93 テンの想い、その力
テンが『銀獅子団』と同行した後ほぼ戦闘に参加していなかったのは、もちろん弱いからではない。強過ぎるからだ。
半魔半神として生まれ、生物の理から外れた九狐には寿命の概念がない。ほぼ不死である。従って繁殖の必要もない。子孫を残す必要がないのだ。その存在は厄災と同列で、力こそが九狐の存在意義だった。
九狐自身、どれくらい生きているのか覚えていない。この世界に生まれてからかなり長い時間、弱者から強者まで闘って闘って闘い続け、勝ち続けた。そしてより強さを増していった。
一度九狐が力を揮うと、そこには焼野原しか残らない。川は干上がり、山は削れ、平地には谷が出来る。九狐はずっと「戦闘狂」だったのだ。
そしておよそ千年前、九狐の暴虐ぶりを見かねた女神ルーナが、九狐に「神獣」の任を与えた。そのあまりに強大な力を、この世界を守るために使うよう諭したのだ。
九狐に使命が芽生えた。世界に危機が訪れた際には、この世界を守るために存分に力を揮って良いとお墨付きが与えられた。
九狐はこの世界が好きだ。そうでなければ神獣になるよりも前、とっくに世界を滅ぼしていただろう。
そして、九狐は人間が好きだ。六百年前、自分に「名前」を付けてくれた存在。神すらも困らせる力を持ち、何者にも負ける事がなかった九狐だが、ずっと満たされない思いを抱えていた。
孤独。寂しさ。
それに気付かせてくれ、心の隙間を埋めてくれたのが、六百年前に出会った「退魔王」とその仲間達だった。
そして今。
また自分の事を「テン」と呼んでくれる仲間と出会った。
人間の寿命は、テンにとってはあまりにも短い。誰かの事を気に入ったり好きになっても、あっという間に死んでしまう。何百回も辛い別れを繰り返し、そんな辛い思いをするなら、もう人間と関わらない方が良い、とまで考えていた。
アイナとも、『銀獅子団』のみんなとも、いつか必ず別れが来る。それを想像するだけで悲しくなる。胸の奥を鷲掴みされたように、ぎゅーっ、となるのだ。
だがアイナと約束してしまった。アイナが望む限り、アイナが死ぬまで一緒に居ると。
認めざるを得ない。自分はアイナの事が大好きになってしまったと。例え数十年先に辛い別れがあろうとも、その短い間だけでも、アイナと共に居たい。その時間を少しでも長く伸ばすために、アイナを寿命以外で死なせる訳にはいかない。
(まぁ、死なんのじゃけど)
世界の危機を救うために力を揮おう。それ以外は、アイナと、アイナが大切にしているもののために力を揮おう。
テンは、またそんな気持ちになれたことを女神ルーナに感謝した。
* * * * * * * *
メドア、クレイモル、ラルルは「十二将」の中で真ん中より上の力を持つ三人だ。元の世界ではそれぞれが数百人の部下を従え、戦争で幾度も勝利して来た。こちらの世界でも、アドジオン帝国の兵士約一万人を、この三人だけで斃したのだ。
そんな三人は、得体の知れない力に恐怖していた。
どう見ても幼女。頭に獣のような耳、腰の下には尻尾が付いているが、身長など自分達の半分くらいしかない。腕や脚など簡単に折れそうなほど細い。
その幼女に、部下四人が一斉に攻撃刃腕で攻撃した。合計三十六本だ。その幼女は一瞬で肉塊に変わるはずだった。
だが、攻撃は一つも当たらなかった。全ての攻撃を紙一重で躱され、四人は素手で、或いは足で攻撃を受けた。
部下は胴体が爆散し、上半身が無くなり、頭が吹っ飛び、一瞬で死んだ。肉塊になったのは部下達の方だった。
「ふむ。もう少し手応えがあるかと思ったのじゃが。これならククルの方が強いのう」
三人の「十二将」は、銀色の髪をした幼女と目が合った途端、反射的に転移した。
「ここじゃ!」
メドアが転移した先では、目の前で幼女が右腕を後ろに引いて待ち構えていた。防御するより早く、拳が腹に文字通り突き刺さる。その衝撃で、メドアの鳩尾から鼠径部までが爆散した。
クレイモルとラルルは、その攻撃の間に光の環を出現させ、「光槍」を放とうとしていた。
「遅い、のじゃ」
三十メートルは離れていた筈なのに、幼女はクレイモルの後ろに回り込んでいた。
「くっ、転移か!」
「違う。ただ走っただけじゃ」
後頭部に左足で蹴りを叩き込みながら幼女が否定するが、その言葉が脳に届くより先に首から上がただの血煙に変わった。
残されたラルルは身体を捻り、「光槍」をクレイモルだったものと幼女に向ける。
「うーむ。その光のヤツを準備してる時は、背中の腕は使えんのか?」
ラルルはその言葉を聞いて一瞬で理解した。この至近距離で「光槍」を撃っても、こいつには当たらないと。そして、その通りになった。
(クソッ!)
「光槍」を放った直後、ラルルは出来る限り遠くに転移しようと試みた。だが、幼女に右腕を掴まれた。
「ほっほー! 掴んでおったら一緒に転移出来るのじゃな!?」
満面の笑みを浮かべる幼女。ラルルは必死にその腕を振りほどき、再び転移する。
(逃げ切った!)
「神獣の勘は良く当たるのじゃ」
背中から聞こえたその声が、ラルルが聞いた生涯最後の声だった。側頭部に強い衝撃を感じた後、ラルルの意識は闇に消えた。
「さてと。アーニカと……『銀獅子団』も心配いらんな。アイナの方はどうじゃろ」
テンは素足で履いた草履でパタパタと音を立てながら、アイナとネネの方に向かった。
* * * * * * * *
ルベロの脚は太い。アイナとネネが完全に後ろに隠れられるくらい。そして、その脚に向かって一人の異界人が攻撃刃腕で攻撃を繰り返していた。
いや、実際には脚に攻撃しているのではなく、その後ろに隠れているアイナとネネに攻撃しているのだが。
ルベロは「お座り」の姿勢で、左脚に隠れている二人を庇うように、右脚で異界人の攻撃を往なしていた。
事前に「好きなように暴れて良い」と聞かされていたのだが、テンから「アイナとネネを守るのじゃ!」と言われたため、その通りにしている。
しかし、さっきからずっとチクチク痛い。ダメージという程ではないのだが、あのビュンビュン振り回している鞭のようなヤツが、地味に痛いのだ。だが、テンから言われたのは「守る」ことであって、「攻撃」は指示されていない。だからひたすら耐えている。地味に痛いのだが。
「おー、ルベロ。済まん済まん。守るために、攻撃もして良いのじゃぞ?」
遠くにテンの姿が見えた。そして、攻撃の許可が下りた。
「うぉぉん!」
ケルベロスの頭は三つ。右は亜空間を司る。左は物理攻撃。
そして、真ん中の頭は「炎」を司る。
ドラゴンのように「ブレス」を吐く訳ではない。司るのは炎魔法である。
「くそっ! こいつ! 邪魔っ!」
額に汗しながら、もう五分くらい攻撃刃腕を振り回していた異界人の足元に、赤い光の魔法陣が現れる。
「うぉん!」
異界人が小さな太陽に包まれた。直視できない眩い光球。辺りの温度が急激に上昇する。ネネが危険を感じ、最上級氷魔術の詠唱を始めた時、唐突に光が消えた。
光球の範囲外にあった攻撃刃腕の切れ端が三本ほど落ちている。それ以外に、そこに異界人が居た痕跡は皆無だった。その代わりに地面が溶け、土がまだ溶岩のようにオレンジ色に光っていた。
ルベロの左脚の後ろに居たアイナとネネは恐ろしい高温に晒されることなく無事だった。近付いて来たテンが呑気な口調で言う。
「ルベロよ! それは使わんでも良かったじゃろ? 踏み潰せば良かったのじゃ」
だってチクチク痛かったんだもん。
「そうかそうか。だったら仕方ないのう」
どうやらストレスだったらしい。それを発散出来たのと、テンからも赦しが得られたので、ルベロは上機嫌に尻尾をバタバタと振った。
かろうじて残っていた付近の建物が、尻尾の風圧で吹っ飛んだ。
テンちゃんの事を少しだけ深掘りしてみました。
あと、ルベロはテンちゃんの指示に忠実です。
次話は金曜日の夜に投稿します!




