのだと。でもね、君の価値は数学だけじゃない。君のご両親は数学ができるから君を大切にしていたわけじゃない。もし、数学が嫌になったら、また、その時考えればいい。結果的にどんな道を選んだとしても、颯真くんは颯真くんだよ。だから、もし今、心からやりたいと思えることがあるのなら、その思いを大事にしてほしいと、私は思うよ」


その言葉に、颯真は、はっとして陽平を見た。そんな颯真に、陽平はうなずいてみせた。




卒業後、颯真は無事、数学者となり、順調に研究の成果を上げ、かつて思い描いた夢の通り、父と同じく立派な数学者となることができた。それは、誰かが望んだからではなく、颯真が颯真自身で考え、行動した結果だ。


だが、それと同時に、周囲は再び彼に執着し始めた。そして、自分の娘を売り込んでくる者や、妻に立候補してくるような女が年々増えた。なかには軽く実力行使に出ようとする者までもいて、颯真は辟易していた。


そんなとき、陽平が彼を訪ねてきた。


「久しぶりだね、颯真くん。元気そうでよかったよ。この前の論文読んだよ。やっぱり君はすごい。ご両親もきっと君の活躍をどこかで見ているだろうよ」


「ありがとうございます。本当に、そうだといいです。ところで、何かご用でしたか」


「君の様子を見に、ね。全然顔出してくれないから。たまには帰ってきてくれてもいいんだよ?妻も、『颯真くんはどうしているかしら、元気にしているか心配だわ』って。舞香なんてここにそのうち押しかけてきそうな勢いだよ」

陽平は冗談とも本気ともつかないことを言う。


「それは…、すみません。なかなか時間を作れず、いえ、これは言い訳ですね。今度必ず」

バツが悪そうに颯真は答えた。


「そうだよ、いつでも待ってるよ。あと、少し話がある」


「?」


陽平は、掛けていた椅子から身を乗り出し、しっかりと颯真の目を見据えた。


「私は昔、君に、何も強要させないと言ったね。でも、ネモフィラにいる以上、結婚は避けられない。だから、せめて、君の能力や容姿だけを見て寄ってくる人などではなく、君自身をちゃんと見てくれる人と結婚してほしいと思ってね。今日は、縁談を持ってきたんだ。でも、これはあくまでただの提案だ。君がいいと思えば受けてくれ。君がいやだと思えば、理由は何であれ受ける必要はまったくない」


陽平は最近の颯真の周りの動向を知り、颯真の負担を減らそうと、縁談を用意してくれていたのだ。颯真はありがたく思うとともに、陽平が選んだ相手に興味を持った。


結果、颯真は縁談相手、中森亜実と結婚することになった。


ーーーーーーー


颯真さんは、話を終えると手元にあったカップを持ち上げて喉を潤していた。


いつの間にか、私の頬には涙が伝っていた。


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