結婚、しました(?)
初投稿です。よろしくお願いします!
現代の科学技術の中枢ーーーーー空中都市・ネモフィラ。
そこにあるのは理想郷か、それとも……
目の前に置かれたタブレットの画面に表示された文書ファイル。たったひとつの欄を除き、すべての項目には既に記入がなされており、残るひとつさえ埋めてしまえばこの文書は完成する。
私はおもむろに右手にタッチペンを持ち、一文字一文字丁寧に綴った。
妻になる人: 中森亜実
そう、この文書は婚姻届である。私は今日、結婚するのだ。
緊張しつつも自分の名前を書き終え、タッチペンを机上に置きつつ、目の前に座る男性を見た。
その人物は私の視線に気がつくと、手にしていた別のタブレットから顔を上げ、
「入力、終わりましたか」
と問うてきた。淡々としていて、まるで感情の読み取れない、機械の音声と変わらない、いや、機械の方がもう少し愛想があるのではないかと疑うほどの声色だ。
「はい、えっと、この後どうすれば…」
待たされすぎて、怒っているのか、はたまた呆れているのか。感情が全く読み取れない顔に戸惑いながら尋ねれば、
「貸してください」
と、私の手からタブレットを抜き去った。
画面をスクロールするのをぼんやり見つめていると、
「送信が完了しました。無事、受理されたようです。お疲れさまでした」
と声がした。口元が動いているのを見ていなければ、本気で音声ガイドかと思った。
そして、無表情のまま、「受理いたしました」とひとこと書いてある確認メールの画面を見せてきた。どうやらこれにて結婚成立らしい。
私の住んでいる都市では、婚姻届は文書ファイルに必要事項を入力し、最後に2人のそれぞれの署名をすることで完成し、これを役所に送信し、受理されることで婚姻が成立する。とても簡単なシステムだ。
でも、こんなお手軽にデータひとつで結婚できちゃっていいんでしょうか。
え、まったく実感湧かないんですけど?
私もう既婚者なんですか…?
なんか、もっと、こう、2人で宣誓し合うとか、指輪交換するとか、なんか儀式とかないものか。いや、せめて、受理したら、結婚おめでとうございます、とか音声流れたり、お祝いモードの画面が表示されたりとか、ないんですか、ね。
「それでは部屋を案内します、こちらへ」
私が複雑な気持ちでいるうちに、音声ガイド似無表情仮面男がタブレットを机に置いて、立ち上がったため、私も急いで荷物を持って後に続いた。
トイレやバスルームなどひとつひとつ案内されながら私の部屋となる場所にたどり着いた。
「では、僕はここで。しばらく部屋にこもるので、お風呂はいつでも自由に使っていただいて構いません」
彼は、事務事項のように告げると、回れ右をして体の向きを変え、自室のある方面に歩き始めた。
……。ロボット……?
ロボットよりはずっと滑らかに関節を曲げながら去っていくその背中に向かって
「あ、ありがとうございます!不束者ですが、これからよろしくお願いします!おやすみなさい!」
慌てて言うも、彼が振り返ることはなかった。
明日から、中森改め来栖亜実としての生活が始まる。でも、あんな(人間にロボット内蔵したみたいな)人が夫で大丈夫なのだろうか。いろいろ不安しかない。
来栖亜実 結婚生活 前途多難。
字余りの出来の悪い川柳みたいに浮かんだ感想とともに、私は、なんとなく虚しい気持ちで自室に足を踏み入れた。