74 蜘蛛っぽいですが、なにか?
サブタイトルは有名作品へのリスペクトを込めております。
それは、大人ほどの大きさがある蜘蛛に見えた。真っ白な短い毛に覆われた、ひっくり返った蜘蛛。
良く見ると、ひっくり返っている訳ではなく、背中から長い脚が八本生えているようだ。たぶん、腹側にも短い脚が八本生えている。正直、初めて見る生き物なので、どっちが背中でどっちがお腹なのか分からない。
丸っこい頭部の先端に二つ、大きな丸いルビーのような眼(?)があり、その横に、左右三個ずつ、同じ色をした小さな丸い目が並んでいる。その下には、一際フワフワした毛で覆われた腕を畳んだような鋏角があった。
「テンちゃん! これは何っ!?」
「分からん! じゃが、他にも気配があるぞ!」
アイナたちは、この蜘蛛モドキから敵意を感じなかったので、取り敢えず攻撃は控えた。フレデリクだけは既に鞘から剣を抜き、アイナとテンを後ろに庇うように構えている。
「アイナ様! ここは私がっ!」
「フレデリクさん! あの子は敵じゃないっぽいです!」
アイナが告げると、蜘蛛モドキはこちらを一瞥して右へ進路を変えた。お尻の方の毛が黒く焦げ、緑色の体液が滲んでいるのが見える。
(あれ? ケガしてる?)
(アイナ様、後ろから何か来ます)
「アイナ! まだ何か来るぞ!」
ククルとテンが同時にアイナに警告する。その時、少し遠くで樹冠が揺れ、木々が折れる音が響いた。
「キューーイっ!」
「竜のようじゃ!」
「『りゅう』ってあの竜?」
「くそっ! アイナ様、テン様、お下がりください!」
そう言えば、冒険者ギルドで依頼を選んでる時、テンちゃんが『竜を討伐したい!』とか言ってたっけ……まさか本当に出くわすとは。
アイナがほわわん、とそんな事を考えていると、木々の向こうにそいつの姿が見えた。
光沢のある濃い灰色の鱗に全身を覆われ、トカゲのように四つ足で迫って来る竜。背中の羽は折り畳み、黄色い四つの瞳が、一対は蜘蛛モドキを、一対はアイナたちを睨んでいる。
「テンちゃん……頭が二つあるよ?」
「ああ、双頭竜じゃ。これはちとマズいの」
少し離れた蜘蛛モドキの頭上に、大きな光の環が出現する。そこから眩い光の槍が双頭竜に向けて放たれた。
双頭竜の片方の頭の前に、淡い青の光で描かれた巨大な魔法陣が出現する。光の槍が魔法陣に触れると、音もなく魔法陣に吸い込まれた。同時に魔法陣が赤く光り、光の槍が反転して蜘蛛モドキを襲う。サッと身を躱した場所に、双頭竜の別の頭がブレスを放つ。
蜘蛛モドキは背中の脚で全身を覆うように身を守った。白い毛は焦げたが生きている。
どうやらこの双頭竜は、蜘蛛モドキを追ってきたようだ。アイナたちに興味を失い、蜘蛛モドキの方へ向かって行く。
「アイナ様、テン様、今のうちに撤退しましょう」
フレデリクが小声で提案してきた。アイナたちはその場から少し後退り、大きな木の裏に隠れた。
「ねぇ、テンちゃん。さっきのは私の『反射』みたいなやつ?」
「そうじゃ。双頭竜は片方の頭が攻撃を反射する魔法を使う。別の頭が同時にブレスを吐けるのじゃ」
「おっかないね……」
「あれを倒すのは面倒臭いのじゃ……」
少し離れた場所で、双頭竜と蜘蛛モドキが闘っている。
蜘蛛モドキは常に高速で移動して双頭竜の爪や牙、尻尾の攻撃を躱しながら、目にも止まらぬスピードで脚を使った攻撃をしている。
背中の脚は伸縮自在で、鞭のようにしならせて先端の鋭い刃を繰り出している。大半は魔法で弾かれているが、いくつかの攻撃は当たっているようだ。
しかし、双頭竜もその巨体を感じさせない動きだ。蜘蛛モドキの動きを四つの眼で追い、的確に攻撃と防御を行っている。
体格差が五倍ほどあるので、一見双頭竜の方が悪役に見える。激しい闘いで森の木々は薙ぎ倒され、徐々に場所が拓けてきた。蜘蛛モドキが隠れられるような木が少なくなり、不利になっているようだ。
「あの蜘蛛みたいなやつの闘い方って『異界人』に似てない?」
「私もそう思っておりました」
「うむ。我もそう思う」
アイナの疑問に、フレデリクとテンが同意した。
(アイナ様、『異界人』とはなんですか?)
「あ、そっか。ククルは知らないんだっけ?」
(はい、寡聞にして存じません)
「後でゆっくり説明するね」
(はい、ありがとうございます)
それにしても、あの蜘蛛モドキ……私たちには敵意がなかった気がする。それどころか、私たちを巻き込まないように向こうへ行ってくれた気がするんだよね……
「ねぇ、テンちゃん」
「うむ?」
「あの蜘蛛モドキって、魔物かな?」
「いや、魔力は感じぬ」
腕を組んで少し考え込むアイナ。
「あの双頭竜って、良い生き物なの? ククルやケルベロスみたいに」
「いや、あれはどちらかと言うと害を成す竜じゃな」
「そっか……私、あの蜘蛛モドキを助けたいって思うんだけど、ダメかな……?」
アイナの「助けたい宣言」にフレデリクがぎょっ! とした。
「あ、アイナ様!? せっかくこちらから気が逸れてるのですから――」
「ええ、フレデリクさんは先に帰って、ギルドにあの双頭竜のことを知らせてもらえませんか?」
「えっ? そんな! アイナ様たちを見捨てて自分だけ逃げるなど出来ません!」
面倒臭い。アイナはそう思った。
「アイナがそうしたいなら我は構わんぞ?」
(アイナ様、私が行ってあのトカゲを縊り殺して参りましょうか?)
「ククル、ありがと。でもあの闘いに飛び込んだらククルが怪我するかも知れないから、私に任せてくれる? ダメだった時はお願いね」
(なんとお優しい……アイナ様を主人と定めた私の目に狂いはございませんでした)
ククルは涙声になっていた。念話でも涙声って伝わるんだ。
「ククルは大袈裟だなぁ。取り敢えず『死神の鎌団』を使ってみる。今の私なら双頭竜だけに攻撃できると思うし、あの反射の魔法に対してどうなるか試してみるね」
なんであの蜘蛛モドキをを助けたいって思ったのか、自分でもよく分からない。双頭竜を倒せたとしても、蜘蛛モドキが自分たちを襲うかも知れないし。
でもいいや。誰か(何か)を助けるのに、理由なんて要らないだろう。助けたいから助ける。それで十分じゃないかな。アイナはそう思った。
「『死神の鎌団』」
アイナ達の周囲に黒い靄が出現し、すぐにそれは十四体の死神の姿になった。フレデリクは口をパクパクしながら青い顔をしている。
大鎌の斬撃が反射された場合に備えて、アイナの周りに四体の死神が待機する。死神の大鎌なら斬撃を受け止められる事は既に実験済みだ。
「『天翼』、『反射』」
アイナは更にスキルを重ね掛けした。『天翼』と『反射』は固定するのでそれほど集中力を要しない。だから重ね掛けが出来た。
『天翼』でアイナとテン、フレデリク、四体の死神を覆う。その前に、盾のように『反射』を展開した。キュイックはまだ上空にいるので今回は範囲外だ。
「よし、行くよっ!」
両手に握った大鎌を身体の前に構えた十体の死神たちがスーッと双頭竜に近付く。片方の頭が死神に気付いたが、蜘蛛モドキの攻撃に対応しているため死神にまで手が回らないようだ。
これなら行ける! アイナがそう思って斬撃を繰り出そうとした瞬間、双頭竜を中心にして数十の魔法陣が出現した。全て赤い光を放っている。
「アイナ! 護りを固めるのじゃっ!」
テンがほとんど叫ぶようにして警告する。アイナは瞬時に『死神の鎌団』と『反射』を解除した。
「『天翼』×4!」
アイナが更に四層の『天翼』を展開した時、双頭竜の魔法陣から全方位に向けて魔法が放たれた。
それは、魔法というよりも物理的な力の塊のようだった。森の木々が半径百メートルに渡って薙ぎ倒される。近くの大木は葉っぱのように吹っ飛んで行った。蜘蛛モドキも防御体勢になりながら木々と一緒に吹っ飛ばされて行く。
『天翼』は双頭竜に面した部分だけ眩い光を放っている。攻撃を受けた部分が光るのだ。最初の衝撃で一番外側の層が砕け散り、二層目、三層目と破壊される。
四層目にもヒビが入り、遂に砕け散った。今は最初に展開した『天翼』しか残っていない。
それにもヒビが入った時、そうやく双頭竜からの力の放出が収まった。
「今のはすぐにまた使えるの!?」
「いや! 溜めにしばらくかかるはずじゃ!」
今や半径百メートルの広場と化したこの場で、攻撃を凌いだアイナたちに双頭竜が襲い掛かる。
「真の理を成す者に願う。以下詠唱破棄! 大炎爆襲!」
フレデリクが最上級炎魔術『大炎爆襲』を詠唱破棄して放つ。今にも飛び掛かろうと迫っていた双頭竜の足元に紅蓮の火柱が立ち上がる。
詠唱を破棄したため威力が弱い。だが、双頭竜を足止めする事は出来た。
「『終焉』っ!」
アイナは、双頭竜の「下」から上空に向けて『終焉』を放った。
大好きな作品のタイトルをもじって使わせていただきました。
もし気に入らないという方がいらっしゃれば、変更しますのでお申し付けください。




