44 やっぱり秘密にできないアイナ
2話投稿の2話目です。
間もなく午後十時になろうかという頃。アイナがネネの袖を引っ張り「一緒に寝て欲しい」とせがんだ。
誕生日を迎えた後、「もう大人だから」と言ってモニカやネネ、ペネドラが一緒のベッドで寝るのを拒んできたアイナが、である。
ネネは、モニカとペネドラの射殺すような嫉妬の眼差しを悠々と受け流し、無い胸を精一杯張ってアイナに引っ張られながら寝室に入った。
今までになく甘えてくるアイナが可愛すぎて我を失ったが、少し違和感を感じるネネ。
アイナは何か悩んでいるのではないか。もしそうだとしても無理矢理聞き出す訳にもいかない。ここはアイナが自分から話してくれるまで待とう。それまで、話しやすい雰囲気を醸し出そう。
そう決めたネネだったが、果たして「話しやすい雰囲気」とはどういうものだろう? と頭を捻る。スキル『叡智』をもってしても答えが出ない。
そんな風に悩んでいたネネだったが、向かい合って横になっているアイナが囁くように口を開いた。
「ネネお姉ちゃん……」
「ん? どうしたの?」
二人の間で丸くなって眠っているキュイックが「キュゥゥゥ……」と寝言を言っている。
アイナは、モヤモヤするこの気持ちを自分で処理できず、誰かに聞いて欲しかった。歳が一番近く、頭がキレるネネが相談相手に最適だと思えた。
冷静に考えてみて、人を殺したことに罪悪感を感じない自分は、何か根本的におかしいのではないか、このままでは大好きな『銀獅子団』のみんなに迷惑を掛けるのではないか。そんな気持ちの方が大きくなってきたのだ。
「私……人を殺しちゃったの」
「ん」
「でも、悪いことをしたって思ってないの……」
「ん」
「……私、おかしいのかな……?」
アイナの最後の声は震え、消え入りそうだった。ネネはアイナの頭を優しく撫でる。
(そうか……アイナはそれで悩んで、不安になってたのか)
「アイナ。ちょっと外に付き合ってくれる?」
「え?」
ネネはアイナの背中をポンっと叩き、起き上がるように促す。寝巻に着替えていた二人はローブのような上着を羽織った。ネネが戸惑うアイナの手を引っ張り寝室から出る。眠っているキュイックはそのまま寝かせておいた。
「どうした?」
まだ起きている他のメンバーが不思議そうにネネとアイナを見た。
「ん。ちょっとね」
「……」
そう言って部屋から出る二人と、それを見送る四人。
ネネはアイナの手をしっかり握り、宿から通りに出た。商人が多いこの街は、こんな遅い時間でもそこそこ人通りがある。道端ではそこかしこに出店も出ていた。
ネネがアイナの肩を抱きながら耳元で囁く。
「ねぇ、アイナ。今見えている人たちを殺したいと思う?」
アイナはぎょっとしてネネの顔を見た。何かの冗談ではないようだ。アイナはふるふると首を横に振った。
「思わないよっ! 思うわけないじゃん!?」
「ん。どうして? アイナにはその力があるよ」
「どうしてって……あの人たち、何も悪いことしてない」
「そうかな? 裏では色々悪いことしてるかもよ?」
ネネが悪そうな顔で問い返す。アイナは、ネネがそんなことを言う意味が分からず戸惑った声を上げた。
「だとしてもっ! 私たちは何もされてないよ!?」
ネネの顔がふっと柔らかい笑みを浮かべた。アイナの頭をぽんぽんと撫でる。
「ん。アイナの言う通り」
「ど、どういうこと?」
「もし、今見えている人を殺したいって思うなら、アイナはおかしい。でもアイナはそう思ってない。だからアイナはおかしくない」
アイナの頭に「?」が大量に浮かぶ。ますます意味が分からない。
「今ここにいる人たちを何かの間違いで殺してしまったら、アイナは罪悪感を感じる。そうじゃない?」
「……うん、たぶんそうだと思う」
「それがアイナの中の『正義』」
「私の……正義?」
「ん。アイナの正義では、こっちを傷付けようとしない人を殺してはいけない」
ネネの言葉を噛み締めながら、アイナはこくんと頷く。
「自分や仲間を傷付けようとするヤツは、それが人だろうが魔物だろうが容赦しない。私はそれが当たり前で自然なことだと思う。アイナは自分を守るために殺した。そうしてくれて私は嬉しい。ほかのみんなも同じ」
アイナが再び頷く。
「アイナが相手を殺すのを躊躇って傷付いたら、私たちは悲しい。怒りに我を忘れて、アイナを傷付けた奴を必ず滅ぼす。例え無関係の人をたくさん巻き込んでも」
ネネが通りを歩いている人々を見ながら物騒なことを口にする。ネネならば……いや『銀獅子団』ならば、誰でもそうするだろう。
アイナだって同じだ。『銀獅子団』の誰かが傷付くのは許せない。傷付けた奴を殺すことに躊躇しない。
「アイナが罪悪感を感じないのは、殺したのが自分を傷付けようとした相手だから。そんな奴に罪悪感を感じる必要はないの。アイナがやらなければ私が代わりに殺した。それか、他の誰かが」
うんうん、と頷くアイナの瞳には涙が浮かんでいた。
「だから、自分を責めないでね」
ネネが両手でアイナの顔を優しく包み込む。ネネの手の温もりがアイナに伝わった。
「それともう一つ」
「うん」
「例えアイナがここにいる人たちを理由もなく皆殺しにしても、私はアイナを守る。世界中が敵になってもアイナから離れない」
アイナの両目から二筋の涙が零れた。
「ネネお姉ちゃん……それは素敵な男の子から言われたかったよぅ……」
アイナは、冗談めかしてそう言いながらネネに抱きついた。
「俺たちだって絶対にアイナを守るぜ!?」
ヒューイの声に、「ハッ!」としてアイナが後ろを振り返った。そこには、ヒューイだけではなくアレス、モニカ、ペネドラも立っていた。
「い、いつからいたの……?」
アイナはなんだか恥ずかしくなり、消え入りそうな声で聞いた。
「えーと、割と最初から?」
「もう! 気配消さないでよぅ!」
モニカの答えに、アイナがローブの袖で両目をぐしっと拭いながら抗議した。
「えー、だっていい話っぽい感じだったから」
「入っちゃいけない雰囲気だったっす」
アイナがぷくっと頬を膨らませると、アレスが膝を折って目の高さを合わせる。
「アイナ、盗み聞きみたいになってごめんな。ただ、ネネが最後に言ったこと、あれは俺たち全員同じ気持ちだ。それは忘れないでくれ」
「アレスお兄ちゃん……」
アレスがアイナの頭をわしゃわしゃと撫でる。ヒューイもアレスの隣に腰を下ろした。
「アイナが仲間になったとき、俺たち言っただろ? 『アイナを守る』って。今じゃアイナの方が俺たちを守ってくれてるが、気持ちは変わらねぇ。何があっても俺たちはアイナの味方だ。見捨てるなんてこたぁ金輪際ねぇよ」
そう言って、ヒューイもアイナの頭をわしゃわしゃ撫でた。
「ヒ、ヒューイお兄ちゃんがかっこよく見える……」
「そうだろ? 辛いときはいつでもおんぶしてやるからなっ!」
膝を折って背を向けるヒューイの背中を、アイナがぺしぺしと叩いた。
「なんかちょっと、お酒でも飲みたい気分じゃない?」
「あっ! あたしもそう思ってたっすよ」
「ん。いいかも」
「いいねぇ! パーっと飲むか!」
「うん。いいな」
五人がそう言いながら、アイナの方をちらちらと見る。アイナはもじもじしながら答えた。
「わ、私も行きたいけど……着替えてもいい?」
アイナの言葉に、ネネが思わず自分の姿を見下ろす。寝巻にローブを羽織っただけなのを忘れていた。二人して部屋に着替えに戻る。
ベッドでは相変わらずキュイックが「キュゥゥゥ……」と寝言を言いながら眠っていた。起こすのも可哀想なのでキュイックは寝かせておくことにした。
ここは商人が多い街。商売が上手くいって、あるいは失敗して、喜んだり憂さを晴らすために遅くまで開いている店がたくさんある。『銀獅子団』の六人は、連れ立って夜の街に消えて行ったのだった。
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