15 アイナの過去
1ギニー=約100円です。
本日2話投稿、1話目です。
ペネドラ・クイーズ。見た目は十六歳くらいの小柄な女の子だが実際は四十歳である。獣人は長寿のため見た目通りの年齢とは限らないのだ。なお癖のある喋り方は彼女の出身地に関係している訳ではなく、単に気に入って使っている。
ペネドラは屋敷の中を案内しながら自分のことを簡単に話した。
「あたしも『銀獅子団』のメンバーっす。『元』っすけどね。一年半くらい前にドジって大怪我しちゃって、冒険者は引退したっす」
そう言って、ショートパンツから伸びた右脚の太腿を指差す。そこは継ぎ目のように肉がわずかに盛り上がった跡が太腿を囲んで一周していた。
「なんとか脚は繋がったっすけど、前みたいに動けないっす。んで、この家を買った時にあたしもお金を出したから、そのまま住んで家の管理をしてるっすよ」
アイナは自分のことをペネドラに話した。どうやって銀獅子団と出会ったか。なぜ仲間に入ったのか。
「うぅ……アイナっちも苦労したんすね……」
「そんな! ペネドラさんだって……!」
「ふふ! お互い慰めたって傷の舐め合いっす。あたしは今の暮らしを楽しんでるっすから、アイナっちもこれから楽しんで欲しいっす!」
「はい! これからよろしくお願いしますっす!……あれ?」
「アイナっちは影響されやすいタイプっすね?」
わすかな時間で二人は打ち解けていた。
一方リビングでは、アイナのスキルについて記されたスクロールを前に四人が議論を交わしていた。
「この『天翼』……物理攻撃と魔術の攻撃、両方を一度に防ぐなんて最上位の白魔術師しかできない芸当よね……」
モニカが溜め息混じりに呟くとネネが続ける。
「それにこの『反射』。攻撃を跳ね返すなんて初めて聞いた……」
「原初のレベルを一つ上げただけでとんでもねぇスキルが生えたな……」
ヒューイの言葉も溜め息混じりだ。
「派生スキルは使うことでレベルが上がるからな……少しレベルを上げて慣れれば、アイナは自分の身を自分で守れる。だが、この『拒絶』は……」
アレスの言葉にモニカが「そう! そこよ!」と同意する。
「『強く拒んだ事象を拒絶できる』ってなに? 曖昧過ぎない?」
「ん。普通、スキルは他の解釈の余地がないくらい分かりやすい」
「そうよね? この『事象』ってのが何を指すのか、どの程度『拒絶』できるのか、曖昧過ぎるわよね!?」
「ひとつ言えるのは、レベル1で『死』すらも拒絶したってこと」
ネネが思い出させるように言葉にする。
「ってことは、『事象』っていうのは文字通りあらゆる事象の可能性もあるってことか」
「もしかしたら、だけど……『強く拒んだ』の方に意味があるのかも知れない」
ネネの言葉に三人が唸る。いくら考えたところで、アイナ本人すら分かっていないことに答えが出るはずもない。
「これはアイナと一緒に試行錯誤するしか――」
「戻ったっすー。あれ? 茶も飲んでないっすか。茶ぐらい自分たちで淹れろっす」
「ああ、んなこたぁ分かってるよ。今アイナのスキルのことを話してたんだよ」
ヒューイがペネドラと、後ろにいるアイナに向かって告げる。『銀獅子団』では秘密や内緒話はなし。これがルールであった。
「ふーん」と言いながらペネドラがスクロールを手にしてそこに書かれたアイナのスキルに目を通す。
「ふんふん、なるほど。それで、アレスっち達が留守のときはあたしがアイナっちを鍛えればいいんすね?」
「ああ。頼めるか?」
「任せとけっす! どうせ暇っすから!」
ペネドラの軽い返事に、頼んだアレスは一抹の不安を覚えた。後できっちりトレーニング方針を伝えなければ。
「じゃ、腹も減ったし料理でも作ってやるっすかね!」
「おい待て! まさかペネドラが料理するのか!?」
「ヒューイっち。なんか聞き捨てならないっす。不満でもあるっすか?」
「いや、不満って言うかさ、てっきり外に食べに行くと思ってたからさ……」
ヒューイの言葉が尻つぼみになって消えて行く。
ペネドラは料理人でもメイドでもない。ただの元冒険者である。その料理は、大量の肉を用意して豪快に焼き、塩だけで味付けするという大雑把の極みにあった。ペネドラはその料理(?)が大好きであった。むしろ生肉でもいいとさえ思っていた。
「あのぅ……私が料理してもいいですか?」
アイナが遠慮がちに手を挙げる。
「え!? アイナっち、料理できるっすか!?」
「えーと、凝った料理は作れませんけど、小さい頃から作ってたので、多少は……」
「そういえば、護衛中に一回作ってたわよね? あのいつも料理する人がケガしたとき」
「ん。アイナの料理おいしかった」
「え? あれってアイナが作ったの? 教えてくれよぉ、もっと大事に食べたのに……」
ヒューイの言葉に女性三人がジト目を送った。
「そういえば、アイナが『血風の狼団』と一緒になる前のこと、聞いてなかったな」
アレスの言葉に、アイナが「え? そうでしたっけ?」と返す。「つまらない話ですけど」とアイナが話し始めると、全員が食い入るように聞いた。
* * * * * * * *
物心ついたときには父は亡くなっていました。母に聞いたら、どこかの兵士か騎士だったと教えてもらいましたけど、そのときの母が物凄く辛そうだったので、それから二度と父のことは聞きませんでした。
母は女手一つで私を育ててくれました。その頃から母の負担を減らすために料理を始めました。その母も戦争で亡くなりました。私が七歳のときです。
それから私は、カルディアナの南区にある孤児院に預けられました。孤児院には私と同じような子たちが他に二十人くらいいました。お母さんが死んで悲しかったけど、シスターや他の子たちはとても優しくて、本当によくしてもらいました。料理が出来たので、孤児院の食事の準備も手伝ってました。
私が十歳になったころ、孤児院の経営がうまくいってないことがなんとなく分かりました。シスター達が話してることを耳にしてしまったんです。孤児院を支援してくれていた貴族の方が代替わりして、新しく当主になった方が支援を打ち切ったとか。
それでも、しばらくは街の人からの寄付や食べ物の援助でなんとかやっていました。その間シスターや院長先生たちは新しい支援先を探すために駆けずり回っていました。
私が十二歳になったとき、スキルが発現しました。どこで聞いたのか覚えていませんが『献身』というスキル持ちが奴隷として価値が高いことは分かっていました。それがどんなスキルかも知ってました。
私は自分を奴隷商に買ってもらうことにしました。お母さんが死んでからの五年間、私は幸せでした。住む所や食べ物を与えてもらい、優しくしてくれて、友達も出来ました。だから、孤児院に恩返ししなきゃいけないって思ったんです。
自分の足で行ける奴隷商を何軒か回って、一番高い所に決めました。十万ギニーという見たこともない大金で買ってもらえました。そのお金を匿名で全て孤児院に寄付しました。その後『血風の狼団』が私を買っていったのは、もうみんな知っての通りです。
* * * * * * * *
「そんな訳で、私は少し料理ができるんです……って、あれ? みなさんどうしました?」
アイナが身の上を話し終えたとき、『銀獅子団』は滂沱の涙に暮れていた。
幼くして両親を失くし孤児院に身を寄せた少女は、自分を犠牲にして孤児院を救っていた。死ぬことが分かった上で奴隷に身を落とし、心無い冒険者に買われて酷い扱いを受けた挙句、魔物の囮にされダンジョンに置き去りにされたのである。
目の前の儚い少女が。まだ十二歳なのに。それほどまでに過酷な人生を歩んで来たというのか。
『銀獅子団』と「元」銀獅子団の五人は、いい大人なのに大粒の涙を流し、あまつさえ鼻水まで垂れていた。五人でアイナを抱き、口々に「もう大丈夫だから」「絶対守る」「アイナはいい子」「もう離さねぇ」「アイナっち~」とそれぞれがアイナを大切にしたいという思いを新たにしたのであった。
その様子に「ふぇぇえ?」と困った声を上げるアイナと、その様子をじぃっと見守りながら「キュイっ!」と鳴くキュイック。この分では夕食はいつになるか分からないが、そんな些細なことを気にしているのはキュイックだけであった。
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