吸血鬼とラノベサークルのみんなで日の出を見る
こちら幽焼け@ラノベレビューVチューバーさまの短編小説ガチンコタイマンバトル参加作品です。
初めに断っておきますが、これを読んだって時間の無駄ですよ?
どこかで見たことあるような、即興の話。
ほぼ幽焼けさんを苦しめるために作ったといっても過言でない駄作なので読まないことをお勧めします。
「お嬢様、もしかして退屈なのですか? 何か無気力な顔をされておりますが?」
メイドのリーメルは、いつも通り優しく私に話しかけてくれる。
生まれてすぐに死別した母の代わりに私の世話をしてくれて、すっとそばにいる彼女は私にとって大切な人間。第二の母親だと思っている。
いつも私を思い、いつも励まし守ってくれた、私の良き理解者には私の心のうちなど見透かすように分かるらしい。
15歳を迎えて数日、今まで感じたことのない感情に駆られている。
それは人間でいう退屈らしい。
今まで本の中でたびたび登場するその言葉を、辞書で引いて何となくで理解していた私は、初めてそれを身をもって味わっていた。
ただただ広いこの館にある広い書庫、生前の父が趣味で集めていた本が数えきれないほどあるその書庫が私の遊び場で、ずっとそこで物語を読み楽しんできた。
それが最近、飽きが来てしまったのだ。
それがなぜなのかよくわからない。でも、読んでいて楽しいと思わなくなってしまったのだ。
退屈で死にそうとは、まさにこのことなのだろう。
「本が楽しくないですか...、困りましたね。新しい本を買ってきましょうか?」
「まだお父様の書庫には私の読んでない本がたくさんあるのよ。新しく買ってきても同じじゃないの?」
リーメルは自分のことかのように悩んでくれていた。
このまま退屈続きなど精神に支障をきたすかもしれないし、かといってどうすればいいのかわからなかった。
「お嬢様は吸血鬼ですから、外に行って新しい発見をするなんてこともできませんしね。」
「外に行ってどうするの?私はあまり外には興味がないのよ」
外には興味がない、もっと厳密にいうと昔はあった。けど、吸血鬼は人間と違い日光を浴びれない、夜中に外を出歩くだけでは行ける範囲もたかが知れている。
それに月の光は日光を反射して光っているだけだ。普通の吸血鬼は不快感は感じないらしいが、私はなぜか月の光にも太陽を感じて気持ち悪くなってしまう。
広大な自然や、沈む夕日が嫌いなわけではない。光が嫌いなわけでもない。
ただ、太陽を感じると灰になってしまいそうで、気持ち悪くなってしまうだけなのだ。
「今のお嬢様の退屈をしのぐには...、には...、はッ!!」
リーメルが何かをひらめいたようにこちらを向いた。
「そういえば、電話会社の方からインターネットなるもののお誘いを受けていたのでした! なんでも、おうちに パソコン や ケータイデンワ があるだけで世界中の人と知り合いになれる画期的なものなのだとか!」
インターネット? 名前と説明を聞かされただけではよくわからなかった。
でも、私の想像つかないものだ、何か面白いことが起こるかもしれない。
「わかったわ。じゃあ、そのインターネットというものを手配してくれる?」
「わかりました。ではさっそく、電話会社の方に連絡しておきますね」
退屈しのぎになれば良いかもしれない、とりあえず、また本を読んで面白く感じれるように心のリフレッシュ程度になればと思った。
数日後、私の館にインターネットがやってきた。
インターネットの取り付けに、電話会社の人間が何人か来た。リメール以外の人間が私の館に訪れたのは何年ぶりのことだろうか。
インターネットを利用するにあたって、パソコンなる物も購入した。
モニターから光が発せられ文字や絵が浮かび上がり、色々な操作をしてインターネットを介し世界とつながったりと、とにかく色々なことのできる画期的な代物。
生まれてこの方このような機械とは関わってこなかったから目新しいものではあったが、もちろんそれだけでは満足しなかった。
リーメルはパソコンの取扱説明書を片手に戸惑いを見せながらも、初めの設定を進めていた。
文字を入力をピンと立てた人差し指で必死に行い、やっと設定が終わった。
ひと段落、慣れないものの操作を終えリメールはやりきっていた様子だったが、問題はこれからだった。
「で、ここからどうするの?」
「検索エンジンを起動して調べたいものを入力すると何かしら出てくる。らしいです...」
指示通り検索エンジンを開くと、入力するところが出てきた。
しかし、調べたいものを入力する? 私は世界中の人と知り合いになれると言われてインターネットを手配したはずだ、別に何か調べたいわけではないのだが...。
でも、今の状況では世界とつながれるとは思えない、何か手順があるのだろうと思い指示に従うことにした。
私の調べたいもの...。
真っ先に思いついたのは物語だった。でも、それでは抽象的すぎる気がしたため、〈小説〉という少し小さな規模にして検索することにした。
検索結果が表示された。
〈小説を読もう〉それが一番上に表示されていた。
とりあえずそのサイトをクリックしてみると、その中には無数の小説が公開されていた。これらは全てWEB小説というらしい。
少し興味がわいたので、小説PickUp!というところから一つの小説に手を付けた。
お父様の書庫にある小説とはまた一風変わった設定と形式の小説ではあったが、素人が書いたものだとすぐにわかった。
今まで文才たちの物語ばかり読んでいた私にはとても新鮮だった。
素人が書いたもの、文才たちとは比べるべくもない内容ではあったが、決して面白くないわけではなく、素人なりの頑張りや考え詰めたのであろう文章に非常に好感が持てた。
次の小説にも手を付ける。
明らかに素人作品、でも悪い気はしない。
突然現実とは違う世界に主人公が迷い込み奮闘する、そんな作品ばかりだった。
でも、各々で世界観が若干異なったり、主人公の受ける処遇など、個性豊かでとても面白いものが多かった。
次の作品、次の作品、気づいてたらのめりこんでいた。
数日ぶりに退屈から解放された瞬間であった。
「お嬢様、楽しそうで何よりです。インターネットを新しく取り入れて良かったです!」
リーメルは嬉しそうにほほ笑んだ。
「えぇ、今までの小説とは一風変わったものばかりだけれど、とても楽しいわ」
気づくと、私の口角は上がっていた。
素人が頑張っている中で他の人々がそれを応援し、次代の文才がはぐくまれていく、そんな場所を見て私は心地よく思ったのかもしれない。
とりあえずしばらくはこのサイトに入り浸ることにした。
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初めてインターネットを触ってからしばらく月日が経った。
初めはピックアップされた作品ばかり読んでいたが、このサイトを起源として書籍化までこぎつけた作品の文庫版も買って読むようになった。
館のある場所から車で数十分かけて人里まで降り、書店で目当ての本を買う。私では当然いけないから、リーメルに毎回買ってきてもらっている。
このサイトで一から始めて書籍化に至る。そういった経緯を持つ作品であると考えると、感慨深いものがあった。
素人が物語を書き、多くの経験を経て書籍化、そしていずれは文才として名を遺す。ちょっぴりではあるが、私もやってみたいと思った。
今まで見ているだけだったが、皆どうやってここに作品を投稿しているのだろう? 改めて考えると、そこから疑問が沸き上がった。
どこかにそういう事ができる場所があるはずだ。そう思い、しばらくサイトの中を探すと、あるページに飛んだ。
〈小説家になろう〉サイト案内
恥ずかしいことに、これまで初めての者が見るべきページをもていなかったのだ。
普通の人ならまず初めにこのページを見るのであろうが、気になったものがあったら他の事そっちのけでやってしまう悪い癖が出たと思った。
どうやら小説を書くにはユーザー登録なるものが必要らしい。今まで気づいていなかった栞機能やお気に入り登録なんかもできるらしい。後でお気に入りの作品を登録しておかないと...。
ユーザー登録の画面に行くと、メールだドレスなる物を要求された。
メールアドレス? よくわからない。こういう時はリーメルに頼むのが一番いいと思い、登録まで代わりにやってもらうことにした。
登録が終わり、私のユーザーホームが開かれる。
メールアドレスに関しては、リーメルが頑張ってくれた。
検索エンジンでわざわざ調べ、新しくメールアドレスを作り何とかここまでたどり着くことができた。
ユーザー名は何にするか尋ねられた時、ちょうどよい名前が思いつかなかったので、本名である〈フォーグリ・ファウナ〉を使うことにした。
ユーザーホームが開かれる。
ページにはいろいろ書いてあったけれど、とりあえず、私の一番やりたい事、新規小説制作を押す。
タイトル記入欄と本文記入欄がある。当然と言えば当然だが、今まで見る側だった自分がこのページを見るとなんだかとても緊張してきて、当たり前のことをいちいち確認しないと収まらないのだ。
ここで数々の試行錯誤が行われ、新しい作品が生まれていったのか。
私もその中の一人になるんだ。
どこまでやれるかわからないけど、やれるところまでやってみよう。そう誓った。
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数日をかけて初めての作品が完成した。
自分が読む側の時は感じもしなかった苦労、物語を作るうえでの難点、自分の至らなさが分かり、真に作家というものが大変かを理解した。
初めての作品だ、私の読んできた文才たちの作品の足元にも及ばない出来ではあったが、とてつもない達成感があった。
〈吸血鬼〉とりあえず手に取りやすい、私自身という題材で初めた。
自分の家にこもっていた吸血鬼が世界を観光して回るお話。
全15000字程度の作品だ。
初めてのつたない作品、見てもらえるかどうか、どう思われるのか、恐る恐る投稿ボタンを押した。
新着欄に私の作品が皆と肩を並べて乗る。これで晴れて私も作家の仲間入りだ。
しばらくして、PV数をみた。
数十PV、そんなものだ。伸びはいい物とは言えない、だけどこれも私の頑張った結果。
今回のを糧にもっと胸を張って頑張ろうと思った。
ふと、感想欄を覗くと一件の感想が送られていた。
驚いた。こんな作品にも感想を寄せられることに嬉しく思いながらも、反面何か嫌なことが書いてないかと想像して少し怖かった。
背筋がピンと立て姿勢をよくし、送られたものを開く。
「この作品、すっごく面白かったです!」
初めにその言葉が目についた。
私の作品を読んだ人の感想は、こうやって送られてこないとわからない。だからこそ、こうしてみることができて、よかったと感想がもらえて、自分のためにもなったし、嬉しかった。
気分が高揚する。思わずにやけてしまった。
まだほとんど読んでいないのに、若干満足してしまっている。貰った感想はきちんとぜんぶ見なければ...。
他のところにも目を通す。
的確なアドバイス、具体的には構成や説明不足の点などこの作品に足りなかった所をアドバイスしてもらった。
それと見やすさについても書いてあった。
このサイトならではの工夫。私の書き方である従来の小説のような書き方だと、このサイトの作り上見ずらくなってしまう。
そこで、最低限見やすくなる工夫の仕方を教わった。
見ずらければ読んでもらえすらしない。だからこそこれが最重要なのだと教えてもらった。
すべて見終わる。非常に学ぶことの多い内容だった。
ウンと背伸びをして緊張をほぐす。
やる気のあるうちにさっきの内容を実践すべく、栄養補給の血液パックを片手に新作の制作に取り掛かった。
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作品を4つ作り上げ、創作にも慣れてきた頃。
私はラノベサークルに入ることになった。
サークルといっても、ただラノベ作家志望の新米たちがグループになって新作の相談や好きな作品の共有をしているだけだ。
私の書いた作品にいつも感想を送ってくれる〈カオル孤〉さんに誘ってもらえたのだ。
私以外は学校の同級生らしい。そんな中に放り込まれるなんてどうかとは最初思った。
でも、リーメルは「これも社会経験ですよ! 何事も悪く思っていては始まりません。それに、私としてはお嬢様にたくさんのご友人を作ってもらいたいですし」といった。
リーメルの言う事なら正しいのだろう。そう思って快諾すると、カオル孤さんはとても嬉しそうにたくさん絵文字を送ってきてくれた。
サークルはツイッターなる物の中で活動しているらしい。
私はその辺疎いので、色々教えてもらいながらアカウントを作り、とりあえず小説家になろうのアカウントと他サークルメンバーのアカウントをフォローした。
「お、フォーグリ・ファウナさん来た! どうも初めまして!!!!」
グループの一人がサークルのグループメッセージにつぶやいた。
私を含め、グループは〈カオル孤〉さん、〈ツラユキ〉さん、〈ときふミン〉さんの4人。
「はい! 僕はツラユキ。好きな作品は〈ラノベ作家は報いを受けるそうです。〉で、好きなことは日向ぼっこ!」
「次、私はときふミン。ツラユキの妹でーす! 好きな作品はちょっと渋いけど〈源氏物語〉。好きなことは食べることです。仲良くしてね!」
「もう知ってると思うけど改めて! カオル孤です! 好きな作品は〈異世界桃太郎~きび団子で神獣手なずけて無双してるから、鬼退治簡単すぎて飽きてきました。~〉です。好きなことはお月見です。これからよろしくお願いします!」
元気に挨拶してくれた。私もできるだけ元気に挨拶しないと...。
「初めまして、〈フォーグリ・ファウナ〉と申します。好きな作品は〈舞姫〉です。好きなことは本を読むことです。以後お手柔らかにお願いします」
失敗した...。
このツイッターには削除機能はないのか? 堅苦しくて、印象の悪い自己紹介文だ。絡みにくい人物だと思われてしまってはどうしよう...。
すると、
「そう畏まらなくていいんですよ! 無理にとは言わないですけど」
「私フォーグリ・ファウナさんとずっと会話したかったんです! 一杯話聞かせてくださいね!」
みんなとても親切で、私のことを歓迎してくれた。
私の書いた作品のどこがよくてどこに感銘を受けたとか、この作品の続編書いてみない? とか、慣れない会話でとても緊張してしまったが、これも悪くない。
「そんでそんでフォーリナさん!」
「フォーリナ?」
「あ、すいません! つい癖で名前を略してしまいました!」
フォーリナ。なぜだか気に入ってしまった。スッと入ってサラッと抜けるような、そんな印象のあだ名。
「いえ、大丈夫です。なんだか可愛らしいあだ名で、私も非常に気に入りました。使わせてもらってもよろしいですか?」
「えぇ! もちろんもちろん!!!!」
インターネットで本名を使うのは本当はよくないのですが...。とリメールが言っていたのを思い出した。
それに何のひねりもない名前だったので、改めてペンネームとして小説家になろうとツイッターの名前を〈フォーリナ〉に変えた。
初めてのあだ名。これも悪くない。
サークルに参加して正解だった。
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突然、ツラユキさんから長編小説の執筆のお誘いが来た。
そこまで描けるのなら、ランキングに乗りやすい長編もかけるんじゃない?とのことだった。
たしかに、執筆するにしても作品はランキングに乗せたいし、今まで手を付けなかった長編を書くことで新たな気づきが得られるかもしれない。
そう思い、長編作品に取り掛かることになった。
主人公はやはり吸血鬼で、お城を飛び出して海賊になる。意外性を求めた作品にした。
ほぼ初見の海というキーワードには苦戦した。
私は海を見たことがない、だから海の描写を極力削り、筆を進めていった。
十数話ができた頃、意見を求めるためにサークルのみんなに作品を送った。
「うーん、やっぱ海賊だし、もっと海の広大な感じを表現したほうがいいんじゃない?」
痛いところを突かれてしまった。
確かに、海の表現がほぼ皆無の海賊の話なんだ。海が無ければそれはもうただの賊で、大海原があるからこそロマンがあるのは分かる。
でも、でも...。
「実は私、海見たことないんです」
少しの間、返信が来なかった。
何か気に障ってしまったか?海なんて知らないふざけた奴だと思われてしまったのだろうか? 不安が私の心の中にあった。
「そういう事もありますよね! 私だって、サンタクロース見たことないし、気にすることないですよ! ね!? ときふミン!!!!」
「えぇ! そうですよ! なんかすいませんねぇ!! うちのバカがなんか!」
ああ、この人たちはとても優しい、気を使ってくれているんだ。
海は地球の表面の7割を覆っている。そんな代物を見たことがないなんて、どんな時代を探しても珍しいだろう。
ましてや、ここは日本。大陸内部でないのだからなおさらだ。
「もし答えたくなかったら別に答えなくていいんだけど。なんで見たことないんですか? 本当答えたくなかったら別にいいんですけどね!?」
もっともな質問だ。
この人たちは多分人間だろう。
私みたいな人間の形をした亜人属は非常に珍しい。
私が吸血鬼だと知ったら、どう思うだろうか...。
「それは、私が吸血鬼だからです。それも、とびきり日光に弱くて、月の光も無理なんです」
怖かった。
せっかく作ることのできた居場所。家以外での新しい人間の知り合い。
どうなってしまうのかわからなかった。
でも、隠したくはなかった。
「えぇ! 衝撃の真実!? あの憧れの亜人と知り合いになれるだなんて...。嬉し!」
意外。まさしくそれだった。
「俺はそんな貴重な存在と話してたのか!? 友達にじまんしよ!」
「そうだったんですね! なんだか、今まで築かなくて申し訳なかったです。私、今まで何か失礼なこと言ってませんでした?」
とりあえず、よかったというべきか。
後に聞いた話、人の界隈では亜人属はいわばアイドル的な存在らしい。
特に若い世代の人たちには人気が高く、存在してるだけでちやほやされているらしい。
よくは分からなかったけど...。
その後は、私についてのお話をした。
母が私を生んですぐに死んだこと、父は出張に行ったっきり行方不明になったこと、自分の館から出たことがない事、私が知っている分だけ全部話した。
みんなとても興味津々だった。積極的に質問してきたり、すごく激情的に共感してくれたりした。
私が外の世界を知らないことに同情してくれたし、励ましたりもしてくれた。
そして何よりうれしかったのが
「じゃあ、今度フォーリナの家にいこうよ! いっぱい写真とか音楽とか持ってって、フォーリナの知らない世界を少しずつ減らしていこうよ!」
「賛成! あ、もちろんフォーリナがよかったらだけどね!」
「いいじゃん! 私お気に入りのラノベも持っていく!」
みんなが私のために、色々してくれようとしてる事だった。
「いいですよ。」
思わず反射で売ってしまった。
まだリメールに許可も取っていないのに、でも売ってしまったのだから仕方がない。リメールには事後報告ということで、話に行った。
「お嬢様がそうおっしゃるなら別にかまいませんよ。こういうことになって、お嬢様の顔が明るくなったのが私とても嬉しいです!」
リーメルはとても嬉しそうだった。
私に用意できるものは特にない。この館には本くらいしかないし、もてなすことはできないがせめてと思い、小説に出てきたおまじないのアイテム〈ミサンガ〉を作ることにした。
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数日後、私の館に三人が来た。
リーメルが買い物をしに向かう街と三人の通う学校が意外に近く、すぐに来る準備を整えることができあた。
リーメルが車で迎えに行っている間、とても緊張でいてもたってもいられなかった。
身だしなみを整え、きちんとしゃべれるように発声練習もする。
吸血鬼なので血生臭くないように大衆をチェックして、香水までつけた。
そうこうしているうちに、リーメルが帰ってきた。そして、その後ろに三人の人影があった。
「お嬢様、皆様方をお連れいたしました」
「初めまして、フォーリナさん!」
「わぁー、カワイイ! お人形さんみたい!」
「すげぇ、豪邸だ! 物壊さないようにしないと」
初めて私が呼んだ来客。人自体が来るのが珍しいこの館で、初めて同年代の子。
人自体リーメルル以外は見ないのに、同年代の子が来るとなると、どうしても高ぶらずにはいられなかった。
「どうぞ入ってください。何もないですけどくつろいでいいですからね」
「事前に聞いてるので、お菓子とかも持ってきてます!」
「ジュースも持ってきてるぞ!」
早速二階の私の自室に招き入れた。
「へえー、ここで小説を書きあげてるんですね」
「わあ、ベットに天蓋がついてる! なんか高そう」
殺風景な部屋。吸血鬼の私は日光を浴びれないので、窓はなく換気口があるだけ、閉鎖された空間。私は慣れているが、みんなは大丈夫だろうかと思ったが、
「窓がないなんて、秘密基地みたいだな!」
何とも頼もしい。私は普通じゃない作りのこの部屋が嫌いなのだが、みんなはこうやって好意的にとらえてくれている。
テーブルを用意し、みんなで床に座ってお話をする。なんだか、女子会をしているようでウキウキしてきた。
本の中ではたびたび登場する女子会、みんなでお菓子を持ち寄って楽しい話をする。念願かなって達成された気分だった。
ツラユキさんは男であるから、よくよく考えるとお茶会の方があっている気がする。
テーブルの上にはたくさんの見たことのないお菓子が並べられる。
ジャガイモをスライスして油で揚げたもの、カカオをすり潰し油と砂糖で固めたもの、小麦粉を卵とバターで混ぜて焼いたもの。どれも初めて見る者ばかりだ。
「皆さんはこのようなお菓子を普段たべているんですか?」
「そだよー、あんまり食べ過ぎると太るから最近は控えてるけど」
「もうデブなのに!?」
「おい、殺されてぇか」
本当に愉快な人たちだ、お菓子の話だけでこれだけ可笑しな話ができるのだ。暇になる隙さえない。
「はい二人ともそこまで、私はフォーリナの食べてるものが知りたいなー。普段何食べてるの?お菓子とか食べる?」
「いえ、お菓子は食べたことがなく、そもそも人の食べ物もあまり食べないので。普段は政府の方から提供される血液を飲んでます」
「そっか、吸血鬼だもんね。人の食べ物とか食べたくなったりは?」
「ないですね。うちのリーメルはあまりおいしくなさそうな携帯食しか食べてなかったので」
「何型がうまいとかあるの?」
「特に考えたことはないですね」
食べたことがないもの、今まで興味すらなかったお菓子を口に運んだ。
鋭くとがった八重歯でお菓子をかみ砕く、今まで血を吸う事しかなかったからうまく噛み砕けなかった。
口の中でコクのある優しい甘みが広がる。噛めば噛むほど唾液と混ざり、さらに甘みが引き立つ。
砂糖の甘み、いままで血の鉄臭い味しか味わったことのなかった私にとって、他には代えられないほど心地の良いものだった。
心配であったが、どうやら私にはきちんと味覚が備わっていたらしい。
みんなと同じ気分になれたことと同時に、未知の感覚が二重になって幸せな瞬間だった。
「どう? クッキーの味は?」
「とても美味しいです。人の食べ物はこんなにおいしいのですね」
「おうよ! 遠慮せずジャンジャンくいな!」
次々と新しいお菓子に手が出る。こんなにおいしい物が世の中にはたくさんあったのか、物の味がよくわからないリーメルはあまり食べ物を買ってはこなかったから、私にとっては至福の時だった。
「こんなにおいしい...、吸血鬼にとって血液以外栄養にはなりませんが、これなら時間を割いてでも食べたいですね」
「そう? ならお菓子だけじゃなくて他のちゃんとした料理も食べようよ! 私作れるよ!」
「カオル孤の料理!? フォーリナちゃんカオル孤の料理はすっごく美味しいんだよ! なんてったって料理研究部のエースなんだから!」
「あ、でも今すぐは流石に無理ね。材料もこちらで準備しなきゃいけないし、時間もかかっちゃうからまた来た時にしましょう」
「わかりました。ではその時まで楽しみに待っていますね」
また新しい楽しみができてしまった。
人の手料理、いったいどんな味がするのだろう。期待せずにはいられなく、今から待ち遠しかった。
そうしたところで、今日のメインに映った。
ツラユキさんが大きなカバンから一冊の本を取り出す。
〈世界の名所100選〉
広げたページには、大きな真っ白のお城に雲一つない晴天の青、赤や黄色に色ずく葉っぱに和風のお城、広大な空を水平線の彼方まで映し出す湖面。
私が想像もしなかった。美しい光景がそこにはあった。
一ページ一ページめくるごとに、まったく違う風景が見える。
私の表現になかった世界がこの本の中に詰まっていた。
「ラノベをいっぱい持ってきたせいで入れるスペースが無くて、それ一冊だけだけどいい?」
「いいです、勿論。素敵な風景、外の世界にはこんなものが広がっているのですね。本当に美しい、ありがとうございます。皆さん」
実際に見ることはかなわない、でもそこには確かに外が広がっていた。
「これ、貰ってもよろしいですか?」
「そりゃもちろんいいよ! ね? ツラユキ?」
「勝手に決めるなよ! まあでも、もともと上げるつもりで買ったものだしいいぜ!」
「ありがとうございます。宝物にしますね」
口角が緩みきって、いつの間にか笑顔になっていた。
そんな私を見て、三人も嬉しそうにしている。
お菓子を片手に、ツラユキさんが持ってきてくれたラノベを読み、内容について談義する。
最近のトレンドから、少し前に流行ったもの、今なの連載の続いてる名作など新しい見聞を得るには非常に役立つものばかりだった。
新しい表現、新しい価値観、新しい人間性、たくさんの新しさが作品の中で語られ、それを読者として読み解いていく。
私だけでは気づかないような点も考察を交えて皆さんが私に教えてくれる。非常に楽しく有意義な時間だった。
そんな楽しい時間を過ごしていると、リーメルが私の部屋に入ってきた。
「皆さま、もう日が沈む時間帯ですよ。夜遅くになると危険ですし、帰りの車を用意してありますので、そろそろ準備をお願いします」
もうそんな時間なのか、と驚いた。
楽しい時間はあっと言う間に終わる。そんな話をたくさん読んできたが、実際に自分が味わうともっと楽しみたかったという気持ちになる。
「あれ、もうそんな時間ですか? じゃあみんな帰ろうか!」
皆さん荷物をまとめ帰りの準備をしていく。
荷物を背負い、私を背に車に乗り込む皆さんを見て私は、少し寂しい気持ちになった。
「あ、そうだ。フォーリナさん! またみんなで遊びに来ますけどいいですか?」
振り返ってそういったのはカオル孤さんだった。
「もちろんです。今度は料理の方を楽しみにさせていただきますね!」
黒塗の車に乗って帰る三人を玄関先で見送った。
玄関から見える景色は狭く、去っていく車を十分に追うこともできなかった。
日はすでに赤く染まり、山の後ろに沈もうとしていた。
このくらいの光なら少しは耐えられるだろうと思い、思い切って外に出た。
車はすでに小さく、遠くに行ってしまっていた。だけど、それでも三人に届くように大きく手を振った。
車が見えなくなるまでずっと振っていた手は、太陽の光で少し焦げていた。
でもなんだか、ちっとも悪くない気分だった。
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「お嬢様、その本お気に入られたのですね。見ている間、ずっと笑顔でしたよ」
三人を送って帰ってきたリーメルが笑顔でそういった。
「うん、とっても美しいから。リーメルもこういうの見ていいなって思ったりするの?」
リーメルは少し、困っていた。
「私ですか? 私はお嬢様の従者になった時に入らないものをすべて捨ててしまったので、お嬢様の安寧と幸福以外いいものだとは思わないですね」
変な人間だとは思っていたけど、私の従者は私の考え以上に異常だったらしい。
偏りきった思想、私に向けられた好意なのでうれしくはあるが少し心配になった。
だけど、これも面白いキャラクターになるのでは? そう思った。
「そういえば、カオル孤様から伝言を預かっていたのでした。来週の土日は三人とも来れるそうです」
「来週の土日ね。じゃあ、今から準備しなくちゃ、リーメルあなたも手伝ってくれる?」
「もちろんです」
今日から6日後、また三人が来ることになった。
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約束の土曜日が来た。
前回は招き入れたのにもかかわらず、なにも用意できなかったのでリーメルに頼みお菓子や食べ物を用意させた。
それと、カオル孤さんがぜひ料理を振舞いたいとのことなので、料理の道具一式も用意させた。
数年間使うことがなかった調理室はホコリとクモの巣だらけだったので、二人で協力し掃除し最低限使えるよう整えた。
すでにリーメルは車を出し、三人を迎えに行っている。
早くも二回目の訪問、前回よりは緊張していない。
三人が来た時すぐに出迎えられるよう玄関で待機していた。
車の音が聞こえる。三人が来た。
扉が開き、隙間からあ光が入ってくる。
「どうもー、また来ましたよ!」
「お久しぶりです。皆さま! 今日は私たちが色々用意しておきました。さあ、早く中へ」
三人の荷物をもってさっさと二階へ行くと、自室に荷物を置いてすぐさま食堂に向かった。
リーメルがそれは私の仕事ですと言わんばかりにしていたが、気にも留めずにササッと済ませた。
「今日はカオル孤さんがお料理を作って下さるとのことでしたよね! 私待ちきれませんでした」
「そんな期待されると照れるなぁ~」
「でも、カオル孤のお料理は絶品だぜ! 俺が保証する!」
一階の食堂、その先にあるキッチンには一斉に何人前も作れるほどの調理スぺエースが設けられている。その様子からして、昔は料理人がいて、今の様によく来客がこの館に来ていたのだろう。
「広いキッチン! 素敵な調理道具までそろってる!」
「ここは自由に使っていいですから、何かあったら申してください」
そういうと、カオル孤さんを一人残して皆で食堂に待機することになった。
お菓子はとても甘くて美味しかったが、料理はいったいどんな味がするのだろうとワクワクが止まらなかった。
しばらくの間、他の皆さんと話をしていると、キッチンからカオル孤さんが料理を終えて出てきた。
「はいみんなー! 料理で来たよー! 今日はカオルコ特製チャーハンです!」
目の前に置かれた皿には、ホカホカと湯気を立ち昇らせた艶のある米のチャーハンがあった。
「うひょー、今日はチャーハンか! これは随分と気合が入ってるな!」
「カオル孤のチャーハンは格別にうまいわよ! ささ、食べましょ!」
立ち上る湯気からは、香味が効いたうまそうな匂いがする。
手元にあるスプーンでチャーハンをすくい、口に運ぶ。
一粒一粒が卵でしっかりコーティングされてパラパラ、具材のエビはプリっとしていて、チャーシューは噛めば噛むほど味が溶け出し米とよく絡んでいた。
これがチャーハン、お菓子は甘いものであったがこちらは違う。
やさしい味わいではなく、香料や火力の効いた力ず良い味わい。
今まで感じなかった刺激は、まさに極上の者だった。
一粒も残すことなくスプーンですくい上げ、気が付けば完食していた。
おなかがいっぱい、表情は自然と満足そうなほぐれた顔になっていた。
「おいしそうでよかった! キッチンのコンロの火力もすっごく高くできたから、いつもよりもおいしくできたんだぁ!」
「とてもおいしかったですよ。 また作ってもらいたい気分です」
気づけば全員笑顔になっていた。
みんなで食卓を囲む、本の中にいた人たちはこういう気分だったのだろうか。そう思うと、すごく自分が人間らしいことをしているのだと気が付いた。
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皆さんが来てから数か月がたった。
長編作品も大詰めを迎え、あともう少しで完結するところまで来ていた。
三人はあれ以降土日のどちらかには必ずやってきて、私と遊んで帰ることが習慣になっていた。
静かな館は、いつの間にか賑やかさを手に入れて、私自身も徐々に明るい性格に変化していった。
ある日のこと、グループメッセージでときふミンさんがつぶやいた。
「さっき調べたらさ、フォーリナちゃんの家のすぐ近くに激エモな場所があるみたいなの!」
「激エモですか?」
「そう! 知る人ぞ知る名所的な感じね! なんと、夏になるとそこではきれいな蛍の群れが見れるんだって! 出てくるのは今の夏の季節だから、今度みんなで行ってみない?」
蛍の名所、日本で美しいものとして知られる蛍の風景。それがこの近くにある、それがどんなものかは写真でしか知らなかったが、すごく見てみたいと思った。
だが、私は月の光ですら浴びることができない。その旨を伝えると、
「じゃあ、行くときは次の新月の日にしよう! それならみんなで行けるよ!」
こうして、私たちは蛍を見に行くことになった。
このことをリーメルに伝えようと思ったが、やめた。
リーメルは私が外に出るのをすごく恐れる。私がほとんど外に出ないのもそのためだ。
しかし、今回ばかりは邪魔されるわけにはいかない。私はどうしてもみんなと行きたかったから。
事前にそのことはみんなに伝えておいた。初めは本当にいいのか? と心配していたが、私のどうしても見たいという旨を伝えたら、承諾してくれた。
リーメルには、その日お泊り会をするとだけしか言っていない。
数日後、新月の日が来た。
昼間にいつも通りリーメルが迎えに行き、みんなが館についた。
バックの中身はいつもと変わって、懐中電灯や一眼レフカメラなどが入っていた。
ときふミンさんが日中に館を出てルートを確認しに行く、途中迷うことのないように木に目印となる蓄光石を括り付けてきてくれた。
いつも通りラノベを見て過ごし、夜中リーメルが寝たのを確認してみんなで外に出た。
あたりは真っ暗で何も見えなかったが、かろうじて近くの三人の顔だけは見えた。
季節は夏、昼間と打って変わって涼しい風が吹いている。
空には月も出ていない。
私たちは、蓄光石がまだ光っているうちに目的の場所を目指した。
林の中から鈴虫の音が聞こえる。
今まで館から出たことがなかったから、舗装されていない道も、懐中電灯の光を頼りに進むのも初めてだった。
自分の周りにはこんな風な世界が広がっていたのかと初めて気づく。
暗くて怖い道のりだったが、みんなで手をつないで歩いたから、不思議と不安はなかった。
奥へ奥へと進んでいくと、ぽつぽつと緑色の光が見えてきた。
奥へ進むにつれ次第に光は増えていった。
林を抜ける。
すると、そこには
無数の光の粒と、それを映し出す湖面が広がっていた。
「うぉお! すげえ! マジで見ると迫力あるな!」
「やっぱり生で見るのは格別だねぇ」
光の粒が私たちを覆う、そこには私たちしかいない、幻想的な風景が広がる。
「どう? 初めての蛍は。きれいでしょ?」
「はい、とてもきれいで、美しくて。私、来てよかったです!」
初めての感動。
思わずにっこりとした笑顔を浮かべていた。それもとびきりの、今まで以上の笑顔を三人に向けて。
そんな私を見て三人も笑顔を浮かべていた。
多分、私はこの光景を忘れないだろう。そう思った。
しばらく堪能した後、蓄光石が消えない前に急いで帰る。
館についた後もまだ感動の余韻が残っていた。
もう時計は1時を回っていた。こんなに夜更かししたのは初めてだったのでとても眠い。
三人は明日の朝早くにここを出なければいけないらしい。その時、見送りできるように起きれるだろうか...。そう思いベットについた。
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目が覚める。
時間は12時を回っていた。
しまった、もうみんなはとっくに出てしまったかと思い、急いで服を着替えてリーメルを探した。
すると、一階の食堂でリーメルが一人席に座っていた。
「みんなもう帰って今いましたか?」
「はい、6時には出られましたよ」
やはりそうだったか、少し悔し気もちになった。
「お嬢様、少しお話が」
リーメルがそう口を開いた。
なぜ不穏な空気を放っている。
何か嫌な予感がしつつも、私はリメールの体面に座った。
「昨日の晩、外に出ましたね?」
なぜばれた。リーメルが起きていないことは確認したはずなのに、少し焦った、怒られるのではないかと。そしたら
「あの方たちには、お嬢様をそそのかすようなものをこの館にまた入れることはできない。と伝えておきました。もう来ることはないでしょう」
一瞬、言葉の意味が分からなかった。
「何を言ってるの? ねえ?」
「外は危険です。特にお嬢様は吸血鬼の中でもお体が弱く、たとえどんなことがあろうともこの館からは出てはいけないのです。わかってください」
頭が真っ白になる。突然突き付けられた事後報告に怒る事よりも困惑することしかできなかった。
「...。今回の原因は私がお嬢様に良かれと思って導入したインターネットです。悪いとは思っていますが、パソコンはもう処分しておきました」
まだ、長編作品の終わりも書けてないのに、みんなともまだ話し足りないがあるのに、いきなりそんなこと言われても納得できなかった。
「なんで? なんでそんなひどいことができるの? あなたは私が嫌いなの?」
「いえ、私も身勝手なのは分かっています。ですが全てお嬢様のためなんです。わかってください」
「わかるわけないじゃない!!! 私はただ外に出ただけなのよ! それなのに私の居場所を奪うなんて、何を考えているの?! あなたは、今まで友達も自由もなかった私の気持ち考えたことあるの? ねえ! 言ってみなさいよ!」
リメールは、鋭くもどこか厳しいく悲しい目で私を見つめていた。
「そうです。私はお嬢様の気持ちなんてちっとも理解できません。私は壊れているのです。でも、私の守りたいものだけは辛うじて覚えています。だから、それを身勝手に優先したまでです。」
曇りのない表情で言われてしまった。
なぜかこちらが悪い、そんな雰囲気の目をしていた。
どうしてもどうしても、悲しかった。
なぜそんな事をするのか、それが理解できない。私はその理由を問うた。
「少し、昔話をさせていただけますか?」
★
昔、この館はとある吸血鬼の侯爵の館だった。
メイドや執事なが何人もおり、そのほとんどが異種族だった。
侯爵は吸血鬼のなかでもひときわ体質が弱く、月の光すら彼には毒であった。
そんな侯爵は外の世界が好きだった。でも、この体では外などには行けない。
だから代わりに館にたくさんの人を呼んで、その人の見てきた景色を食事と共に聞く。そんなことをしていた。
人はいつしかその侯爵をしたい、異種族が楽しく暮らすその館を「人種の外側にある館」と呼んでいた。
ある日のこと、その館に二人の少女がやってきた。
ガリガリにやせ、もう一人はもう動くことさえできない様子だった。
その少女たちは双子、近くの山に住んでいたが両親が病死、そのまま身寄りがなくなりここまで迷い込んできたのだ。
侯爵はその子供たちを受け入れた。そして、新しいメイドとして養うことにしたのだ。
二人の少女は元気に育ち、いつしか立派な淑女に育った。
双子の姉は、いつしかそんな侯爵に特別な感情を寄せていた。
何百年と生きた吸血鬼の侯爵には、嫁は居なくその愛情を拒絶する理由もなかった。
しばらくして、二人の間に元気な女の子が生まれた。
二人はとても幸せそうな顔をしていた。
そんな二人を見て、双子の妹はこの笑顔こそ私の宝物であり、これを守るためならなんだってしようと思った。
出産三日後、母親が倒れた。
原因は、生まれてきた吸血鬼の娘に十分な栄養を送ったことによる栄養失調だった。
吸血鬼は人よりも強い、故に人よりも多くの栄養を必要とする。その要求に母親が耐えられなかった。
倒れた翌日、母親は死んだ。
侯爵は泣くことしかできず。妹は何も慰めることすらもできなかった。
二人の娘は元気だった。母親のいない娘は、母親の妹を親代わりにして育った。
娘が二歳になった頃、侯爵が病院に行ったきり帰ってこなくなった。
訳が分からなくなった妹は、ただただ呆然とするしかなかった。
しばらくして、警察が館にやってきた。
そこで警察が語ったのは、ことの真実だった。
まず、侯爵が病院を出た後、何者かに襲われたこと。
数日後、付き添いのメイドと執事が死体となって発見されたこと。
調査を進めると、過激派吸血鬼ハンターの基地から侯爵のものと思われる、心臓に杭が撃ち込まれた死体が発見されたこと。
その時、妹の中で何かが壊れる音がした。
館にはメイドと執事がたくさんいたが、侯爵がいなくなったことで生活が苦しくなり、いつの間にか妹と娘以外いなくなっていた。
妹は誓った。
この娘だけは、どんなことがあっても守り抜く。
どれだけ身勝手だと思われても、この子を生かして見せると。
それから妹は、娘のことだけを考え行動する機会になったのだ。
★
納得はできなかった。
お父さんもお母さんも死んで、リーメルがそれを悔やんでいるのは分かる。
でも、人の心が分からなくなるほど心を焼かれてしまう事なのかと、私には理解できなかった。
もう話すことはない。私はさっさと自分の部屋に戻った。
部屋にはもうパソコンはない。
もう彼らとつながる方法がないのだ。
思い出を探るように本棚を見た。
そこには、みんなからもらった一押しのラノベがぎっしりと詰まていた。
また自室ですぐに本が取れるように本棚を買わなきゃな、なんて思うことはないのか。そう思うと心がギュッとなった。
一冊の本を取る。
〈世界の名所100選〉
いつか私が太陽を克服したら、みんなで行きたいなんて思っていた。
ページをめくると、蛍のきれいな写真があった。
つい昨日言ったばかりなのに、どこか懐かしささえある。
そう思うと、涙がこぼれて、どうしようもなく胸が痛くて、耐えられないほど体が震えだした。
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「お嬢様...、退屈なのですね」
メイドのリーメルは、いつも通り優しく私に話しかけてくれる。
生まれてすぐに死別した母の代わりに私の世話をしてくれて、すっとそばにいる人間。
いつも私を思い、いつも励まし守ってくれた、私の良き理解者には私の心のうちなど見透かすように分かるらしい。
そう思っていたが、そうじゃない。
私を大切にするばかりに私の幸せを壊す狂人だ。
リーメルは人の心が分からない。それが彼女の本質。根源。
ただの独りよがりの、私と違う人間だ。
最近は食事もろくに取っていない。と言うより、喉を通らない。
日に日に衰弱していく私を見てリーメルはなぜだか悲しそうにしている。
食べ物の味なんてロクにわかりもしない癖に、料理なんて作って。
大した味のしないスープを口に突っ込まれるのもいい加減嫌になってきた。
本も面白くない、というか興味がない。
みんなが来なくなって数か月たつ。
吸血鬼の生命力はすさまじい、食べ物を食べなくてもここまで生きていけるのだ。
このまま退屈が続くのなら、生きている理由などない。
最後、あの蛍のいた場所で太陽に当たって死のうかと思った。
リーメルが寝たのを見計らって館を出る。
足が重い。ふと見ると、体は骨が出て、見るに堪えなかった。
今日はあいにくの満月。
月光が皮膚を焼いて気持ち悪い。
前来た時みたいに目印はない。
今の私はどう見えるのだろうか?
夜中の林をさまよう怪物?それじゃあ、お父様みたいに吸血鬼ハンターに殺されてしまうかも?なんだかそれでもいい気がしてきた。
しばらく歩くと、あの蛍がいた場所についた。
もう季節は変わってしまって、蛍なんていなかった。
でも、思い出の場所だった。ここでなら死んでもいいそんな気がすると、なんだか眠くなってきた。
足に力が入らない。
地面に倒れ、そのまま深い眠りについた。
最後に見えた。
湖面に反射する月の表情がなぜか美しく見えた。
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目覚めると、知らない天井がそこにあった。
口には酸素吸引機が取りつけられ、腕には一本の管が刺されていた。
「起きましたかお嬢様」
部屋の椅子にリーメルが座っていた。
「ここは、どこ?」
「病院です。ご友人様がお嬢様が倒れている所を発見して、連れてきてくれたんですよ。」
え?と一瞬戸惑った。
私に友人なんていない。第一、あんたが私から取り上げたじゃないか、そう思ったその時。
部屋の扉が開いた。
「あれ、フォーリナ!? 目が覚めたの! 心配したんだから!!!」
そういうと、とびかかるように私に抱き着いてきた。
数か月ぶりに見るその顔は、カオル孤さんだった。
なんでここにいるかは分からない、でも、とても嬉しそうに心配そうにいsているのは分かった。
「おぉ、死んでなくてよかったぜ!? あんま心配かけさせんなよ!」
「ちょっとお兄ちゃん! フォーリナちゃんにもっと優しくしなよ! ごめんねぇ、気の利かない兄で」
ツラユキさんとときふミンさん、二人も変わらない姿でそこにいた。
なぜだろう、私たちは別れを惜しむ暇もなく引き離されたのに、また会えるなんて。
「いやーあの時はびっくりしたぜ。まだ日が出てないときに、フォーリナの館に向かう前、無性にあの湖に行きたくなって、そんでいったら死にかけのお前がいたんだ。祟りかと思ったよ!」
そんなことあるのか?と思いもしたが、なんだかどうでもいい気分だった。
今はただ、また会えたことがうれしくて、三人の前で情けなく泣いてしまった。
「お嬢様...。私はそこまで人の心が分からない人間だったんですね。お三方にはなんとお礼とお詫びを申し上げたらいいか」
「別にいいですよ。なんであんなことしたのか説明してもらいましたし、辛抱強く毎週土日に通っても門前払いされてたことは許します!」
「こうやってまた会えたしね」
「お嬢様、私考えたんです。今度は自分のためでなく、お嬢様のために行動し思考します。もうこんなことにならないために。こんな私ですけど、傍においてくれますか?」
私は黙ってうなずくだけにした。
「しっかりとルールも決めたんだぜ! お前が外を出てもいい時、新月の日にだけ夜中の三時間、リーメルさんと一緒なら特別に外に出ても良いってさ! 約束こぎつけてきたんだ!」
「あと、インターネットも再開だよ! ずっとあの長編の最後見たかったんだ! 楽しみにしてるね」
ずっと待っていたんだ。私のことを思って、考えていてくれたんだ。
「それとね、私進学路決めたの! 亜人属研究をしようと思って。海外では、まだ細胞単位だけど吸血鬼の太陽の克服の研究に成功してるの! だから、私あなたのためにいっぱい勉強して、いつかあの湖で日の出を見よう!」
「うん、わかりました」
涙をぬぐいながら、必死にそう答えた。
「あ、こいつだけじゃないぞ! 俺もそうすることになったから! よろしく!」
「当然わたしもだよ! フォーリナちゃんに喜んでほしいし!」
「あの、一つだけいいですか?」
一つだけ、聞きたかったこと。
ふききれることのないほどの涙を流しながら聞いた。
「どうしてそんなに私にしてくれるんですか?」
三人はなぜそんなことを聞くのか? という表情をしていた。
そして、口をそろえてこう言った。
「「「友達だからだよ!」」」
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あの日から数年。
あの賑やかな陽気に包まれた洋館に、猛々しい猛暑の夏が来た。
数多くの異種族の従者たちにしばしの別れを告げて、私はメイド長のリーメルと館を後にした。
向かう先は国立病院。
近年、日本の研究チームの功績により吸血鬼の太陽の完全克服の実験が成功した。
今日は、その太陽を克服するための施術の一般利用可の第一号として私が呼ばれたのである。
あれから私も多くのことを経験した。
多くの挫折、多くの苦悩、しかし、決まってそういう時は大切な友達が励ましてくれた。
その結果もあって、私はラノベ界隈の重鎮となり、数多くの作品を映像化させるまでに至った。
新人賞を貰った時も、アニメ化が決定したときも嬉しかったが、何よりもうれしかったのは大切な友達が自分のことの様に嬉しく思ってくれたことだろう。
今日の施術が受持成功したら、その友達もきっと喜ぶだろう。
病院に入る。
国内屈指の技術力を誇るこの病院で、担当の先生が待ちくたびれていた。
「どうも、フォーグリ・ファウナさん。あなたの担当の〈伊藤 薫子〉です。宜しくお願いします」
「なに改まっていってるんですか? カオル孤。私とあなたの仲じゃないですか!」
「やっぱ変? いやー、でも世界初の一般人に対する施術だからかしこまった方が良いかなーって!」
「〈紀木 貫之〉さんもいるぞ!」
「〈紀木 時文〉ちゃんもいるよ!」
いつもの面子、代り映えはしないが変わってほしくない光景だった。
「じゃあ、さっそくこっちにきて、検査が終わったらいよいよ施術だから、終わったらわかってるよね?」
「忘れるわけないじゃない、みんなでいつもの場所で日の出を見るんでしょ?」
数年越しの願望がかなう、みんな胸を躍らせ、微笑んでいた。
約束が今、果たされようとしていた。
検査が終わり、翌日施術が始まった。
私の体に麻酔が打たれる。
吸血鬼は体が頑丈だ、普通の麻酔では効き目がないため普通の十倍を使用する。
徐々に体から力が抜けていき、いつの間にか眠っていた。
今日は新月。
施術が終わってから実は一週間ほどたっている。
述語入院の際に一応太陽光を浴びて確認はしていたが、本格的に太陽を克服したという事実と向き合うのはこの場所だと決めていた。
無数の淡い緑色の蛍日が、私たちを取り囲む。
湖面には無数の身かりと、私たちの笑顔が映っていた。
「もうすぐ日の出の時刻だよ! 心の準備はいい?」
「はあー、なんだか緊張してきた」
「え? お前が緊張すんの?」
みんなの調子は昔と変わらない。
いつも、この人たちの顔を見ると初めてここに来た日のことを思い出す。
「あ、明るくなってきたよ!」
空が暗い紺いろから、薄く明るい青色に変わっていく。
草花からはいつしか夜虫の音は消え、木から熱い蝉の声が響いてきた。
空はすっかり明るくなり、とうとう朝が来た。
林の陰から太陽が顔を出す。
木漏れ日が私の顔にかかった時、
思わず、みんなでこういった。
『朝が来た』
吸血鬼に朝が来たのだ。
ね?
くだらない話でしょ?
この借りはデスゲームで返上するので期待していてください。