67 無力な自分が許せない
アイナたちの消息が分からなくなって十日。アレスたち『銀獅子団』は、パタグリュエル共和国の首都ヘルムスに滞在していた。冒険者ギルド・ヘルムス支部のすぐ傍に宿を取り、交替でギルドに詰めている。
ヘルムスに到着した七日前に、アイナとテン、キュイックの捜索を正式にギルドへ依頼した。今ごろ、全世界の冒険者ギルドで捜索依頼が掲示されているはずだ。しかし未だにアイナたちの情報は入って来ない。彼らの顔には憔悴が貼り付いていた。
アレスたちだって理解している。どこかのダンジョンに飛ばされたのなら、階層によっては脱出までに相当な時間がかかることを。
初見のダンジョンでマップも無しなら、一階層移動するのに半日から一日はかかるのだ。
だが、理解しているからと言って心配が減る訳ではない。どこのダンジョンに居るのかさえ分かれば、今すぐ飛んで行って迎えに行きたい。何も出来ないからもどかしいのだ。
そんな状態の中、アレスたちは既にマリノアスとパタグリュエル、両共和国側への事情説明を終え、『紅の鷲獅子団』に対して罪を問わないよう請願も行っていた。
さらに、仲間の希望を聞いた上で武器を預け、「神の右手」による付与も依頼していた。こちらはあと二~三日で完成する予定である。
冒険者ギルドでは応接室の一つを借り、誰かが常にそこに居るようにした。アイナたちの情報が入れば即応できる体制を取っている。
同時に「異界人」に関する情報も集めていた。最初の頃に比べ、今は多くのことが既に分かっている。特に帝国と「魔導国家」クシュタニア公国に関すること、並びに他国で異界人が出現していないか目を光らせていた。
この時間は、ネネとペネドラが応接室に待機していた。『銀獅子団』の中で特に憔悴が激しいのがネネだった。
アイナと一番歳が近く、アイナはネネを一番気安い姉と感じ、ネネもアイナを本当の妹のように可愛がっていた。本当の妹のよう思っているのは『銀獅子団』の全員が同じなのだが、ネネはまるで自分の半身が失われたように感じていた。
こんな時に自分の『叡智』が全く役に立たないことに、ネネは苛立ちを隠せずにいた。『叡智』なんて大層な名前のスキルなのに、アイナたちが飛ばされたダンジョンも分からないなんて。
「こんな大事なときなのに、私のスキルは何の役にも立たないっ!」
「ネネっち……」
「分かってるの、待つしかないって! でも、でも、何か出来ることがあるはずなの!」
「そうっすね……一緒に探そうっす」
ペネドラは、ネネの背中を優しく擦ることしか出来なかった。
* * * * * * * *
ククルことククルカンが半ば強引に仲間に加わったことで、アイナたちはククルカンを解呪したのが二十三階層辺りだと知った。つまり、最初に飛ばされたのはこのダンジョンの三十三階層辺りだったのだ。
呪いを受けた後のククルの記憶は曖昧で、ここが「大陸の北の方」のダンジョンで名前は分からないこと、ダンジョン内のルートをあまり覚えていないことは少し残念だったが、ゴールが分かったことは何よりの朗報だった。
テンによると、ククルの声は「念話」という方法でアイナとテン、キュイックに届いているらしい。
「念話」が出来るようになるには色々と条件があるようだが、アイナにとっては難し過ぎて理解できなかった。
ククルはキュイックの言葉も分かるようで、これでテンとククルを介してキュイックと話せる。キュイックもそのうち「念話」が使えるそうで、アイナはその時が待ちきれない思いだった。
「あと二十二層降りれば出口ってことだね!」
(はい、ご主人様。そのはずです)
「その『ご主人様』って止めない? 『アイナ』でいいよ?」
(……では『アイナ様』とお呼びします)
「むぅ。呼び捨てでいいのに」
呪いを解いてくれたアイナは、ククルにとって恩人になっている。その結果「ご主人様」呼びであった。
「こやつは昔から堅苦しいのじゃ」
(九狐様。昔の話はご勘弁下さい)
「ほらな? 我のことは『テン』で良いぞ?」
「キュっ、キューイっ!」
(それでは九狐様を『テン様』、光竜様を『キュイック様』とお呼びします)
ククルは頑なであった。育ちが良いのかも知れない。相変わらずアイナの首に緩く巻きつきながら、ククルは知性が煌く瞳でアイナとテン、キュイックに話し掛ける。
(ごしゅ……アイナ様。ここを出たらどこへ向かうおつもりでいらっしゃいますか?)
「一番近い冒険者ギルドに行くつもりだよ」
(どこへなりともお供いたします)
じゃあ何で聞いたの? そう思うアイナであったが、仲間(?)になったばかりのククルも、これからどうするのか知りたいのだろう、と思い直すアイナだった。
記憶が曖昧、と言っていたククルだが、ククルが通った道筋には呪いによると思われる「黒い筋」が所々付いていた。それは決して最短ルートを示すものではなかったが、やみくもに下層へ続く階段を探すより遥かに効率が良かった。
そのおかげで、アイナたちはククルの呪いを解いてから五日で十層進み、十三階層まで到達していた。
「おろっ!? アイナ、人間の気配がするぞ?」
「ほんとっ!? テンちゃん、どっち?」
(アイナ様、左の方です)
「右じゃっ!」
「キューイっ!」
(キュイック様も「左」と仰っています)
「…………ひ、左と言おうとしたんじゃ」
ククルとキュイックから「左」と言われ、テンが速攻で折れた。テンの「神獣の勘」は相変わらずのようだ。
「じゃ、じゃあ、左に行ってみようね」
相変わらず続く仄暗い洞窟の道を、テンと手を繋いで進む。キュイックは前をふわふわと漂い、ククルは寝る時以外ずっとアイナの首に巻き付いている。
ちなみにククルの重さは不思議なほど感じない。ただサラサラふわふわした感触がするだけだ。元があんなに巨大な蛇とは思えない。
十分ほど歩くと、アイナの耳にも自分たち以外の者の足音と話し声が聞こえて来た。
(不思議な…………の気配……ね)
(……当に、そん……な魔物が……しら?)
(もういな……い? ……まで確かめ……)
三人の女性の会話がくぐもって伝わって来る。このダンジョンに飛ばされてから初めて出会う人たち。アイナは駆け寄りたい気持ちをぐっと堪えた。
いい人たちとは限らない。アイナは警戒しながら、その女性たちに自分の姿を晒した。テンはアイナに隠れるようにしている。キュイックは天井付近でいつでも攻撃できるように女性たちを見据えた。
「えっ!? あなたたち、こんな所でどうしたの!?」
軽装の冒険者の姿をした緑色の髪の女性が驚きの声を上げる。
「……えっと、私たち、他のダンジョンから転移で飛ばされたんです」
「えっ!? もしかして、掲示板に捜索依頼が貼ってあった子たちかな?」
「『銀獅子団』のアイナです。こっちはテンちゃん。上に居るのがキュイックです」
三人の女性はアイナの声に上を見上げる。キュイックがふわふわ降りて来てアイナの腕に収まった。
「確かに、依頼の内容と名前が同じにゃ。どこのダンジョンから飛ばされたのか聞いてもいいにゃ?」
「ニヴルヘイム・ダンジョンです」
青い髪の女性が驚いた顔をする。猫人族のようだ。
「そんな遠くから……大変だったわね。怪我はない? お腹は空いてない?」
栗色の長い髪の女性が気遣ってくれる。
「はい、大丈夫です。あの、ここがどこか教えてもらえますか?」
三人の女性が顔を見合わせた。
「ここはムスベルヘイム・ダンジョンと言って、クシュタニア公国とアドジオン帝国を隔てる山脈の中にあるの。出口はクシュタニア側よ」
ククルが一番しっかり者のポジションです、はい。




