69 安堵と歓喜
その日、冒険者ギルド・ヘルムス支部の応接室には、ヒューイとモニカ、それにケルベロスが居た。
アイナとテン、キュイックが姿を消して二十二日目。日を追うごとに焦燥感は増すばかり。何を食べても味を感じず、眠ってもすぐに目が覚めてしまう。世界から色が失われ、音すらもくぐもって聞こえる。
これほどまでに無力感に苛まれるのは『銀獅子団』にとって初めての経験だった。しかし、五人全員、それにケルベロスまでも、アイナたちの無事を信じて疑う事などなかった。
そして、遂にその時が来る。伏せていたケルベロスが頭をもたげ、耳をピンと立てた。慌ただしい足音がこちらに向かって来たと思ったら、扉が勢いよく開けられた。
ドワーフの女性ギルド職員が、手に持った紙を振りかざしながら大声を上げる。
「み、み、み、見つかりましたっ!」
「ほんとかっ!?」
「どこっ!? どこなのっ!?」
「うぉんっ!」
ヒューイとモニカがソファからガバっと立ち上がり、ケルベロスは女性職員に飛び掛かった。
「うわっ! ちょ、ちょっと落ち着いて! ムスベルヘイムです。ムスベルヘイムのギルド支部から二人を保護したとスイッターが入りました!」
「ムスベルヘイム? それってどこ?」
「モニカ、詳しい話を聞いといてくれ! みんなに知らせてくる!」
ヒューイは言うが早いか応接室を抜け、ギルドを飛び出し、五軒隣の宿屋へ飛び込み、借りている三階の部屋まで駆け上がり、扉をぶち破る勢いで開いた。
「見つかったっ! 見つかったぞ!」
部屋にいたアレス、ネネ、ペネドラはヒューイの余りの勢いに押されて最初は何の事か分からなかった。言葉の意味が脳に浸透するに連れ、目が丸くなり口がポカンと開く。
「本当かっ!?」
「ああ、本当だ!」
「無事なのっ!?」
「あー、…………保護したって言ってたから大丈夫のはずだ!」
「『はず』って……」
「どこっすかっ!?」
「ムスなんちゃらってとこだっ!」
「『なんちゃら』……」
ヒューイは興奮し過ぎて肝心な事を聞いていなかった。だが気持ちは分かる。ヒューイは宿に残った三人に、一刻も早く伝えたかったのだ。
「見つかった……ん。んぐっ……ふぐぅ」
ネネは顔を覆い、その場で泣き崩れた。
「よ、よかった……ほんどに、よがったっずぅぅぅうぐぅ」
ペネドラも、ネネを抱きかかえるように泣き崩れる。
「い、今よぅ、モ、モニカがぐわじぐぎいてるからよぅ……」
ヒューイも堰を切ったように涙を零す。
「ありがとな、ヒューイ。知らせてくれて……ほんっとうに、よがっだよなぁっ」
アレスがヒューイの肩を叩きながら、みんなから顔を背けて声を上擦らせた。
そして、そこへモニカとケルベロスが帰って来た。
「みんなっ! アイナもテンもキュイックも無事よ。怪我一つしてないって。ア、アイナが、し、心配かけて、ごめんね、って……は、はやぐあいだいっでぇぇぇっ」
モニカも戸口で泣き崩れる。ケルベロスが五人を順番に回り、慰めるように頭を擦りつけた。もちろんケルベロスにも分かっている。この涙が悲しいものではないことを。安堵と歓喜の涙であることを。
一頻り泣き、抱き合い、アイナたちの無事を喜び合った『銀獅子団』が落ち着きを取り戻したのはそれから一時間ほど経ってからだった。
五人の顔に疲れはあるが、その瞳には輝きが戻っていた。世界が急速に色を取り戻し、音は明瞭に聞こえる。
これから自分たちがどう動くか決めて、ギルドのスイッターを通じてアイナたちに連絡するのだ。
「アイナ、テン、キュイックは分かるが……この『蛇』って何だ? 何かの暗号か?」
テーブルに置かれたスイッターの写しを見ながら、アレスが疑問を呈した。
写しには「アイナ テン キュイック 蛇 保護した 全員怪我なく無事 指示あるまでムスベルヘイムで待機する アイナより 心配かけてごめんね 早く会いたい」と書かれている。
保護した中に「蛇」が含まれていることに五人が首を傾げる。
「んー、間違いじゃないなら、またテンが仲間にしたのかも? ケルベロスみたいに」
「うぉん!」
それは有り得る、と他の四人も納得した。
「まぁ、行けば分かるんじゃねぇか?」
「そうね。それよりどうやってムスベルヘイムまで行くか考えましょ」
「アイナっちとテンっちは心配ないっすよ!」
アレスが、ギルドで購入した地図を広げる。
「馬車だと二か月はかかる距離だな。アイナたちにはムスベルヘイムの街で俺たちの到着を待ってもらうつもりだがそれで良いか?」
「ん。異論ない」
残りの三人もコクコクと頷く。
アイナとテンとキュイックなら、多少危険な目に遭っても易々と乗り切るだろう。だから少しでも早く再会するなら、アイナたちにも南下してもらった方が良いのは分かっている。
だが、アイナたちに降りかかる危険は可能な限り排除したい。早く再会したいなら自分たちが急げば良いのだ。『銀獅子団』の五人は無理して急ぐ気満々であった。
「しかし、二か月もかかっちまうかぁ……」
ヒューイが思わず本音を漏らす。
「うぉんっ! うぉうぉぉん!」
「ん? もちろんケルベロスも一緒に行くぞ?」
「うぅ、うぉん! うぉんうぉおんっ!」
ケルベロスは、途中からもどかしそうにペネドラに向かって吠えた。
「え? 『ボク』『運ぶ』『早い』っす?」
「うぉんうぉん!」
何やらケルベロスとペネドラが会話している。
「なんか、ケルベっちが、あたしたちを運ぶって。その方が早い、って言ってるみたいっすよ?」
アレスたち四人はそれぞれ顔を見合わせた。
「いやいやいやいや、ペネドラ、あんたいつからケルベロスの言葉が分かるようになったのよ?」
「いや、あたしの方が聞きたいっすよ! なんか急に頭の中に声がしたっす! ちょっと気持ち悪いっす!」
以前、キュイックの言葉がなんとなく分かると言っていたペネドラだ。ケルベロスの言葉が分かっても不思議ではない気もするが――
「ん、待って。ケルベロス、あなた元の大きさに戻れるの?」
「うぉん!」
ネネの問いに、ケルベロスはペネドラの方を向いて答えた。
「うん、って言ってるっす」
「私たちを背中に乗せて運んでくれるの?」
「うぅうぉんっ!」
「違う、って言ってるっす」
ネネがしばし考えてから口にする。
「空間魔法を使う?」
「うぉんっ!」
「そう、って言ってるっす。ねぇ、これなんすか?」
「ペネドラは黙って。ううん、やっぱり黙っちゃダメ。ケルベロスの言ってることを教えて?」
「うっ、分かったっす」
「私たちをその空間に入れて運ぶの?」
「うぉん」
「そうっす」
「私たちは、その空間に入っても問題ないの?」
「うぉんっ!」
「大丈夫っす!」
「馬車よりどれくらい早い?」
「うぅ……うぉん?」
「たぶん……十倍くらいっす?」
「うぉ、マジか」
「うぉん!」
「マジっす!」
ペネドラはいつの間にかノリノリでケルベロスの代弁者になっていた。馬車の十倍と言うのが本当なら、二か月かかる距離を六日程度で行けるということだ。
さすがにぶっ通しで走ることは出来ないだろうから休憩を挟むとして、二週間もあればムスベルヘイムまで行けそうだ。
ネネは、ニヴルヘイム・ダンジョンで爆発に巻き込まれる直前、テンが言っていたことを思い出していた。
拘束していた二人の異界人をどうするか、とアイナが聞いた時、『それならケルベロスが空間魔法を使えるから』とテンが言っていたのだ。
ネネが使う「収納魔術」は空間魔法を人間でも使えるようにしたものだ。話の流れから推測すると、ケルベロスの空間魔法は「生き物」を入れても問題ないらしい。
「おい、マジか!? そんなに早く行けるのかよ!?」
「すごいわ!」
「いや、ケルベっちは出来る子だって思ってたっすよ!」
ただ懸念が一つあった。
「んー。神話級の巨大な生き物が猛スピードで走っても大騒ぎにならなければいいんだけど」
ネネの言う通りである。下手すると国軍が出る騒ぎになりそうだ。そうでなくても、ケルベロスの本来の姿を見た人は恐怖に怯えるだろう。
「そうだな。それならなるべく人目に付かないルートで、夜間をメインに移動すれば良いかも知れないな」
アレスの提案に、ケルベロスを含めた全員がコクコクと頷く。
『銀獅子団』にとって、国軍が出ようが人々が多少怯えようが今はどうでも良かった。実害さえ出なければ良いのだ。
そんな些細(?)な事よりも、一日でも早くアイナとテンとキュイックを迎えに行きたかった。
「よし、その手で行こう!」
それから数日後。大陸の中部から北部に掛けて、夜の闇に紛れて信じられないスピードで北上する巨大な生き物の姿を人々が目撃することになる。いくつかの国や地域を跨いで目撃談が語られるも、被害の報告は一切なかった。
そして、その正体や目的については遂に判明する事はなかった。
「うぉん?」
「え? 作者の体調っすか? ギリ大丈夫みたいっすよ」
……なんとか書き上げたのでアップします。




